第九話 秘密は知らない方がいい
タイトルは付けたほうがいいと思い、今更ながら付けました。
「シッ────」
最初に行動を起こしたのはオルだった。
腰に持っていた短剣を取り出し、目にも止まらぬ速さで魔族の元へと投擲する。
人間の動体視力ではほとんど捉えきれない一連の動作によって魔族の顔面へと放たれた短剣だったが、ほんの数度首を傾けるだけで躱されてしまう。
「ふっ、人間とはいつの世も野蛮そのものだな。獣人以上エルフ以下と言ったところか?」
「なーに偉ぶってんだか。魔王も居なくなって世界は残党狩りの状態だってわかってんの?」
エルザの言葉に、魔族は高笑いをした。
何も変なことは言っていない。実際イレリア大陸全土では復興とともに、冒険者たちを筆頭に魔族の残党狩りが行われている。
「ふははははっ────!!実に、実に滑稽だぞ人間!」
「な、何がおかしいんですかっ!」
「そう憤るなミラ・ティアン。今際の際に教えてやろう」
興奮しているミラを宥めるように言うが、ミラの興奮は収まる様子を見せない。
そのまま、次の言葉を待つ三人に魔族は爆弾発言を落とした。
「───魔王様は死んでなどいない」
「な───!!」
「はぁ!?」
「────そんな......!」
魔族の言葉に三者三様の驚きを見せる。
そんなはずはない。
もし本当ならば、世界全土に響き渡った勇者による魔王討伐報告は嘘だったということになる。
「正確には死んでいないだけ、と言った方が正しいな。あの忌々しい勇者は魔王様を殺せなかったが、その代わりに封印術を施したのだ」
「で、でも、ドラギニア王国が魔王は勇者の手によって討伐されたと......」
「恐らくたかだか数十年で解ける封印ではないのだろうよ。誰が偽ったかは知らんが、現存しているおおよその人類にとっては死ぬまでに魔王様が影を見せなければ討伐となんら変わりない。ただそれも、一切邪魔が入らなければの話だがな」
「......なるほどね、ようやくあんたの謎が解けたわ」
自信の推理に合点がいったのか、エルザの顔に笑みがこぼれる。
「訳わかんなかったのよ。魔王を失って魔族共が急激に減ったっていうのに今更何を企ててたのか」
「魔王様の統制が取れないとなれば下級のゴミは制御が付かなくなるからな。まあ、有象無象がいくら消えたところで興味も無いが」
その言葉にエルザは顔を顰める。
目の前の魔族の言うことを信じれば、世界的に減ったとされているのは下級の魔族のみで、それ以上の魔族は魔王討伐からほとんど数は変わっていないということになるからだ。
下級の魔族と言っても戦闘経験が無い一般人はもちろん、下級の冒険者程度なら殺せるほどの力を持っている。
「そろそろいいか?ユイナも結構負担かけてるし、早く終わらせねぇと」
「我を殺せる気でいるのも滑稽だが......安心しろ、その心配はもう必要ない」
「どういう───」
「戻ったよー!って......あんまり穏やかじゃなさそう?」
オルが問いただそうとした瞬間、後ろの扉が開く。
現れたのは女の騎士。肩に騎士の女を二人、背中に一人担いでいた。
二人の女の内一人は先ほど別れたはずのユイナ。よく見ると他二人も先ほど道を阻んできたカナタ・アンブロシアとラシャーク・コロニスも担がれている。
オルとエルザは初見だったが、エルザは女騎士の正体について感づいていた。
「げ、もう来た......!」
「噂をすればなんとやら......だな。よく戻った、アンジェ・パイシュレー」
「ただいま~!ユイナも見つけてきたよ~!」
あろうことかアンジェ・パイシュレーは魔族のことを気にも留めず会話をしている。
これがユイナの言っていた洗脳で、直接魔族と会話することが多い人間には特にかなり強い認識阻害が掛けられていた。
「あんた、あいつ見て何も気付かねぇのか......!?」
「んん~......?あ!君たちが噂のミラ様を連れまわしてるならず者!?」
「オル、何を言っても無駄よ。こいつ、完全に催眠状態みたい」
「アンジェ・パイシュレー。そいつらを捕らえろ。殺しても構わん」
「うち、殺しはあんまり好きじゃないの!だから、大人しく捕まってくれると嬉しいな!」
完全に洗脳状態に掛かっているアンジェは、担いでいた三人を降ろすと拳を構える。
魔族とアンジェに挟まれる形になってしまった三人はミラを中心にエルザは魔族、オルはアンジェと向き合っていた。
「ありゃ?斧使うって聞いてたんだけど」
「うん!でも三人担いだら斧持てなかったから置いてきた!」
「ミラ、あんたはこっちよ。私が何とか隙を作るから、あんたは適当に援護しつつ『アレ』狙いなさい」
「は、はいっ!」
「ほう......?無策という訳でも無さそうだな」
一番先に動いたのはアンジェだった。
十メートル弱離れたオルへと走り出す。意外にもその速さは平均より少し早いくらいで、オルと比べると天と地ほどの差があった。
「えやぁっ!!」
なんの捻りもない右ストレートは空を切る。
もちろん当たる訳も無く、オルは体を半身ずらすだけで躱す。
「隊長ってわりにあんま強くねぇのか?」
「ふんっ!!」
距離が近くなったことを利用してオルの足を踏み抜こうとするがこれも外れる。
避けられた足はそのまま床にぶつかると、地震かと見紛う凄まじい衝撃を放ち地面を隆起させた。
「おわっ!」
「捕まえたっ!」
思わぬ衝撃にオルは体勢を崩すと、アンジェがそれを見逃さない。
手首を掴むと、まるで子供がぬいぐるみを振り回すかのように弧を描き地面に叩きつけた。
「がはっ────!!」
石でできているはずの床がいとも簡単に凹む。オルは叩きつけられながら、ユイナのアドバイスを思い出していた。
────────
「アンたん......アンジェに出会ったらすぐに逃げて。攻撃は大振りで読みやすいし、足も早くないし戦略に長けてるわけでもないから多分逃げられると思う」
「ちょっと待って。攻撃は大振りで読みやすい、足も遅い、おつむも弱いのに団長様をやってるってわけ?何か隠してないわよね?」
凡兵ならまだしも、団長格ともなる人間がそんな実力で騎士団が成り立っているというのがエルザにとっては不思議でならなかった。
「ん~......まあ、そう聞こえちゃうよね。逃げてって言うのは、アンたんがかなり打たれ強いからなの。持久戦に持ち込んだらおそらく私含めて三人がかりでも勝てないと思った方がいい」
「やっぱり隠し持ってんじゃない......その情報なかったら普通にのしてたわよ」
「いやいや!私逃げてっていったよね!?」
────────
「(打たれ強いっていうか、ありえねぇくらい馬鹿力じゃねぇか......!)」
勢い良く身体を捻りなんとかアンジェから離れたオルは、なんとか近づかずに無力化する方法に思考を巡らせていた。
「考え事してたら死んじゃうよ!!」
オルの顔面に放たれた足刀を躱し、カウンターで軸足にローキックを入れるがびくともしない。
アンジェはそのまま軸足を回転させオルの肩に向かって振り下ろすような蹴りを放つが、これも空を切るだけで終わってしまう。
「硬って!体幹強すぎだろ......」
「その腰の剣を抜いた方がいいんじゃない!?それとも飾りだったり?」
「はっ、俺は武器を持たねぇ相手には抜かねぇよ」
「ふーん......そっ!」
再び強い踏み込みからのワンツー。至近距離から放たれる拳もオルには当たらず空を切る。
アンジェの右ストレートを左に躱してがら空きになった胴に背中からの体当たり───いわゆる鉄山靠を放つ。
「せいっ!!」
「っ......!!」
オルには確かに技が入った感触があった。
がしかし、アンジェは少しよろめく程度でダメージ自体はほとんど入っていない。
「......やったなー!もう容赦しないからね!!」
「あれで手加減してたのかよ!お手柔らかに頼むぜ......!」




