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第十話 報復を誓ったあの日

僕の家は平民の中の平民といった経済力しかなかった。

欲しい物はなんでも買ってもらえるような裕福さはなく、生活に支障をきたすほどの貧乏でもない。


住んでいる町も小さなもので、住人は全部で三百人くらいしかいなかったように思う。


そんな町にも当然貴族はいた。

町長であり領主でもある貧乏男爵家の貴族だ。

父はそんな貴族の下で働く駒のような存在だった。


その男爵というのはまさに貴族らしい貴族といった具合で、選民思考の強い男だった。

貴族のような選ばれた血筋でない者は奴隷とでも思っているのか、父も散々な目に合わせられていた。


いつも帰って来る時間は遅く、朝から晩まで働いて貰える給金は大したことがない。

そんな生活が続いていたある日、父が帰ってこなかった。


数日帰ってこない日もあった為あまり気にしていなかったが流石に一週間経っても帰ってこなければおかしいと思い、母が領主の屋敷まで足を運んだ。

数時間後、玄関には父の亡骸を抱え呆然とする母の姿があった。


母曰く父は炭鉱での採掘を命じられ朝から晩まで働かせられ、食事は一日一食のみ。

身体がもつはずもなく次第に弱っていき、やがてそのまま息を引き取ったとのことだった。

働き手が減れば今度は母に目をつけた。


母が帰ってこなくなる日が続き、また一週間もの月日が流れた。


そしてその日はきた。


「小僧、お前の両親は役に立たんな」

領主、ではなくその使い走りである兵士が一枚の羊皮紙を僕へと投げ渡す。


そこに書かれていたのは母が死んだという一文だけであった。


「あの……これは」

「見て分からんか。まあお前みたいなガキには理解できんだろうが、分かりやすく言ってやる。お前の母親は死んだ。体力も大してなかったようでな、炭鉱送りにされて三日もすれば死んじまったよ」


僕は頭の中が真っ白になった。

母が父の代わりに仕事をこなすのはまだ理解できる。

しかし女性であり非力な母が炭鉱で働くなど正気の沙汰ではない。


「はぁ……平民というのは本当に役に立たんな。お前もまだガキ過ぎるが、まあ次はお前の番だ。明日迎えに来るから待っておけよ」

それだけ言うと兵士は帰って行った。


その日は何も考えられず真っ暗な部屋の中でただただ呆然と立ち尽くしていた。


夜が明け朝を迎えると昨日来た兵士が玄関前に立っていた。


「なんだお前、寝てないのか。目元の隈がすごいぞ」

兵士はカラカラと笑う。

何が可笑しいのか僕には理解できなかった。


僕は言われるがまま馬車に乗せられた。

このまま父と母と同じ末路を辿るのかと思うとやるせなかった。

かといって六歳の僕ではどう足掻いてもこの運命からは逃れられない。

受け入れるしかないのかと僕は自分の生まれを呪った。



「着いたぞ、ここが今日からお前の働く場所だ」

僕の目の前には炭鉱の入口があった。

汗水垂らしながら同じ境遇の人達が動き回っている。

僕のような小さな子供は一人もいなかった。


僕に任された仕事は掘るのではなく掘った後の鉱石を運ぶ仕事だった。

それでもかなりの重労働には違いない。


一日二日とそこで働き夜はしょぼいパンとスープ。

これで働けというほうが間違っている。


三日目の夜、僕は家にも帰れず炭鉱近くのテントで寝ようと横になったところで隣で眠るおじさんが声を掛けてきた。


「おい、坊主。なんだってこんな炭鉱で働かされてるんだ?」

「父さんと母さんが死んだので代わりにと連れてこられた」

「なんでぇ……それは可哀想にな。そんな貧相な身体じゃいつか死んじまう。そうか……こないだまでいた女が坊主の母ちゃんだな?」

「多分そう。僕はアイツを絶対に許さない」

「アイツ?ああ、男爵様か。やめとけやめとけ、どうせ平民の俺達じゃあどう足掻いてもこの地獄からは抜けられねぇ」

おじさんの言う通りだった。

僕ら平民がどう足掻いても貴族に真っ向から歯向かうなど自殺行為に等しい。


「おじさん、時間をかければ抜けられる?」

「坊主、何を考えてやがる。……確かに時間をかけて綿密な計画を立てればあの男爵に復讐できるかも知れねぇが……リスクはたけぇ」

「できるなら僕も手伝わせて」

「坊主に何ができる」

「僕だからこそできることだってあるよ。例えば資材をくすねるとか」

夜中に大声を出すわけにもいかないからかおじさんは声を殺して笑う。


「おもしれぇ……そうだな、三年だ。三年耐えろ。俺が信頼できる仲間に声を掛ける。当然お前にも手伝ってもらうぞ」

僕は強く頷く。

六歳の子供ができることなんてたかが知れている。

しかしおじさんのような人生経験豊富な人が力を貸してくれるなら可能性はあった。


「俺はダン。お前は?」

「僕はカイ」

「そうか、カイよろしくな。とりあえず目先の目標は三年間生き残ることだ」

僕はダンと固く握手を交わした。



――――――

三年後、九歳になった僕は計画実行のため腹痛を偽った。


「うぐぐ……腹が……」

「おい!カイ!大丈夫か!おい、そこの監視!この子を診療所に連れて行ってやってくれ!」

僕の周りには焦った表情の男達が集まり、監視を務める兵士へと懇願する。

もちろんこれも全て演技だ。


「チッ……そのガキを連れてこい」

兵士は面倒くさそうに舌打ちしながらも診療所へと案内する。

一応子供といえども貴重な人材なのだ。

無駄に失うわけにもいかず、兵士は渋々といった表情だった。


診療所へ運び込まれた僕はそのままベッドに寝かされる。

連れてきた男達はすぐに炭鉱へと戻されたが、僕の演技はまだバレていなかった。


「君、お腹を見せてくれるか?」

医者である男が徐ろに手を伸ばすしてくると、僕は隠し持っていた尖った鉄の欠片を喉へと突き付けた。


「喋るな」

「ッッッ!?」

不意を突かれた医者はその体勢で固まり静かに頷く。


「ここから誰にも見つからずに男爵の屋敷まで連れて行け」

「そ、それは難しい。私一人なら問題ないが君を連れてここから出るとなると確実に兵士に見つかる」

「それは問題ない」

僕が返答すると同時に炭鉱の方から激しく燃え上がる火の手が見えた。


「何が……」

「僕の仲間だ。あっちに兵士の注目を集める。その間に案内しろ」

「わ、分かった」

医者の背中に鋭利な破片を突きつけながら僕らは男爵邸へと向かった。


作戦は単純。

ダン達が炭鉱で暴れている間に僕が屋敷に忍び込み男爵を殺すという計画だった。


医者に連れてこられた屋敷はかなり大きく、貧乏男爵とは名ばかりかと思えるほどに広い敷地があった。

僕のような平民からしてみればとてつもなくお金持ちだが、貴族からしてみればしょぼい屋敷である。


「こ、ここだ。もういいか?私を解放してくれ」

「構わないが……寝ててもらう」

近くにあった石で医者の後頭部を殴りつけるとそのまま倒れ込み動かなくなった。

念の為首元に手を当てたが脈はある。


それだけ確認すると屋敷の塀をよじ登り中へと侵入した。


貴族の屋敷だというのに巡回の兵士はいない。

貧乏男爵の名の通り、雇うお金に余裕はなく必要最低限しか人員を配置していなかった。


だからか簡単に屋敷内へと侵入できた。

見回りどころか敷地内に殆ど人がいないとなれば、子供の背丈しかない僕が見つかるはずもない。


貴族というのはみな特殊な能力を持っている。

貧乏男爵も例に漏れず能力保持者だ。

こっちには鋭利な鉄の欠片しかなく、確実に死に至らしめなければならなかった。


たまにうろついているメイドや兵士の目を躱しながら僕は貧乏男爵の執務室と思わしき部屋の前へと辿り着いた。


勝負は一瞬。

貧乏男爵がどんな能力を持っているかも把握していない僕には時間をかける戦いはできなかった。


扉を勢いよく開け放つと前方に飛び込むようにして部屋の中へと入った。


「な!なんだ!?」

貧乏男爵の驚いたような声が聞こえた時には既にあと数歩の所まで接近していた。


運のいいことに身長が低く貧乏男爵の視界に僕が入らなかったのか、いきなり扉が開いたことに驚いているようであった。


「風か?いや。そんなばかな……」

ブツブツ言いながら扉へと近づく貧乏男爵。

その背後へ忍び寄り鉄の欠片の切っ先を首元へと当てた。


「貴様には死がお似合いだ」

「なん――」

言葉は最後まで紡がれない。

僕が一気に首を掻き切ったからだ。


噴水のように血が吹き出し確実に致命傷であると分かるほどの出血。

すぐにその場を離れようと扉の前へと走り寄りほんの一瞬だけ振り向いた。


今の状況が理解できていない貧乏男爵の震えたような目と目が合う。


「カッ――」

何かを喋ろうとしているが首からは血が吹き出ており言葉にはなっていなかった。


それを見届け僕はその場を後にした。


九歳にして初めて人を殺した。

貴族を殺したのだ。

僕の手は震えていた。

遂にやってやった、父さんと母さんの仇は討った。


溢れる笑みを手で隠しながら、すぐに町を出て行方をくらました。

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