距離感ゼロの陽キャギャルは、けっこう近い
放課後の図書室。静かな空気のなか、ふたり分の荷物が机に並ぶのが当たり前になってきた。
俺と星乃美月。カースト的には真逆の位置にいるはずのふたりが、今やこうして“非公式Vtuber研究会(仮)”を開いている。
お互いのスマホで配信アーカイブやサムネを見比べながら、あーでもないこーでもないと話す時間が、最近ちょっとだけ楽しみになってきてる。
「昨日さ、コメント欄に“お前はもうちょっと自分に自信持て”って書かれてて、ちょっと泣きそうになったんだけど」
「それ、言った人なかなか鋭いな」
「そこ褒めるとこじゃなくない?」
「いや、そういうの言える人って貴重だろ。ちゃんと見てる証拠」
「うーん、そっか……まあ、ちょっとだけ嬉しかったのもある」
星乃はそう言って、ストロー付きのコンビニカフェオレをちゅーっと吸った。
なんかその仕草すら絵になるのが悔しい。
「てかさ、あんたってさ、なんか妙に落ち着いてるよね」
「どゆこと」
「ギャルとか陽キャとか関係なく、こっちのテンションに巻き込まれない感じ。なんか安心するっていうか」
「それ、褒めてるのか?」
「まあね。地味にいいキャラしてんじゃん」
「オタクっぽいと思うけどな。好きなVtuberの配信、同じ回を5回くらい見るし」
「え、引く……でもそれくらい見てる人のほうが、信頼できるわ」
「そっちかよ」
今日は特に相談もなかったらしく、会話は自然と日常の話に流れていく。
「ってか、こういうのってさ、バレたらヤバいよね」
「どっちが?」
「いや、ギャルと陰キャが図書室でふたりきりって構図。見つかったら確実に噂になるでしょ」
「じゃあ場所変える?」
「どこに?」
「俺んちとか」
言った瞬間、我ながら何を言ってんだと思った。
「……なにそれ、誘ってんの?」
「ち、違う、そういう意味じゃなくて、落ち着いて配信チェックできるって意味で……」
「ふーん、なるほどねえ? ま、考えとくわ」
星乃はにやにやしながらこっちを見てくる。完全にからかわれてる。
「でも、意外とアリかも。あたしんちより静かそうだし」
「そりゃ静かだよ。俺しかいないし」
「一人暮らし?」
「いや、家族はいるけど、帰ってくるの遅いから」
「へー。そっか」
しばらく沈黙があって、星乃がふいに真面目なトーンになる。
「さ。あたしってさ、学校じゃテンション高めだけどさ、ほんとはそんなじゃないっていうか」
「……知ってるよ。配信見てるし」
「だよね。なんかさ、最近ちょっと思うんだ。キャラって、便利だけど、だんだん自分がどっちかわかんなくなる」
その言葉は、どこか遠くを見るように呟かれた。
「ミル・ルナでいるときのほうが、素直になれる。でも、それが本当のあたしなのかって言われると、よくわかんない」
「……それ、わかる気がする」
「なんで?」
「俺も学校じゃ空気だけど、ネットだといろいろ話せるし。配信者じゃないけど、リアルとはちょっと違う自分がいる感じっていうか」
「うん……そういうの、誰かにわかってもらえるの、ちょっと嬉しいかも」
星乃は笑った。
その笑顔は、今日もやっぱり教室のそれとは違ってて、俺はまた少しだけ、目をそらした。
「よし、じゃあ今日は配信の告知文考えよう。短くて病んでるやつ」
「なにその無茶振り」
「いいから。プロのファンでしょ? やってよ」
ふざけたような調子の中にも、どこか真剣な目をしていた。
俺はちょっとだけ悩んでから、画面に指を走らせた。
たぶん、今日もこの図書室だけ、俺たちは少し近い。
でもそれを教室に持ち込むつもりはない。
これはまだ、放課後だけの秘密。
だけど、秘密ってやつは、長く隠してると、だんだん温度を持ち始める。
そんな気が、していた。
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