44.主人公とは、神出鬼没なのである
「アルクレナ秘術学園の生徒の皆様。本日はここ、リトルティアにお越しいただき、誠にありがとうございます。リトルティアは、小さな王国と言われている場所であり────」
……なんか、デジャヴだな。
俺はただぼんやりと前を見ながらふとそう思った。
もしかして、大講堂で行われた入学式のせいだろうか。
学園が崩壊したせいで俺達の居場所が一時的に無くなってしまったから仕方がないかもしれないが、何故この学院でも堅苦しい挨拶を聞かないといけないのか。
聞く理由なんてあるのか、いや無い。
でも聞かないといけない。
「ここが、地獄か……」
もし俺が死んだら、閻魔様にお願いして蝶々に転生させてもらおう。何も考えず蜜だけ吸っておきたい。
「……今は歓迎式の最中よ、静かにしていなさい」
「蝶々にでもなったら静かに出来るけどな……えっ?」
何故か聞き覚えがある声が聞こえてきた。
すぐ横を見ると、腰まで伸びる金髪が目立ち、綺麗な緑の瞳によって俺は射貫かれる。
しかし、どこか呆れているような視線を俺に向けている少女────ロセリア・スミスは隣に座っていた。
「ロセリアか、いつの間に俺の隣に座っていたんだ?」
「最初から座っているわよ。もしかして、気付いていなかったのかしら?」
「ああ、少し考え事をしていてな。これからどう過ごそうか悩んでいたんだ」
「へぇ……ここが地獄かとか、蝶々になったら静かに出来るとか言っている人が、これからどう過ごそうか悩んでいるようには見えなかったけれど?」
ロセリアは俺が口に出したことを一言一句間違えずに言う。
盗み聞きをするとは……感心しないな。
「ロセリアにとっては重要じゃないかもしれないが、俺にとっては死活問題になるかもしれない、だろ?」
「実際のところは?」
「早く帰ってゴロゴロしたい」
「ただの怠惰じゃない」
ロセリアはため息を吐く。さらに呆れてしまったようだ。
「……そういえば、ロセリアはどこで何をしていたんだ? サコユが一緒に学院に行きたいと言ってお前の部屋に行ったらしいが、既に居なくなっていたから悲しんでいたぞ」
話を無理やり逸らすために、サコユの話題を召喚する。これ以上呆れられたら俺が辛くなるからだ。この際、既に若干辛いという事は気にしないでおく。
「……そう。それは……悪いことをしたわね」
ロセリアは俺に視線を合わせていたが、気まずそうにしながら視線を逸らす。
「俺は別に気にしてないから良いぞ」
「貴方には1ミリも思っていないから安心して良いわよ」
「ひどいなお前」
思わず泣きたくなったが、顔を少しだけ左右に振った後、ロセリアに質問する。
「朝から居なかったってことは、散歩がてら周囲を探索していたとかか?」
「そんな呑気なものじゃないわよ。私が朝から向かった場所は────」
「────ロセリアは僕と一緒に修行していたんだよ」
「へぇ、修行か。真面目にやってて何より……えっ?」
この透き通るような男の声は────。
俺は壊れた機械のようにぎこちなく顔を動かし、声がした方向へと視線を向けた。
────水色髪をわずかに靡かせ、ロセリアと同じ青色の瞳がまた俺を射貫く。しかし、決定的な違いはその優しさ。
まさに俺が主人公にふさわしい器を持ち、最強で最高の男と認めた────ユーマ・グレーシアは、俺を見て微笑んでいた。
「あら、さっきぶりね。ユーマ君」
「改めておはよう、ロセリア。そして君が……シムノ君だったよね? おはよう、今日は良い天気だね」
「…………ああ、おはよう、ございます」
「どうしてぎこちないのかしら?」
ロセリアが何か言っているが、俺の耳はそれを拾いきる事が出来なかった。
────どうしてユーマが隣に座っている?
よりにもよって、この俺の隣だ。普通なら『偶然だな』で片付ける話かもしれないが、そう簡単に納得できるほど俺は純粋ではない。誰かが仕組んだ陰謀だろうか? いや、まさかここに居る生徒全員で俺を貶めるための壮大なドッキリか? それとも、もっと規模を広げて世界そのものが俺に何かを試しているのか? もしくはこの世界は実は夢で、現実世界では違った事象が既に発生しているのか? もしくは俺こそが────
「シムノ君? 大丈夫かい?」
再び透き通るような声が聞こえてくる。それにより、俺は深い思考の世界から引き上げられる。
「……いや、何でもない」
今度こそ違和感なく答えることが出来た。
ユーマは安心したように再び微笑み、右手を胸辺りに添えながら言う。
「そうかい? それなら良かった。体調を崩していたら大変だからね。もしも何かあったら、僕を頼ってくれても良い」
────さすが、聖人君子の塊だ。
隣に座っている事は予想外だったが、主人公を間近で拝めるのは良かったのかもしれない。その代わり、俺の心臓がいつまで持つかは俺自身分からないという状況にもなってしまっているが。
「あ、ああ、ありがとう……聞いたところ、2人はまた修行していたのか?」
「うん、そうだよ。といっても、既に何回か手合わせ自体はしているんだけどね」
何故俺に教えなかったロセリア。もしも修行していると分かっていたら全てを投げ出してでも見に行ったというのに……とか言ったら半殺しにされそうだ。
内心で僅かな怒りを抱いた後、すぐに心を落ち着かせる。決してロセリアが怖いというわけではない。
「そうか……毎日修行に付き合っているのか?」
とはいえ日程は聞いておこう。なんなら予定表が欲しい。
下心満載にしながらそう聞くと、ユーマの口が開かれる前にロセリアが質問に答えた。
「さすがに毎日では無いわ。事前に許可を貰って、ある程度日程を開けて調整しながらユーマ君にお願いしているのよ」
「僕としては毎日でも全然良いんだけどね」
眉を下げ、頬をかきながらユーマは言う。その所作だけでも絵になるのが主人公の恐ろしいところだ。
……一応、ロセリアの実力は客観的に見てどう思うか、最強であり主人公であるユーマに聞いておくか。
「それで、どうなんだ? 実際に就業の効果はあるのか?」
「うーん……僕から言わせてもらうと、正直に言って充分すぎるぐらいの実力を持っているんだよね。アルカナランクもS-、アルカナの扱いにも長けている。唯一、剣を片手で使うのが珍しいかなと思ったけど……正直、僕と手合わせして意味があるのか、とも思ってしま────」
「意味ならあるわ」
ユーマの声を遮るように、ロセリアが口を開いた。
「……正直言って、私より強い実力者と手合わせが出来て、修行が出来るのはユーマ君しか居ないわ……アルカナランクがCとかD……ましては、F-も居るような生徒達がどうしても多いから」
何故F-をわざわざ言ったのかすごく問い詰めたい。
「────うん、そっか。そう言って貰えて嬉しいよ。またいつでも手合わせに付き合うから、気軽に声をかけてね」
俺の内心がユーマに伝わるはずもなく、破壊力抜群の微笑みをロセリアに向け、何故か俺にも向けた後、おもむろに前を向いた。
……まさしく、理想の主人公だな。
俺も内心でそう思いながら前を向く。
さて、あと何分でこの長い挨拶が終わるのだろうか。いっそのことバレないように寝てしまおうか。
俺が夢の世界に入ろうかどうか悩んでいると、隣から小さな声が聞こえてきた。
俺は横目で様子を伺い、耳を澄ませる。ロセリアが俯きながら何かを喋っていた。
「────私は、早く強くならないと。そして、お父様に認めてもらって、それから────」
それから?
俺は内心でロセリアの言葉を繰り返す。
「────ではここで、リトルティアの統治者であり、学院の学院長であるこのお方、ガルヴィン・セイフォードさんから皆様にご挨拶があります!」
瞬間、周囲から拍手の音が聞こえ始め、大講堂は瞬く間にその音に支配される。
ロセリアから視線を外すと、1人の男が登壇していた。
ロセリアはその音に少しだけ慌てながら顔を上げつつも、おもむろに拍手をし始める。
俺もそれに習い、今度はエア拍手をすることなく普通に拍手する。
「────皆さん、元気そうで何よりだ」
低い男の声がよく響いたと思えば、自然と拍手が止んだ。
「私からも、改めて歓迎しよう。ようこそ、リトルティアへ」
紫髪が肩まで伸びており、統治者が着用するとは思えない黒いコートを羽織っている初老。
「ゼラフ大司教の代理を勤める、ガルヴィン・セイフォードだ。皆さん、とうぞよろしく」
────この初老、強いな。




