放課後の彼女は、ぜんぜんキャラが違った
放課後の図書室って、マジで静かだ。
静かすぎて、ページをめくる音がやけに大きく聞こえるくらい。
その隅っこで、俺はひとり机に向かっていた。
待ち合わせの時間から五分。時計の秒針がやけに遅く感じる。
やっぱ来ないか、あれはノリだったんじゃ――
「あっ、いたいた。おまたせ~」
教室では常に目立つ存在の星乃が、制服のままひらりと席に座る。ギャルって図書室に入れるんだな、という妙な感心が頭をよぎる。
彼女はスマホを取り出して、俺の机の上に置いた。
「はい、これ。昨日の配信ね」
画面には、Vtuberミル・ルナのサムネイル。俺ももう何回見たかわからない回だった。
「でさ、あんた、どこが気になった? 配信見てて、なんか変だった?」
急にそう聞かれて、俺はちょっと戸惑った。
「えっと……普通に良かったと思うけど」
「うそ。なんかあるっしょ。言っていいって言ってるじゃん」
星乃はそう言って、机に頬杖をついた。
「例えばさ、リスナーとの距離感がちょっと変だって思ったんだけど。甘やかしすぎ?」
「いや、あれはあれでルナ様らしさというか……」
「でもさ、それが原因で変な人増えてんの。ガチ恋勢。リア凸したいとか言ってる人もいて」
それは怖い。というか、リアルの星乃がそういうのを背負ってたと思うと、笑えない。
「で、さ。あんた、わりとちゃんと見てるっぽいから、率直に言ってほしいんだよね。これからどうしたらいいかとか」
思ったよりも真剣な顔だった。
学校じゃいつもふざけてて、先生にもため口きくような奴が、今はまるで別人みたいだった。
「……じゃあ、思ったこと言ってもいい?」
「うん。お願い」
俺は少しだけ息を整えてから言った。
「最近、セリフがパターン化してる気がする。初見には刺さるけど、長く見てるとちょっとマンネリに感じるというか」
星乃はうんうんとうなずいていた。
「あと、BGMがちょっと大きすぎるときがある。声、聞き取りにくくなることあるよ」
「なるほどねー。なるほどなるほど」
スマホのメモアプリを開いて、何かを一生懸命書いている。
「ていうか、ほんとに詳しいんだね、あんた」
「まぁ、初配信から見てるからな」
「ガチ勢かよ。なんでバレたか、もうちょい詳しく聞いていい?」
「え、今?」
「うん。気になるじゃん」
俺は少し迷ってから話した。
「最初は声が似てると思って、でもそれだけじゃ決定打にならなくて。けど配信中に“昨日プリ撮ってきた”って言ってて、翌日学校でお前も同じこと言ってたから」
「あー……それは言ったわ」
「あと、口癖。“もぉ~やだぁ~♡”ってやつ。あれ、学校でも言ってるよな」
「うわ、それバレるか……」
星乃はちょっと顔を赤くして、髪を指でくるくるいじった。
「ま、でもバレたのがあんたでよかったかも」
「なんで」
「だって、口軽いタイプじゃなさそうじゃん。てか友達少なそう」
言葉は刺さるけど、事実なので反論できない。
「……まあ、否定はしない」
「ってことで、これからも放課後、よろしくね。定期的に相談したいことあるし」
「俺が断ったら?」
「そしたら……泣いちゃうかも?」
「なにその雑な脅し」
「効果あると思ったけどな~。ダメ?」
「……わかったよ、やるよ」
冗談っぽいけど、目が本気だった。
「わかった。やるよ」
「素直でよろしい。じゃ、今日はここまで」
それだけ言って、星乃は立ち上がり、スカートをふわっと揺らして去っていった。
残された俺は、ふぅと小さくため息をつく。
いつの間にか、スマホの画面にはミル・ルナのホーム画面が表示されていた。
そこにいる彼女は、まるで別人のように甘い笑顔を浮かべていた。
だけど今はもう、俺にはその裏側が見えている。
彼女がギャルで、悩んでて、でも一生懸命配信していることも。
ちょっとだけ、ほんの少しだけ。
俺はこの秘密を、悪くないって思ってしまった。
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