第六話
「やあやあお三方!しっかり休息は取れた?」
決戦の日。時刻は日が落ち切る少し前。
三人は集合場所にしていた平屋の前に向かうと、おそらく外を見張っていたのだろうユイナが出てきた。
「すみません、実はというとあんまり......」
目の下にうっすらと隈を作っているミラが答える。
仕方のないことだった。彼女たちが企てているのは国家転覆。失敗すれば自身の命もこの国の未来も無い。
人同士の戦争なんて経験したことのない齢十余の少女が簡単には受け止められるものではなかった。
「ありゃ~......さすがにミラ様にはちょっと重すぎましたか」
「少しでも寝ただけマシだわ。......それじゃ、早速作戦会議を始めましょうか」
再び、丸テーブルを囲むようにして四人が座ると、ユイナがそばに畳んで置いていた一枚の大きな布を持ってきてテーブルの上に広げる。
「これは......地図か!」
広げられたのはティアン城周辺から貴族街の端までの地形図だった。
ユイナは筆記具を取り出し一か所をトントンと叩く。
「今私たちが居るのはここ。お城は見えてるから真っすぐ行けばもちろん着くんだけど、大通りは通れないから裏道を使った最短ルートで行こうと思う。城内に入るには......多分、ここの城壁を越えるのが一番の近道だと思うんだけど......」
ユイナが地図に線を引いているとミラが挙手をする。
「はいミラ様。どうされました?」
「あの......城壁を越えるというのは......?」
オルもエルザも何ごとも無かったように流していたが、別にティアン城の城壁は低いものではない。
ミラは梯子か何かを掛けて昇るのかという手段を質問したつもりだった。
「そんなの飛び越えるわよ」
エルザの口から飛び出した、人間の脚力をとうに超えている発言に驚く。
本来なら魔術なんかを使って飛び上がることを想像しただろうが、この二人と数日間をともにしたミラは気づいていた。
この二人は、どっちも脳筋なところがある。
オルは言わずもがなだし、エルザはかろうじて普通に見えているが困った時は自分の膂力で何とかしようとする。そんな人間だった。
「大丈夫よ、ミラはオルが抱えてくれるから」
「ま、それしかないよな」
そういう問題ではないと言いたいところだったが、遮ってしまって時間が無くなるのも困るので我慢して口を紡いだ。
「城内に入ったらとにかく上を目指して。魔族に睡眠は必要ないから寝てないとは思うけど、おそらく寝室に居る可能性が高いと思う」
「おー、そりゃ分かりやすくていいな」
「そうね。経路はこれでいいとして......後は対峙する可能性があるティアン騎士団について情報共有してもらうわよ」
『対峙する』という言葉を聞いてユイナの表情に一瞬だけ影が落ちるが、すぐに気を取りなおして説明を始めた。
「えーと、まずは団長率いるパイシュレー隊からね。団長の名前はアンジェ・パイシュレー。外見的な特徴は────」
「ま、対策としてはこんなところね。何も無ければそろそろ出発しましょ」
ユイナからティアン騎士団の隊長それぞれの特徴を聞いて作戦を立て終わるころには夜も更け、月と星の輝きだけがティアン王国を照らしていた。
「い、今更になって心配になってきました」
ユイナが用意してきていた一般兵の装備に身を包んだミラが心配の声を漏らす。
「なーに言ってんだ。今の心配よりこれからのことを考えてろよ」
「そ、そうですよね......!」
「大丈夫。いざとなれば命をかけてでもあんたを守るわよ。オルが」
「お前じゃねーのかよ」
「ほらほら、緊張感持っていくよー」
どうしてこうも冷静に居られるのだろうか。
目の前で漫才をしている常軌を逸した人間を見てミラは一人怯えていた。
それから、四人は城で待っているであろう魔族討伐のため動き出した。
「そういえば貴族街に入ってからの作戦は立てたけど、肝心の入るまでは大丈夫なの?」
エルザの言う通り、四人で考えていた作戦は全て貴族街に入れたらの話であり、入るまでの作戦は何も話し合っていなかった。
「まー、見ててよ。あ、ほらもう入口だよ」
ユイナが指さした方向には平民街と貴族街を隔てる門が見えた。
幅としては馬車が通れるほどで、一人の門兵が警備をしていた。
「おいおい。門兵一人で警備って貴族たちからは文句出ねぇのか?」
「平民は復興で、貴族は内戦で忙しいからねぇ。色々話し合った末に貴族さんたちも了承してくれてるよ」
確かにこの国は比較的被害が少ない方だがついこの前まで魔王と戦争をしていたのだ。
そこまで元気のある盗人はそうそういないらしい。
「それに、変なのはキミらが入ってきたあそこで大体弾かれてるよん。それに、あの門を何事もなく潜れるようなのが敵だったらここに何人配置しようがあんまり意味無さそうだし」
「へぇー......色々考えてんだな」
「あったり前でしょ~?人手不足でこっちは大変なんだから~」
困り顔でユイナが愚痴を漏らすが、結局どう突破するかの案が出てこない。
痺れを切らしたエルザが口火を切った。
「ま、見てなさい。門兵は一人なんでしょ?」
スタスタ、と早歩きくらいの速度で門兵に近づいていく。
門兵ももちろんエルザに気付き、声を掛けるが歩みを止めない。
「でやっ」
そのまま拳の射程圏内に入った瞬間、踏み込みからみぞおちへの掌底打ちを放つ。
その敵意の無さから反応することもできずまともに食らってしまった門兵は、肺の中の空気を勢いよく吐くとそのまま倒れた。
「早く行くわよ」
「ちょ、ちょっとお宅の相方さん手が早くない!?」
「思い切りは良いのはいいことだと俺は思うよ......たぶん」
「ご、ごめんなさい。通りますね......」
一行は案内ができるユイナを先頭にエルザ、ミラ、オルの順番で進んでいく。
それにしても警備兵の配置はまったく変わっていないのか、一切会敵する様子が無い。
大通りを避けて明かりの無い路地を通っているため今どの辺りにいるのかが正確に分かりづらいが、城までは恐らくあと半分と少しといったところだろう。
そうして周囲を警戒しながら歩いていると冷たい風がエルザの頬を撫でた。
すぐさま背中から棒状の杖を取り出し構えると、一瞬遅れてミラ以外の二人も戦闘態勢に入る。
「来るわよ。正面」
正面の暗闇を注視していると、正面から二人の女騎士が歩いてきた。
黒髪ポニーテールの長身の女と、赤紫髪でけだるげな様子のたれ目の女。
「おや、ミラ皇女様に我が旧友のユイナじゃないか。後の二人は初めましてかな?」
「......正面から行くと私の利点あんまし無いんだケドー......ま、よろしく」
ユイナから聞いていた前情報と一致している。
コロニス隊のラシャーク・コロニスとアンブロシア隊のカナタ・アンブロシアだった。
「くそっ、早速隊長二人がお出ましかよ......!」
女騎士二人はまるで談笑を始めるかのように四人に挨拶をすると、それぞれ武器を取り出した。
騎士団の説明パートを入れようとしましたが、長ったらしかったので省きました。
来年もよろしくお願いします。




