第十四話 どちらが上かはっきりしておいた方がいい
「二人とも、今日は何の用事~!?」
「声でか......」
近くに居るというのに随分と大きな声で話すアンジェ。恐らく普段からこの声の大きさなのだろう。
「アンジェ、お疲れ様。今日は強力な助っ人を呼んできたんだ」
「助っ人?って、何の?」
皆目見当もつかないという様子で首を傾げる。
恐らく彼女にとっては騎士団全員を一人で指導しても大して苦になっていないということだろう。
若干引きつつも、オルは少し前のユイナの言葉を思い出した。
「すっげぇ......本当に無尽蔵な体力してんな」
「ん~?それは褒めてるんだよね?」
「おう。尊敬しかないぜ」
「じゃあよし!」
「......アンジェ、そろそろ本題に入ってもいいかな?」
中身の無い話を繰り広げている二人の会話をラシャークが遮った。
この調子で会話していたら説明だけで日が暮れてしまうところだっただろう。
「うん!......あ、みんなにも関係のある話?」
「関係あるけれどとりあえず今は大丈夫かな。先にアンジェにだけ伝えておこうと思ってね」
「了解!それで話って?」
「ああ、実は────」
ラシャークがアンジェに経緯を説明している間、エルザがオルの肩を叩いた。
「どうした?」
「この間に少しでも吸血鬼調査の作戦立てておきましょ」
「お、了解。......つってもどうすんだ?」
「そうね......まず、吸血鬼についてどのくらい知ってる?」
吸血鬼。前述の通り、彼らは伝説の存在だ。
鋭く伸びた犬歯。いつまでも若々しく美しい肉体。蝙蝠のような羽根。氷のように冷えた目。
流水に弱い。太陽のもとに出られない。銀に弱い。
他にも上げればキリがないほどの特徴があるが、そのどれもが民草の暇を潰すために重ね塗られた幻想だ。
「ま、一般常識ぐらいじゃねーかな。つーか吸血鬼に詳しいやつとかいんのか?小説家?」
「司書ほど本を読みこんでる人ならある程度詳しいでしょうけど、それでも情報の真偽を確かめることはできないのよね。弱点とか結局どれも眉唾だし......」
「ヤバそうだったら一旦逃げって感じか」
「ええ、そこの認識だけは合わせときましょ」
「二人とも、いいかな?」
ある程度吸血鬼調査についての方針が固まったところで、ラシャークが割って入ってくる。
どうやらアンジェへの説明は終えたようだ。
「あら、団長さんへの説明は終わった?」
「ラシャからばっちり聞いたよ~!ちょっとの間だけど、よろしく!」
「おう、よろしくな。......で、ラシャークさんよ。さっき言ってた問題はどうすんだ?」
「もちろん、解決策を考えてあるよ。アンジェ、一旦みんなを集めてくれるかな」
「みんな~!集まって~!!」
アンジェの声に騎士たちが集合し、十数秒もすれば完璧に整列しきった騎士たちからは統率の高さが見てとれた。アンジェとラシャークの横に並ぶ異物に一人くらい発言しそうなものだったがそれもない。ただアンジェの口からどんな言葉が発せられるのか、ただ待っていた。
「みんな集まったね~!じゃあ、ラシャからみんなにお話があります!はい!」
アンジェが少し横にずれると、視線が一斉にラシャークに集まる。
「みんなお疲れ様。今日の話というのは、私たちが指導して挙げられない間に代わりにみんなの指導をしてくれる先生を紹介しようと思う」
騎士たちが少しざわつく。といっても声を発するわけでもなく、息が漏れる音と衣擦れの音だ。
あまり大人数と対面する機会が無いオルとエルザは、一斉に視線を向けられるこの状況に少し緊張していた。
「さ、挨拶を」
「お、おう。......えーと、ラシャークに依頼されておま......あんたらを指導することになったオルだ。数日間だが、よろしく頼むぜ」
大勢いるはずのこの空間に拍手の音が粒だって聞こえる。
オルが少し悲しい気持ちになっていると、エルザが前に出た。
「同じくエルザ。......宜しくお願いします」
先ほどよりも少し大きな拍手。一人二人から、十人ほどになっただろうか。
オルはさらに悲しい気持ちになった。
「ふふ、二人とも緊張しているようだね。さて───おや」
と、アンジェにバトンを渡そうとしたところで前に整列している騎士の一人が手を上げる。
「リキ、どうかしたかい?」
リキ。その名前をどこかで聞いた気がする二人だったが、すぐには思い出せずにいた。
「失礼ながら申し上げます。ラシャーク様、このお二方が先日城前で何をされていたかご存知でしょうか」
「えぇ......と、すまない。教えてくれるかな?」
もちろん嘘だ。何が起こっていたのか、誰がボコボコにされていたのか、それらは全てエウドーラ隊隊長のキリ・エウドーラが詳細に報告していた。
「はい。先日の夜、私含む数人が彼らに敗北しました」
「おや、それなら実力は申し分ないんじゃないかい?」
「......はい。悔しながら、彼らの実力は確かなものだとほとんどの人間が思っていることでしょう。ですが、彼らの戦い方は騎士道に反しています。不意打ちのような姑息な手は、我々には使えません」
卑怯な手は使えない。その言葉に多くの騎士が深く頷いた。
「ふふ、確かに君たちの言うことは一理ある。じゃあこうしようじゃないか」
唐突に嫌な予感がオルとエルザを襲う。
ここに到着する前に作戦があるとか言っていたが、もしかして────。
「彼らのどちらかに、アンジェと一対一で模擬戦闘をしてもらおう。決着は付けなくても構わないけれど、ある程度戦ってみればみんなも納得できるんじゃないかな」
他の誰でもない、団長が戦うという言葉にわっと歓声が上がる。
その一方で、嵌められたという顔をした二人の男女はなんとか抗議をしようとしていた。
「ま、待ってくれ。聞いてないぜそんなの」
「おや、言って無かったかな......?」
白々しく首を傾げる目の前の女をぶん殴りたくなる衝動を抑えて隣の相方を見る。
「あら、じゃあ頑張って」
「俺はこの前やったばっかりだっつの......!」
「んなの知らないわよ。この前勝ったんだし、もう一回のしてきなさいよ」
「おめ、あの団長のバケモノさを知らないからそんなこと────」
「二人とも、一対一では流石に勝てないかな?」
オルたちが揉めていると、ラシャークが煽りつつ急かしてきた。
つられて騎士たちも腰抜けだのなんだのと声を出し始める。
「くっそー......好き勝手言いやがって」
「いいわ、言わせておきましょ。実際あんたが勝ったのは事実なんだし」
と言いつつも、この場を切り抜ける方法はアンジェと一戦交えるしかないことは明白だった。
そこでどちらが出るかだったが、アンジェの一言で状況は一変した。
「強い方がかかってきていいよ!」
二人の耳がピクリと動く。
「......しゃーねぇ、俺が「私が行くわ」」
「あんたは地面の砂粒でも数えてなさい」
先ほどまでの脱力感は何だったのかと、エルザがオルを押しのけて前に出てきた。
その眼はとてつもないやる気に満ち溢れている。
「団長さん」
「ん!」
「あんた、一つ勘違いしてるわよ」
「私、そこのアホの百倍は強いから」




