第二話
「お、おれのステーキは......?」
「知らないわよ。その辺に転がってんじゃない?」
眼の前に座っているエルザにステーキの所在を聞くが適当にあしらわれてしまう。
その辺に、と言われて探してみるがその辺には真っ二つになったテーブルとその破片、そして肉のようなナニかが散らばっているだけだった。
「それにしても、ティアン帝国ってのは空から人が降ってくるのが常識なのかしら?」
二人の足元に転がったローブの人物はどうやら相当な高さから落ちてきたようで、痛みをこらえるようにうずくまっていた。
オルもステーキへの思いを振り切り、足元の人物に声を掛けた。
「大丈夫か?」
聞こえてはいるようだが返事はない。
かなり重症らしく、痛みによって返事が出来ていないようだった。
「はー......ほんっとお人好しね。どう考えてもこんなローブ来てる人間なんて怪しいに決まってるでしょ」
「確かにそうだけど......すまん、フード捲るぞ」
とりあえず素性を把握することには始まらないので、オルがフードを捲る。
現れたのは、銀髪の少女。痛みによって歪んでいるが、端正な顔立ちをしている。
「エルザ、女の子だ。周囲の目線もあるし、一旦ここは離れよう」
オルの言う通り、周囲は少しずつざわつき始めていた。
さすがにここに長居してはいろいろと都合が悪くなる。これ以上騒ぎが大きくなって衛兵でも来てしまったら、入国して一日と経っていないよそ者は立場が無いだろう。
「わかった。お代は......まあ椅子の上にでも置いておけばいいでしょ。ちょっと、あんたエール臭いんだから私が運ぶわ」
少女を抱えその場を離れた二人は、宿まで少し距離があるので少し離れた路地で少女を介抱していた。
「よかった、骨折とかはしていないみたいだ。エルザ、ポーションの持ち合わせって......」
「ここに来る途中の行商人から買ったのが二つ。はい」
エルザは懐から十センチほどの小瓶を二つ取り出し、片方をオルに渡す。
それを受け取ると、少女の口を開けて中に流し込んだ。
「ん......んく......」
「少し苦いだろうが我慢してくれよ。これで少しは楽になるはずなんだけど」
少女はポーションの独特な苦みに耐えつつ小瓶一つをすべて飲み切ると、少し体調が回復したようで落ち着いた表情を見せる。
少しすると呻き声も収まり少女が顔を上げると、サファイアのような瞳と目が合った。
「お、目が覚めたか」
「こ、ここは......?」
「君が落ちてきたところから少し離れたとこだ。とりあえず重傷だったから保護したんだけど......大丈夫か?」
とりあえず手短に落ちてきたところからここまでの経緯を説明する。
「そうだ......私、あそこから落ちて......」
「ちょっと」
「ひ、ひぃ......っ」
ぽつり、ぽつりと呟く少女はエルザに強い語気で話しかけられ怯えた様子を見せる。
無理はない。いくら同性と言えど、百六十五という平均を上回る身長の人間が眉間にしわを寄せながら見下ろしているのだ。
「おおい。ビビってるからそれやめろ」
「あんたは危機感が無さすぎ。こっちは聞きたいことだらけなの」
何とか助け船を出そうとしたオルだったが、しっかりめに叱られてしまい眉が八の字に曲がってしまう。
エルザは少女の手を取って立ち上がらせると、そのままいくつか質問を始めた。
「まず、あんたは追われてるの?」
「は、はい......」
少女の返答に、エルザは大きなため息をつく。その顔には怒りというよりは呆れの表情が浮かんでいた。
追われてる理由は見当もつかないが、もしそれが犯罪など正当な理由だった場合はマズイ。
ただ、エルザには目の前の少女がそんなことをするとも思えなかった。
「とりあえずわかったわ......オル」
「ん」
「この子、どうするつもり?」
「もちろん、助けるしかないだろ」
「そうよね......まあ、流石に私もここで見捨てるほど人間捨てちゃいないし。とりあえず深い事情は後で話してもらうとして......あんた、名前は?」
「あ、え、ミラ、です」
「ミラ。とりあえずあんたは私たちがとってる宿に連れて行くから。そこで話は聞かせてもらうわ」
「あ、ありがとうございます......!」
「とはいえ、どうやって宿まで戻るんだ?そもそも俺らはよそ者だから裏道なんて知ってる訳無いし......ミラ、どうだ?」
ミラは首を横に振る。
とりあえず何か案が出るまでこの路地裏から出ることは避けた方がいいだろう。
何か策を出さなければいけないが、特にこれといって策は思いつかずオルはうんうんと唸り始めた。
「ところでミラ、相手に顔は割れてるわけ?逆に相手の顔は知ってる?」
「私のことは知られてると思います。でもすみません、追手の顔は一人も知らなくて......」
「一人も、ね。一体何の組織に狙われてんのよあんた......」
やっぱり首を突っ込んだのは失敗だったかしらとエルザが頭を抱えていると、オルが何かを思いついたようで「あっ」と言葉を漏らした。
「正面突破......?」
バカの頭に拳骨が落ちた。
「一応、作戦を聞かせてもらおうかしら」
「いつつ......逆の発想だよ。まず、ミラは追われてる身だろ?だから人目につくところを通らないという相手の思考を逆手にとれるんじゃないかって思ったんだ」
相手の数がどれだけのものかは知らないが、たかが少女一人だ。人混みに紛れてしまった方が見つけづらいだろう。
「......確かに、一理あるわね。ミラ、あんたから何か意見はある?」
「そ、それなら確かに......はい。私もそちらの......オルさんの意見に賛成です」
「問題はミラの服装ね。流石に冒険者もちらほら居ると言えど、頭まですっぽりとローブを被ってたら流石に目立つし......」
フードだけ外しておくのも考えたが、それは彼女の容姿を見る限りあまり最良の選択肢とは思えなかった。
絹のようにさらさらな長い銀髪。どう考えても人の目を引いてしまうだろう。
「銀髪も中々見ないしな......いっそのことローブも脱いじまうか?」
「それは......すみません、多分脱いだ方が目立ってしまうと思うので......」
「えっ!?まさか全────」
バカの頭に拳骨が降り注いだ。
「はぁ......仕方ないけど、ローブのままで行くしか無さそうね。いつまでもここで油を売ってられないしさっさと行くわよ」
「そうだな。幸い宿まではあんまり距離は無いし......いいかミラ、こういう時こそ急がず、だぞ?」
「は、はい」
「なーにぶってんのよ」
方針も決めたところで、三人は宿へと足を進める。
路地裏をでて人混みに紛れる。大通りで夕飯時ということもあってミラが身を隠すのは容易だった。
宿に着くと居住まいを正した受付嬢が迎える。
「おかえりなさいませ......ってあら」
「もう一部屋ご用意しましょうか」
受付嬢はローブに言及することも無く、部屋の用意をしてくれた。
宿側の気持ちを考えるともう少し事情を聴いた方が良いとは思うが、それよりも宿の売り上げの方を優先したようだ。
その商売根性にオルは少し引いたが、何はともあれ宿を取れたのは大きい。ここで通報されでもしたら野宿確定だっただろう。
そうして三人はとりあえずミラから事情を聴くため、オルの一人部屋に三人で集まった。
「一応外見たけど、つけられてる感じも無かったぜ」
「ありがと、じゃあ早速話してもらいましょうか」
「あ、あの。どこから離せばいいのか......」
「そうね。とりあえず......あなたの身分から聞かせてもらえる?あの高さから落ちてきたなんて、一体どこから飛んできたのよ」
「はい......あの、驚かないでくださいね......」
「今更そうそう驚くことないわよ。ねぇ?」
「まー、俺たちは大したことじゃ驚かないぞ?」
ミラは自信満々な二人を前におそるおそる口を開いた。
「実は私......この国の皇女なんです。改めて、ティアン帝国第三皇女『ミラ=ティアン』と申します」
ローブの留め具を外し、席を立ち礼をする。
現れたその衣装は過度な装飾が施されていないが気品のある、身分の高いものが着るようなドレスだと一目で理解できた。
「えっ────むごがむぐがご......!!」
表情筋の限界まで目と口が開き、大声を出しそうになったオルの口を同じ顔をしたエルザが塞ぐ。
「───はぁ、はぁ。ま、マジなのか......?」
「こんな場面で嘘ついたってしょうがないでしょ......!!」
何とか平静を保っているようなエルザも、ミラの身体の下から上まで舐めるように視線を巡らせていると無言で一通り暴れて落ち着いたオルが疑問を投げる。
「じゃ、じゃあどうしてミラは追われてたんだ?その辺の衛兵なりに助けを求めればよかっただろ?」
「それは......」
次の言葉が出てこない。どうやら皇女様でも助けてもらえない理由があるらしい。
ただこのまま黙っていても話は進まないので、深呼吸して再び話し始めた。
「......まず、お二人はこの国の現状をご存知でしょうか」
「この国の......って世に公開されてる情報となんか違うのか?一般常識くらいは抑えてるつもりだけど」
「私も右に同じね」
「では、話が早いですね。───現在、我が国は統治する存在を失っていて、内戦状態にあります」
ティアン帝国は魔王による被害も少なく、皇帝による統治によって治安も良い方だと聞いていたが、実情はかなり異なるようだ。二人は前のめりになって話を聞き出した。
「というのも、事の発端はひと月前です。私の父、第二十二代ティアン皇帝は病に伏し、この世を去りました。そこで、本来ならその時点での皇子が次期皇帝になるはずですが、現皇帝には皇子が居なかったのです」
「そりゃまたどうしてだ?聞いてた話だと確か皇帝サマってかなり高齢だったはずだし、皇子が生まれてないなんて周りが黙ってないんじゃないか?」
オルの純粋な疑問にミラがうなずく。
「はい、それにも理由がありました。皇帝には、魔王によって女子しか生まれない呪いを掛けられてしまっていたのです。皇后にその呪いが掛けられていたのならまだ良かったのですが、皇帝に掛けられていたとなると話は別です。そのため、今まで三度子を成しましたが全て女子のみでした」
皇后に呪いが掛けられていたのならば、なんて言葉が出ることに少しぎょっとしたオルだったが、身分が違うと常識が違うともいうし、話の腰を折るほどのことでもなかったので黙っていることにした。
「なるほどね......。年齢から推測するに、ミラが最後の希望だったって訳ね」
「おま、皇女様だぞ。せめて敬称とか付けないのかよ」
「今更じゃない?あんたなんてまずエールまみれの身体で近づいたことを詫びなさいよ」
「はい。エルザさんのおっしゃる通り、今までと同じ接し方で居てくれると私も嬉しいです」
では。とミラは再び説明する姿勢に戻った。
「エルザ様の推測通り、皇帝の年齢的に私が最後の希望でした。ですが、私は皇后との子ではありません。国の魔術師や神官たちがこぞっても解呪できなかった呪いは、次第に避ける方法や薄める案が出されるようになりました。そこで、最後の希望として皇后ではなく、妾との子として私が生まれたのです」
「結局生まれたのは皇子ではない。そして、帝国内部は皇子の誕生をついに諦めましたが、皇帝を用意しないことには国は亡くなってしまいます。次第に、各大臣たちによる次期皇帝の推薦が始まりました。ただ、結局皇帝が生きている間に決着がつかなかったのです」
「なるほど、それで内戦って訳か。ん?でも一応血は途絶えてないだろ?この場合は......第一皇女サマが最も偉くなるわけだから、第一皇女サマが相手を選べばよかったんじゃないか?」
「オル様の言う通りです。今は一部の貴族しかこのことを知りませんが、情報はどこから漏れるかわかりません。とにかく早く皇帝を決めなければいけない状況でした。ですが第一皇女様は、従者の方と内密にお付き合いをされていたのです。従者の方も貴族とはいえ、それほど高い身分ではありませんでした。そして、それを知った大臣たちは......」
ミラが目を伏せる。その先を理解するのは容易だった。
「ほんと、クズばっかりで嫌になるわね......」
「ごもっともです。そして、従者の方を深く愛しておられた第一皇女様は、彼の後を追いました。次に権力を持つのは第二皇女様になりますが、第二皇女様は現在消息不明となっています。おそらく従者の方や一部の協力者がいたのでしょう。国外へ逃亡されている可能性もありますし、内戦の首謀者たちはすでに死んだ者として扱っています」
「そして、最後に私が残りました。目の上のたん瘤のような状態の私は、力は弱くとも不穏分子ではあります。そのため少し泳がされていましたが、首謀者の誰かが消しておいた方が良いと判断したのでしょう。ただ、私もそんなことのために殺されてはたまったものではないです。何とか身を隠し逃げ続け、今日にいたります」
ご清聴ありがとうございます。とミラが頭を下げる。
ただ聞いていただけの二人だが、彼らはずっと話していたミラよりも疲れた様子を見せていた。
「はー......正直、この国がそんな壮大なことになっているとは思わなかったな」
「そうね。はっきり言って、私たちレベルの人間がこんなことに首を突っ込むのはかなり場違いな気がするけれど......ねぇミラ」
「はい」
「結局、あなたはどうしたいの?この国から逃げたいのか、それともこの国をどうにかしたいのか」
「私は......私は、この国が好きです。確かに、このひと月は人間の酷いところをたくさん見てきましたが、民は違います。魔王の脅威にさらされていた時でも、国民の皆さんはこの国のために頑張ってくださっていました。そんな皆さんに私はお返しがしたいです!」
サファイアのような瞳が、しっかりと二人を見つめる。
齢十余の年齢とは思えない覚悟を決めた顔つきだった。
「わかったわ。オル」
エルザの言葉に、オルがうなずく。二人の意志は同じようだ。
「いいかミラ。言って無かったが、俺たちは傭兵だ」
「は、はい」
「金の為なら何でもする。それに魔物のみを相手にする冒険者とは違い、対人戦闘ではエキスパートとも言えるだろう」
「そこで、だ。────なぁ、俺たちを雇わないか?」
「でも、お金の用意が......」
「んなの後払いでいいさ。それに今回は特別に、前金もナシでいい」
「あ、ありがとうございます......!」
目の前に出されたオルの右手を取り、ミラはこれでもかと頭を下げる。
その礼は、今まで培ってきた礼儀と作法を無視するような、心からの感謝だった。
「とかいって、次期女帝から一体いくらもらえるのか楽しみで仕方ないんでしょ」
「......ま、それもちょっとあるな」
「あ、あの、次期女帝って」
思わぬ言葉にしどろもどろになるミラを見て、エルザとオルは不思議そうに顔を見合わせた。
「何よ。国民に恩返ししたいんでしょ?だったら女帝になるのが手っ取り早いわよ。腐ったやつらをぜーんぶこの内戦に乗じてぶっ飛ばして、あんたがこの国の未来を作りなさい」
「は......は、はい!」
そうしてミラの覚悟も決まったところで、三人は作戦会議を始めていた。
「なるほど、そのティアン騎士団っていうのを味方につけられればいいわけか」
「ティアン騎士団......噂には聞いたことあるわね。一般兵や貴族が所有している騎士とは違い皇帝直属の騎士たちで、団長たちの強さは百人力、千人力にも及ぶとか」
「はい。エルザさんの言う通りです。私も彼女たちが戦っている姿を見たことはありませんが、相当な実力者たちだと聞いています」
「ところでミラ。もう雇用関係なんだし、私たちのことは呼び捨てでいいわよ」
「そうだな。ミラはもう俺たちの雇い主なんだから、ふんぞり返っててもいいんだぜ?」
「そ、そんなふんぞり返るなんて......そ、それじゃあ......え、エルザ......さん、うぅ」
呼び捨てなんて、滅多にしないのだろう。顔を赤らめながらおそるおそる名前を呼ばれたエルザはふっと笑った。
「どうやら、呼び捨てより先に女帝になるのが早そうね」
「だな」
「も、もう!話を戻してください!」
からかわれたミラは若干拗ねてしまったようで、陶器のような白い頬を膨らませていた。
「すまんすまん、それで......あ、そうだ。さっき彼女たち、って言ってたよな。騎士団長は女なのか?」
「はい。現在のティアン騎士団は団長率いるパイシュレー隊、アンブロシア隊、コロニス隊、クレイア隊、エウドーラ隊に別れていて、それぞれ隊長たちの強さはパイシュレー隊率いる騎士団長のアンジェに匹敵すると言われています。現在の隊長はそれぞれ女性だったはずです」
指を折って数えながら話すミラの言葉を聞いて、千人力が五人もいるという事実にオルが険しい顔になる。
自信はあるつもりだが、一斉に相手をするとなるとかなり厳しい戦いになるだろう。
「ご、五人もいんのか......その騎士団ってのは、今はどこの勢力に加担してるんだ?」
「わかりません。ただ、彼女たちは皇帝に仕える騎士団なので、おそらくどこの勢力にも加わっていないんじゃないかと......」
「そうね。それに聞いてる限り大臣のクズどもは協力する気がないみたいだし」
「どうしてわかるんだ?」
言い切ったエルザに、オルが疑問を問いかける。
「もし騎士団の誰かがどこかについてたらパワーバランスが崩れてるはずでしょ?」
「確かにそうか。じゃあその騎士団を全員味方に付けたら、武力的にはミラの一人勝ちって訳だ。そっからは女帝誕生のパレードでもして国民に知らしめてやりゃいい」
「そう簡単には行かないと思うけど、概ね賛成だわ。その方針の方が私たちとしてもやりやすいし。問題はその騎士団がどうやったら味方についてくれるかよね。一国の帝になるのにまさか個人の武力が必要とは言わないとは思うけど」
「うーん......とりあえず話が通じるやつだと良いけどな。ミラ、騎士団がどこにいるかわかるか?」
「彼女らは城を警備しているはずなので、おそらく城内に最低でも一部隊は常にいると思います」
「了解だ。準備も考えると......そうだな、決行は二日後の夜でどうだ?」
「異論なし」
「わかりました!」
「じゃあとりあえず今日は解散だな。明日は色々準備をするとして......ミラの部屋は一応警戒しといた方が良いよな」
「あ、ありがとうございます」
そうしてミラは部屋に戻り、オルが扉の前に立ち周囲の警戒を始めた。
数時間後。二回の交代を経て再びオルの警戒の番が回ってきた深夜にそれは起こった。
「きゃっ!」
部屋の中から小さな悲鳴が聞こえた。紛れもなく声の主はミラだ。
迷わず扉を開けると窓が開いており、出て行こうとしているローブを纏った人物の脇にはミラが抱えられていた。
「っくそ、もう見つかってたのかよ......!」
とりあえず、ここでミラを攫われては計画がすべて水の泡になる。
一瞬の間の後に謎の人物は窓から逃げ、オルがその後を追って窓から飛び出した。




