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43.平等であるべきだ


 「はわわっ、コママ王女っ……こ、こんにちは!」


 コママに向かって紅髪のアホ毛と共に頭を下げるサコユ。アホ毛と少女は一心同体なのだろうか。


 「こんにちは、サコユ・ララバイさん。私も気軽にサコユさんとお呼びしますので、コママちゃんと呼んでくれても良いのですよ?」


 「お、恐れ多いですう……」


 どこの王女が一般人に向かってちゃん付けで呼んでほしいって言うんだ。恐らく会話が苦手であろうサコユにそれは悪手にしかならない。


 やはり、コママは友達が少ないに違いない。


 俺は内心でほくそ笑んだ。


 「えっ! コママちゃんって呼んでもいいの!?」


 突然勢いよく声を張り上げたユカネは、コママの両手を包み込むように握りしめると、さらに顔を近づけた。鼻先が触れる寸前の距離だ。


「え、ええ……もちろん、私としては大歓迎ですよ。なにせ、こんなにも親しみやすい雰囲気を出しているのに、気安く名前で呼んでくれないのですから」


 たじろぎながらも、コママはすぐに王女らしい気品を纏い、どこか寂しげな微笑みを浮かべながら答える。その姿にユカネは歓喜の声を上げる。


 「じゃあ私は遠慮なくコママちゃんって呼ばせてもらうね! よろしく、コママちゃん!」


と無邪気に笑いかけた。


 「こちらこそ、ユカネさん……ふふっ、珍しい人も居たものですね」


 コママは目を閉じながらクスクスと微笑む。その微笑みはまるで鈴の音のように周囲の空気を和らげるが、一方でユカネはそのコママの手を上下に振り回し続けている。


 あの勢いじゃコママの腕が取れかねない。


 「……あっ、そういえばシムノ君とレイソン君も、こうしてまともにコママちゃんと話すのは初めてじゃない?」


 突然コママの腕を解放したユカネは、振り返りざまに俺たち男子を見てそう言った。


 「ああ、遠目ではよく見てきたが、こうして実際に目の前にいるのは初めてかもしれないな」


 レイソンは頷く。


 王女という存在は近寄りがたい。


 それが憧れであれ、崇拝であれ、嫉妬であれ、多くの生徒にとってはただ遠くから眺めるだけで十分だ。


 「そうだな。俺も遠目でしか見てこなかったから、今も緊張して震えが止まらない」


 「ほ、本当に震えてますね……」


 サコユが心配そうに俺を見つめる。レイソンは無表情で俺を見る。


 ────そう、かくいう俺も、他の生徒と似たようなものだ。崇拝すべき王女に近づくなど、普通の人間には到底できる芸当じゃない。


 王女と渡り合えるのは主人公の役目。それが相場ってものだ。異論は認めない。


「……ふふっ」


 ────だからコママ、こっちを見て微笑まないでほしい。その微笑み、今の俺には心臓を握りつぶすみたいに効く。


 「皆も気軽にコママちゃんって呼べば良いのに」


 それが出来るのはお前だけだよユカネ。


 「……そういえば、コママ王女の側近の2人が居ないようだが、今は1人なのか?」


 どうやらレイソンはコママの事をコママ王女と呼ぶことにしたらしい。


 妥当な判断だ。


 「……いえ、そういうわけではないのですが」


 ────いつもコママに引っ付き回っている、レオン・エスプリスとシエラ・ルナイエ。


 2人は外部から迫る脅威から守るために存在するコママの護衛的な立ち位置だ。


 今日も今日とて、機敏な動きをしながらコママを守っているかと思ったが……どうやら居ないらしい。


 そもそもコママのアルティメットがチート過ぎて守る必要はあるのかと思っているが、それを言うのはあの2人にとっても酷だ。言った場合、俺が血祭りになるかもしれない。


 ────さて、ここまでこの場に居ない2人を雑に解説したが、何故かコママの歯切れが悪い。


 「まさか……2人は、学園バトルロワイヤルの時に……」


 ユカネは1つの可能性を提示した。


 「も、もしかして……! お2人は今、入院なさっているのですか?」


 そこにサコユがおずおずと補足する。


 ────学園バトルロワイヤルでは、思った以上に負傷者が続出した。


 死者こそは居ないが、凶暴化した異形(モンスター)に襲われ、ドミニオン財団によって蹂躙された生徒達は、重傷、軽傷問わずそれぞれの傷を負った。


 それにより、軽傷者はともかく、重傷者は医療機関にお世話されることは必然とも言えた。


 おそらく、上級生を除いた俺達の学年の半数は、このリトルティアと呼ばれる町に来ていないだろう。実に残念。


 そして、おそらく2人ももれなく入院しているんだろう。


 なんせ、ドミニオン財団と名乗ったアレクシスという女に滅多打ちにされたんだ。重傷で間違いない。


 今頃、コママに会えなくてベットの上で暴れまわっているかもしれない。


 「……いえ、入院しているわけではなく……」


 しかし、俺の予想は外れることになる。


 コママは目を伏せながら、斜め後ろに指を差した。


 俺達はその指につられて顔を動かすと、思わぬ光景に呆気にとられることになる。


 「ですから、アイスの至高にして頂点ともいえる味はバニラと決まっているんです。このシンプルな白さが飽きないと最強を両立させ、バニラビーンズが織りなす芳醇な香りが鼻腔をくすぐってくれるアイス界の王。だというのに、何故分かってくれないのですか、レオン」


 「分かってないのは貴女だ、シエラ。バニラではなく、真の王者こそがチョコレートアイスです。濃厚であり、どこか渋い。深みのあるカカオ風味が、舌そのものに語りかけてくれるんです。そんなチョコレートアイスを超える存在がありますか? ええ、あってはならないのです」


 「それでもバニラ味が一番です」


 「いいえ、チョコレート味こそ一番です」


 「……むぅ」


 「……ほぅ」


 2人はアイスクリームの論争で一色触発の雰囲気を醸し出していた。


 どうやら2人とも重傷にはならず、元気に過ごせているようだ……それは別に良いのだが。


 「アイスの味で喧嘩するとかおこちゃまかよ……」


 俺は小声でそう言って呆れた。


 「な、なるほどお」


 「あ、あはは……」


 「アイスに格差なんてない、平等であるべきだ」


 ユカネ、サコユ、レイソンの3人もそれぞれ違った反応をする。1人だけすごくおかしい奴が居た気がするが。


 「ええ、ええ、呆れるのも分かりますとも。ですが、ご安心を。本日のディナーであるカレーライスはお預けに────」


 「アイスをお持ちしましたコママさん、カレーライスを失うわけにはいかないので、どうかこれで機嫌を直してください」


 「アイスは平等だと分かりました。ですのでカレーライスをお預けにしないでくださいお願いします」


 2人は恐ろしい速さでコママの元に戻り、シエラはチョコチップアイスを献上し、レオンは全力で土下座した。


 「…………ふふっ、もちろん、冗談ですよ?」


 いま変な間があったぞ。


 「さて皆さん、そろそろ学院の方に向かいましょう。私達はリトルティアに来てまだ初日、遅刻するわけにもいきませんから」


 シエラから献上されたチョコチップアイスを受け取り、舌を出してアイスを一舐めしながら言う。


 「うん、そうしよっか。遅刻したらトリアル先生にも怒られちゃうからね」


 「なら、早いうちに行っておいた方が良いな」


 ……トリアル先生が怒っても怖いイメージが浮かばない。むしろ、頬を膨らませてぷんすか怒る姿が容易に想像できる。


 「ほら、早く行きますよシムノさん」


 俺が内心でトリアル先生の事を考えていると、前に歩き出していたコママが後ろに振り返りながら少し急かしてくる。


 「早くしてくださいシムノさん」


 「今のシムノさんはミミズよりも遅いですよ」


 「いや、いつから隣に居た?」


 俺の両サイドには、いつの間にかレオンとシエラが立っていた。


 普通に怖い、恐るべき側近の2人である。


 「シムノ君、早く早く!」


 少し離れたところで、ユカネの大きな声が俺の耳にまで届く。


 「……まあ、さっさと行って、さっさと帰るということにしておくか。……それじゃ、学院に向かうか、王女」


 「……シムノさん」


 「どうした?」


 コママが急に俺のことを呼んだ。


 ……いや、本当に急にどうした。


 「貴方はこの前、(わたくし)の事を王女じゃなくてコママと呼んでいたじゃないですか。もうコママと呼んでくれないのですか?」


 「何てこと言い出すんだ」


 既に知っているレオンとシエラはともかく、何故皆が居る前でコママと呼ばないといけないんだ。断固拒否する。


 そんな俺の態度を見てか、レオンとシエラは目を鋭くし、コママは小さく笑う。


 俺は小さくため息を吐いた後、ユカネ達の後ろに並び、学院へと向かった。



  

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