放課後、屋上とふたりの録音データ
午後の部が終わった頃には、俺の足はもう棒だった。
だけど星乃はまだ笑っている。まるで今日一日が、ご褒美タイムの延長戦みたいに。
「湊~、屋上来ない? 花火の準備、手伝うんだって」
「え、花火? 打ち上げとかあるのか」
「ううん、本番は夜に外部の業者が来るやつ。私たちはメッセージ花火用の録音をする役なんだってさ」
星乃が指差した先には、放送委員のメンバーがマイクを並べていた。文化祭の最後に流す「来場ありがとう」の音声を、生徒代表が読んで残すらしい。
俺は屋上の古い階段を上りながら、喉の奥が妙に乾くのを感じていた。
目の前で揺れる星乃のポニーテール。昼間のエプロン姿も破壊力高かったけど、夕方の逆光を透かす髪も反則級だ。
「湊、台本これね。時間ないからリハ一発で行こっか」
「俺が読むのか!?」
「当然でしょ。男子代表なんだから。私は女子代表で読んで、最後にふたりで『ありがとう』ってハモるの」
相変わらず決定事項の伝え方が一方的。けど断る選択肢は最初から用意されていない。
マイクの前に立つと、校舎裏よりずっと強い風がシャツを揺らした。星乃は台本をさっと折り曲げ、俺に片方を渡す。
「いくよ。さん、はい」
「本日は――」
読み上げ始めた瞬間、背後でガラリとドアが開いた。誰か見に来たかと思ったら、風だった。
A4の台本が空中でひらひら舞う。反射的に手を伸ばした俺と、同じく伸びた星乃の指が触れた。
「……っ!?」
「……っ!?」
全身が固まる。秒針が止まったみたいに、鼓動だけがやけにうるさい。
星乃は「あっ」と小さく息を飲み、慌てて手を離した。
「ご、ごめんっ。続き読もう、ね?」
「あ、ああ……」
でも、声がうまく出ない。まるでマイクから心臓の音まで拾われるんじゃないかってくらい、耳が熱い。
結局、録音は二十分遅れでOKテイクが出た。片づけを終えたあと、回り道で屋上フェンスにもたれかかる。
「湊さ」
星乃が俺の横に立ち、夕焼けの空を指さす。
オレンジと群青の境目に、白い月が浮かんでいた。
「今日、楽しかった?」
「……正直、めちゃくちゃ疲れた。でも――」
「でも?」
「でも楽しかった。星乃がいると、何でもイベントになるっていうか」
「ふふ。私も、湊と一緒だと配信みたいに盛り上がるなあって思った」
そう言ったあと、彼女は胸ポケットからスマホを取り出した。
ロック画面に、昼間撮ったツーショットが映る。俺と星乃がラムネ片手に笑っているやつだ。
「これね、待ち受けにしちゃった」
「マジで!? バレたらどうすんだよ」
「ロックかかってるから平気だし、もし見られても――」
星乃はいたずらっぽく笑う。
「『この人、私の推しなんです』って言えばごまかせるから大丈夫」
「推し――って、おい」
「だって実際そうだよ? 湊ってさ、私にとって“推し”みたいなものかも」
言葉の意味を咀嚼する前に、夜の歓声が遠くから響いてきた。グラウンドでフォークダンスが始まったらしい。
フェンス越しの校庭にイルミネーションが点いて、風に乗って音楽が流れてくる。
「行こっか。クラスの連中、探してるかもしれないし」
「……ああ」
階段を降りるとき、星乃が袖をそっとつかむ。
指先だけの軽い接触。でも俺は、たぶん一生忘れない。
文化祭はまだ終わらない。
でも俺と星乃のステージは、ここから始まる気がした。
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