1話 クリエイター
静かな教室。
しかし、それは全員が勉強に集中しているわけではなく、生物教師の津嘉山がダラダラと子守歌のように喋るせいで大半のクラスメイトが夢の中に旅立ってしまっただけである。
かく言う俺も寝ないように踏ん張っている所であるが、ノートに書いた文字はミミズが走った方がマシなほど文字の体裁をしておらず、最早寝てしまった方が良いのでは無いかとすら思ってしまう。
と、津嘉山は自分の持って来た教材の中をゴソゴソ漁り始め。
「プリント、職員室に取りに行って来るから静かに待っていなさい」
空気が変わったのを察知して起き上がるクラスメイトたちは、教室から出て行ったのを見ると困惑した様子で周りに何があったのか確認を始める。
一分と経たずに騒がしくなった教室の中で体を伸ばして眠気に支配された頭をシャキッとさせていると、斜め前の窓側の席で外をぼーっと眺めてる高瀬麗華が目に留まる。
端正な顔立ちに加えて、細身なのに出るところは出たルックスが合わさり、その可愛らしさと可憐さから男人気は熱い。
実際、今はしゃいで騒いでいる陽キャグループや先輩なんかが告白して振られたという話は何度か聞いている。
と、高瀬が視線に気づいた様子でこちらを振り返り、目が合ってしまった俺は慌てて視線を逸らす。
この頃、あの子の事が気になってぼーっと見てしまう事がよくある。
そのせいで目が合ってしまい、こうして慌てて目を逸らして何も知らない顔をするという情けない有様を毎日のように繰り返している。
何が書いてあるのか分からないノートに視線を落としながら視界の端に薄っすらと見える高瀬の様子を伺ってみると、しばらく俺の事をじっと見つめた後、窓の外に視線を戻した。
きっと俺が毎日のように見つめているからだろう。高瀬は目が合った後はしばらく凝視して来るようになった。
他の人にやっている所は見た事が無いし、もしかしたら嫌われてしまったのかもしれない。
「はぁ……」
自分の情けなさを悲しく思いながらスマホを取り出そうとポケットに手を伸ばしたところで、床に薄っすらと白い線のようなものが見えた。
グラウンドに敷かれた白線くらいの太さのそれは、よく見れば鼓動するように明滅を繰り返していて、目がおかしくなったのかと思いながら手を触れてみる。
冷たくツルツルな床の感触とザラザラした埃が指先に伝わるだけで何の変哲も無く、白線がどこに続いているのだろうかと目で追っていくと。
「……ん?」
教室の後方にあるコート掛け近くまで伸びており、そこから先には円を描くかのように湾曲した白線が見える。
他の人の机やカバンで見えにくいが幾何学模様のようなものも見え、脳裏に『異世界転移』の文字が浮かび上がり――
「うおっ?!」
急に白線が強い光を放ち、思わず目元を腕でガードする。
周囲からも悲鳴や困惑を隠せない声が聞こえ、思わず高瀬に目を向けると普段はクールな顔が驚愕と恐怖で歪み、助けを求めるような顔を俺に向けていた。
立ち上がるより先に視界は光で塗りつぶされ、ジェットコースターのような浮遊感に体が襲われる。
内臓を見えない力で引っ張り上げられているかのような気持ち悪さで吐きそうになりながら、必死で何かに掴まろうと腕を動かす。
しかし空を切るばかりですぐそこにあったはずの机も、座っていたはずの椅子も、手にしていたスマホも、何も手に取る事が出来ない。
やがて光が収まり、木の葉が風で揺れるような音が聞こえて来る。
周囲を見ようとしても真っ黒な残像が視界の中央を埋めてしまい、辛うじて周囲に木々が生えている事だけわかる。
あまりの気持ち悪さから吐きそうになりながら深呼吸すると土や草木の臭いが鼻腔を通り抜け、ここが教室では無い事に気付かされる。
「なんなんだよ……おえっ……」
ゲロを吐く声が聞こえる。
陽キャたちの中では比較的温厚な山塚大樹だろうと予測しながら、ようやく元に戻って来た目で周囲を見る。
案の定というべきかここは森の中。鬱蒼と草木が茂り、人の手が加わった様子は無い。
あの教室にいた全員がこの場にいるようで、探せば高瀬も気分悪そうにしながら木に寄り掛かっていて、目が合ってしまった俺は彼女の元へ近寄ろうとする。
「麗華ちゃん大丈夫?」
すかさず陽キャグループのリーダー格、淵上俊介が高瀬の元へ向かってしまい、俺は悔しく思いながら引き下がる。
認めたくないが見た目に関して言えば高瀬の隣に立つ男は俺よりも淵上のような長身のイケメンな方が様になる。
きっとあの子も淵上の方が良いに違いない。
「待ってこれ、異世界転移じゃね?! ほら、【鑑定】って唱えればステータスとか出るぞ!」
その声で振り返るとオタクたちのグループが騒いでいた。
オタクの中でも比較的声が大きくて騒がしい三戸浩平の前では、近未来のホログラフィックのようにパネルが浮かんでいて、そこに何か文字が書かれている。
それを聞いた俺は察してぼそりと呟いてみる。
「【鑑定】」
瞬間、俺の前にも同じようなものが現れた。
――――――――――――――――――――――――――――――
名前:クリハラ リュウジ
種族:異世界人
年齢:17
性別:男
レベル:1
生命力:120/120
魔力:252/252
攻撃力:107
防御力:83
魔法攻撃力:75
魔法防御力:67
機動力:112
スキル:【鑑定 LV:1】【言語習得 LV:--】
召喚者スキル:【クリエイター LV:1】
――――――――――――――――――――――――――――――
そこに書かれた文字を目で追っていく。
クラスメイト達もオタクが教えたやり方通りにステータスを開き、各々が確認を始めるのを横目に、俺は試しに【クリエイター】の文字をタップしてみる。
――――――――――――――――――――――――――――――
【クリエイター LV:1】
・素材を集めるとクラフトできる。
――――――――――――――――――――――――――――――
たった一文しか無く、恐る恐るクラスメイトのステータスを覗き見してみると、もっと色々と書かれているのが見える。
「すげえ、俺の【勇者】だってよ! 全ての魔法の適正と成長速度に補正とかやばくね?!」
淵上のはしゃぐ声に反応した陽キャたちがワイワイ騒ぎ始め、そんな彼らと仲が良い女子たちもキャッキャと騒ぎ始める。
高瀬に目を向けると彼女の前に表示されている物も長文なのが分かり、勇気を出して近寄ってみると。
「……栗原君は何だった?」
くりっとした美しくも無機質に感じられる眼とは裏腹に、普段よりは明るく感じる声。
俺の名前を憶えていてくれたんだと感動しながら、表示されているそれを見せる。
「【クリエイター】だって。なんか、弱そうなんだよね」
緊張で声が震える。
しかし、彼女はそんな俺にお構いなしで近付き、ホログラムのようなそれを覗き込んで来る。
ずっと吸い続けたいとすら思える良い匂いが鼻の中を埋め尽くし、すぐそこにある横顔が眩し過ぎて鼓動が早くなる。
すると高瀬はその距離のまま俺を見上げて。
「これからサバイバルするんだし、むしろこっちの方が便利で――」
「麗華ちゃんスキル何だったー?」
割り込んで来たのは淵上だった。
群がるようにして仲間たちも一緒にやって来て、高瀬と一瞬にして距離を離されてしまった。
と、そんな彼らの腰巾着のような存在の佐脇洋平が。
「お前は?」
「……これ」
「弱くね? なんやねん、素材集めたらクラフトって。俊介、これ見てみろよ!」
高瀬に馴れ馴れしく肩をくっつけてホログラムを覗き込んでいた淵上は一瞬だけ空気読めよと言いたげな顔をしてこちらにやって来る。
このクラスの中なら俺も身長は高い方なのだが、流石に180mを超えていると迫力がある。
「はあ? お前、何だよこれ」
「まー、ぼっち君にはそういうのがお似合いでしょ」
淵上に続いて佐脇が馬鹿にするように言うと、それを聞いていた陽キャ共が一緒になって笑う。
それにつられるようにして女子たちもクスクスと嘲笑し、オタクたちも「ハズレ枠かよ」とデカい声で馬鹿にして来る。
と、淵上は手を叩いて全員の注目を集める。
「ハズレ君は置いといて。誰が何のスキル持ってるか確認したら森から脱出しよう」
苛立ちを抑えようと手をぎゅっと握ったが、ふと自分の中に新しい感覚が芽生えている事に気が付く。
何だこの感覚はと、自分の中に意識を集中してみるとその正体が分かり、試しにスマホを手に取ってスキルを発動させてみると。
(ひょっとして、この中だと俺が一番重要な役職なんじゃないか?)
スマホを握っていた手を見て、ハズレ枠よりよっぽど面倒な役を引いたかもしれないと、そんな危機感を抱く。
同じようなスキルを持った人が他にもいる事を祈りながらクラスメイト達が入手したスキルの発表に耳を傾けた。
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