プロローグ
十二歳の僕はいつものように路地裏でゴミ箱を漁っていた。
好きでやっている訳では無い。
漁らなければ今日を生きられないから。
平民だった僕は物心ついた時くらいに両親を亡くした。
それ以降僕は自力でここまで生きてきた。
ゴミ箱を漁って食べられる物を見つけたり、時には屋台で万引きもした。
当然捕まれば死が待っている。
その覚悟の上で僕は今まで色々な物を盗んだ。
そんなある日の事だった。
毎度の如く路地裏でゴミ箱を漁っていると、ふと背後に気配を感じ腰に装備しておいたナイフを抜いて即座に振り向く。
するとそこには同じ歳ほどの女の子がいた。
「貴方、そこで何をしているのですか?」
その女の子の身なりはとても美しかった。
どう考えても貴族の娘だろう。
白いドレスに高価そうなネックレス。
耳には宝石があしらわれたイヤリングまでついていた。
何処を見ても僕とは雲泥の差。
何故話し掛けてきたのかなど想像に容易い。
ただの暇潰し、もしくはちょっとした偽善の心からだろう。
そう感じた僕はその子の言葉を無視した。
「聞こえていないのでしょうか?あの――」
「うるさいな。なんなんだお前、僕に何の用だ」
しつこい女の子につい僕は声を荒げてしまう。
明らかに興味本位で聞いてきただけ、助けてくれるような力はないだろう。
だから僕は苛立ちながら返答してしまった。
「申し訳ございません……その、ゴミを漁っているように見えたので」
漁っているよう、ではなく漁っていたというのが正解だ。
だがわざわざ直してやる義理もない。
僕が無言でまたゴミ漁りを開始すると、その女の子が数歩こちらへと歩み寄ってきた。
「何のつもりだ……」
「貴方も私と同じくらいの歳でしょう?どうしてゴミを漁る必要があるのですか?」
コイツは本気で言っているのだろうか。
カチンときた僕は一旦手を止め女の子へと向き直った。
「……アンタみたいな金持ちには分からないだろうさ。僕らはゴミを漁らなければ今日を生きられないんだ。だから嫌でもゴミを漁る」
そう言ってやると女の子はハッとした表情で顔を俯かせた。
蝶よ花よと育てられてきたから知らなかったのだろう。
「……そうだったのですね。申し訳ございません、貴方の苦労を知らずに」
「いいよもう。分かったらさっさと失せたら?アンタみたいな格好の子はスリの餌食だぞ」
「大丈夫です。どうせ近くに警護を担当している者が潜んでいると思いますから……」
警護ときたか。
やっぱり僕の予想は当たっていたらしい。
どこぞの令嬢かは知らないが、ちょっとばかし路地裏を見てみたかったとかそんな理由だろう。
何が楽しいのか僕がゴミを漁っている間ずっとその子は見ていた。
しばらくしてある程度収穫があったと、僕がゴミ漁りを辞めるとその子はまだいた。
「アンタいつまでそこにいるんだ?」
「少しお話したくて……」
話なんて僕にはない。
ただその時は何となく、まあ少しくらいならという気持ちで会話に付き合ってやることにした。
「何が聞きたい。僕の素性か?」
「このエミルトン帝国では貴方のような……その、孤児といいますか、路頭に迷う子供は多いのでしょうか?」
「別に言葉を選ばなくていいよ。……そうだな、この国が、というよりこの世界は腐っている」
そう、この世界は腐っている。
貧富の差は激しく、下々の者達は高貴な者達の奴隷みたいなものだ。
封建制度がなくならない以上、この世界が変わることはないのではないか。
僕の言葉に女の子は悲しそうな表情を浮かべた。
自分は十分贅沢な暮らしをしているはずだ、なのにどうして同情しているかのような表情を浮かべるのか僕には不思議でならなかった。
「ご両親はどちらに?」
「僕の両親は死んだよ」
「……すみません」
「いいよ別に。死んだのは僕が物心ついた時だから」
僕の両親は物心ついた時に貴族の反感を買い、殺された。
それから貴族という存在が憎くて堪らなくなった。
子供だった僕には両親が何をして反感を買ったのかは分からないが、少なくとも殺されるような真似をする二人ではなかった。
どちらかといえばとても模範的な平民だった筈だ。
それがどうして殺されなければならなかったのか、僕は未だに理由を探している。
その話をすると女の子は悲痛な面持ちで謝罪の言葉を口にした。
「ごめんなさい……私が、この国を変えますから……だからもうしばらく待っていて下さい」
「国を変える?子供のくせに何を言ってんだ。せめてその言葉は大人になってから言いなよ」
「それも……そうですね。私は誰もが平等に暮らして幸せに生きていると、そう思っていたんです。でも、そうじゃなかったんですね」
貴族なんて下々の生活を知らない。
だからこの子が知らなかったのは当然と言える。
「いつか……僕がこの世界を変える。誰もが平等で平和に生きられる世界に」
たかが十二歳の子供の戯言だと笑い飛ばされても構わない。
こんな世界は間違っているんだ。
人間は誰しも平等であるべきなんだ。
「世界を変える……どうやって変えるのでしょうか?」
「さあ?まだ何も考えていないけど、まずはこの帝国を変えてみせるよ」
「この国をですか?」
「うん。僕は貴族でもないし役人でもない。だから外からこの国を変える」
僕がどう足掻いたって中から変えていくのは難しい。
平民が国の中枢に潜り込むのはほぼ不可能に近い。
それならば帝国とは別に組織を作り少しずつ切り崩していけばいいと、僕はそう考えていた。
「外から変えるのですか?……では私は中から変えてみせましょう」
「アンタは貴族だからそれができるんだろうな。でもアンタにとっちゃ僕みたいな下の人間がどうなろうと関係ないだろ?」
「関係あります。同じ国に住む人間として虐げられるのは見ていられません」
綺麗事だ。
誰だって口ではなんとでも言えるんだ。
この子もどうせ今だけだ。
家に帰ったら、ああそういえば小汚い子供を見かけたな……くらいにしか思っていないだろう。
「約束します、私は必ずこの国を変えてみせます」
「ま、期待はしないでおくよ。僕はアンタが何をしようがいずれ行動を起こす。邪魔だけはしないでくれよ?」
僕の目的を邪魔する奴は誰であろうと刃を向ける。
たとえ目の前の優しそうな女の子であっても。
「あの、お名前を教えて頂いても構いませんか?」
僕は少し悩んだが、教えてやることにした。
「僕はカイ。アンタは?」
「私はアリスです」
「アリスか、まあまたどっかで会うかもしれないけど、そん時は敵同士かもな」
敵として出会う可能性は高い。
アリスは明らかにこの国の貴族令嬢だ。
この国の封建制度を無くそうと僕が動けば、必然的に彼女の家も平民と同等になる。
貴族だった者が平民と肩を並べるなど耐え難い屈辱だろう。
そうなった時、アリスは僕の前に立ち塞がるかもしれない。
「カイさん、私とお友達になってくれませんか?」
「は?友達?アンタ馬鹿なのか?僕らはいずれ敵同士なんだぞ。手を取り合うなんてできるわけないだろ」
「私は中から、カイさんは外からこの国を変えようとしています。理念は同じではないでしょうか?」
「同じかもしれないが、やり方が違うだろ。僕はなんだってやるつもりだ。それこそこの国の法に縛られないやり方で」
多分だがアリスはこの国の内部から変えていくはずだ。
そうなればこの国の法に従いつつも搔い潜り少しずつ切り崩していくだろう。
根本から僕とは相容れない。
ただ、僕がそう言ったからかアリスはとても悲しそうな表情を浮かべた。
「あー友達は無理だろうけど、同じ仲間って事でいいか?」
仲間と言ってやるとアリスはパッと花が咲いたように笑う。
「ええ、構いません。今度はいつ会えるでしょうか?」
「さあな。僕も準備ができ次第この国を出て仲間を募る。今はまだ何の力もない子供だけどな」
アリスは名残惜しそうにしていたが、そろそろここから立ち去った方がいいだろう。
何しろ貴族令嬢がこんな所にいればかなり目立つ。
それにいずれ護衛の騎士とかが駆けつけてきてもおかしくはない。
僕は握手だけ交わすと、その場から立ち去った。
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