文化祭当日、射的とふたりきりの保健室
文化祭当日。
朝イチの校舎は、テンション高めのクラスメイトと屋台の匂いでむせ返っていた。
俺の担当は射的コーナーの景品係。――だったはずなのに、開始五分で想定外が起こる。
星乃がフリフリのエプロン姿で駆け込んできて、俺の腕をつかんだ。
「ごめん! ちょっと来て! 今、手が足りない!」
「お、おい……俺、いなくなったら射的詰むんだけど!?」
「大丈夫大丈夫、後でちゃんと戻す! ほら、早く!」
腕を引っぱられる形で連れていかれたのは、体育館裏の臨時控室。
中ではクラスの女子が慌ててポップコーン機と格闘していた。どうやら油をこぼしてプチ火事未遂だったらしい。
「湊、延長コードそっち持って! 機械、一回全部切る!」
陽キャギャルはスイッチひとつで指揮モード。
俺は言われるがままコードをまとめ、機材を拭き、気づけば舞台袖に落ちていたテープまで片づけていた。
──星乃、文化祭だと本当にキャストでもスタッフでもこなすんだな。少しだけ見惚れそうになる。
ひと段落した頃には予定の開場時間ギリギリ。
女子たちが「星乃ありがとー!」と叫びながら持ち場へ散っていき、控室に残ったのは俺と星乃だけになった。
「助かったー! マジで感謝! てか湊さ、こういう時めっちゃ動けるじゃん」
「いや、言われた通り動いただけ。射的、戻んなきゃ……」
「その前に、ちょっとだけ休憩しよ?」
星乃はクーラーボックスから冷えたラムネを取り出し、俺に渡す。
ビー玉のコロンという音と、彼女の「おつかれ♡」の声が重なる。なんだこのご褒美。
「湊ってさ、こういうイベント、嫌い?」
「正直、人混みは苦手だけど……今日はいろいろ新鮮かも」
「そっか。じゃあさ――」
言いかけて、星乃のスマホが震えた。LINEがひとつ。
ちらっと画面をのぞくと、配信仲間らしきグループ名が光っている。それを見た星乃が小さくため息。
「文化祭配信しないの?ってさ。まさか学校から配信するわけにいかないしね」
「バレるリスクしかないだろ。それに今日はリアル優先でいいんじゃね?」
「うん……そうだよね」
俯いた彼女のエプロンのリボンが、かすかに揺れる。
俺は思わず、口を突いて出た。
「だったらせめて、写真くらいは撮っとこうぜ。思い出用にさ」
「……えっ、湊からそういうこと言う? 意外」
「いや、その……頑張ってるとこ、記録しとくのもアリかなって」
「ふふ、いいね。じゃ、ツーショットで」
「は!? 俺、写る必要ある!?」
「ある。だって今日の功労者だもん。ほら、こっち来て」
スマホを構えた星乃が肩を寄せてくる。
距離、近っ。ラムネより冷たい炭酸が喉を通った直後なのに、体温だけ上がるのを感じる。
「――はい、チーズ」
カシャ。
撮った直後、星乃は満足げに画面を確認し、にやっと笑った。
「いい感じ! ねえ湊、これ待ち受けにしていい?」
「待ち受け!? クラスに見られたら終わ……」
「だいじょーぶ。ロック画面なら誰にも見せないし。……秘密、守ってるのはお互い様でしょ?」
そう言って無邪気に舌を出す。
俺は負ける。何に負けてるのかよくわからないけど、確実に負けてる。
「……好きにしろ」
「素直~。じゃ、そろそろ戻ろ! 射的放置しすぎたら怒られるよ」
そう言って走り出す背中を追いかけながら、俺はポケットの中でスマホを握りしめた。
さっき撮った写真――星乃の笑顔が、画面の中で光っている。
文化祭の喧騒が、今日は少しだけ心地いい。
たぶん俺も、もうステージの端っこに立ってる。
秘密の共有者じゃなくて、ただのクラスメイトに見える距離で。
でもその実、誰よりも近いところで、彼女を見ているんだ。
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