42.小さな王国、リトルティア
キャリーケースを引きずる音が、カラカラと乾いた響きを奏でる。どこか心地よさを感じる音色だ。
……いや、正直に言おう。そんな音色なんかよりも、もっと驚いていることがある。
それは、この世界にキャリーケースという概念が存在していることだ。
普通、この手の異世界では、収納といえばバッグや魔法の力を使うのが定番だと思っている。
まさか、こんな日常的な文明の産物が存在するとは……この世界の文化は、つくづく理解し難い。
やはり、俺と同じようにこの世界に転生、あるいは転移してきた人間が居て、キャリーケースという文化を広めたのかもしれない。よく考えてみれば、もと居た世界との共通点にも納得がいく。
夏休みになったら、少し探してみるか……?
「……わあ、ここが……!」
「す、すごいです……!」
2人の少女の声が前方から聞こえてくる。
「想像以上だな」
隣からは、背が高い少年の声が聞こえてくる。
俺も、目の前に広がる光景を見つめた。
石畳の道は陽光を受けてきらりと輝き、通りを行き交う人々の笑い声が風に乗って響いている。
両側には特色のある家々が並び、それぞれに色とりどりの花が植えられた鉢が窓辺を飾っていた。花の香りが漂うその一帯には、どこか懐かしい空気が満ちている。
市場の広場では、地元の農家が持ち寄った新鮮な野菜や果物が所狭しと並べられ、陽気な声で交わされる商人たちのやり取りが、町の活気を感じさせる。
少し離れた場所には、小さな水車が川沿いに建てられている。回転する木製の羽が、穏やかな流れにしぶきを立てる。
「────やっと着いた! リトルティア!」
ユカネは両腕を空に向けて掲げ、声高らかに叫んだ。
「小さな国と呼ばれている町……私達が住んでいる場所とはまた違った雰囲気ですね」
「同感だ。サコユは来たことはあるのか?」
「いえ、初めて来ました!」
「そうか」
サコユとレイソンは、リトルティアの町並みについて話し出す。学園バトルロワイヤル最中に知り合った2人だが、普通に友人として接するようになっている。
「シムノ君シムノ君、代官からの挨拶が終わったら一緒に町中を見て回らない?」
そんな2人を眺めていたら、俺の肩を叩きながら誘ってくるユカネ。
「ごめん、俺には新しい寮で汗水滴しながら筋トレする用事があるんだ」
「絶対嘘だよねそれ!? そんなこと言わずに一緒に色々なところ行ってみようよ! それに、シムノ君が筋トレしてもアルカナランクがF-から上がるとは思えないし」
何てことを言い出すんだ、筋トレをあまり舐めないでもらいたい。
「それ、俺達も着いていっても構わないか?」
ユカネが俺の肩を揺らしていると、隣からレイソンがそう言ってきた。
どうやら2人は、ある程度話し終えたようだ。
「私も、初めて来たので皆と一緒に回ってみたいです!」
サコユも俺達の話を聞いていたらしい。
「もちろん! 大歓迎だよ2人とも! でもね、シムノ君があんまり乗り気じゃないみたいで……」
「こんな俺で良ければ、地の果てまでお供しよう」
「あれ、さっきと言ってる事が違う」
2人きりじゃないのなら大歓迎だ。ユカネと2人で町を見て回るとなるとカップルと見なれかねない。
俺とユカネはそういう間柄ではないが、そもそもとして主人公っぽくなってしまうのが問題だ。
ユカネはヒロインの適正がある。ゆえに、ユーマかもしくはそれ以外の男と一緒に見て回ってほしい。俺からのお約束だ。
「それじゃあ、どこか集合場所を決めて皆で町中を歩きましょう! 今からでも楽しみです!」
「サコユちゃん……眩しいっ!」
何故だろう。サコユの目から眩しい光が溢れているように見える。
いや、実際に溢れているのだろうか。その証拠に、ユカネが眩しいもの見るような目でサコユを見ている。純粋な子は恐ろしい。
「ああ、楽しみだな。だが、まずはここの統治者の挨拶に遅れないようにするべきだろう。寮の指定された部屋に荷物を置いて、リトルティア学院に早く行こうじゃないか」
「そ、そうですね!」
「はいはーい。レイソン君は真面目だね」
「惰眠を貪るのは駄目か?」
「やめた方が良いよシムノ君、レイソン君が殺しに来ちゃうかも?」
「えっ」
「ユカネ、そんな物騒な事はしないから安心しろ」
そこは俺のことを心配すべきでは?
そんな事を思いながら、俺達は一時的に住むことになる寮へと足を運んだ。
◇
「よし、みんな揃ったね? それでは、リトルティア学院にしゅっぱーつ!」
「お、おー!」
ユカネが再び声高らかにそう言った後、サコユも控えめながら片腕を空に向かって掲げた。
寮に荷物を置いてきた俺達は、リトルティアの中心に位置している噴水を集合場所にし、リトルティア学院に向かうことになった。
「ユカネは元気だな……」
学園バトルロワイヤル襲撃事件があったというのに、それをまるで無かったかのように振る舞うユカネには脱帽する。底抜けの明るさを感じるな。
「シムノはあまり元気じゃないな、環境が変わったからか?」
「いや、そういうわけじゃないが……まあ、単純に学院で学ぶのがめんどくさいだけだな」
「留年しないように気を付けるんだぞ」
「ギリギリでも卒業してみせるから大丈夫だ」
成績上位者じゃなくても良い。俺は俺っぽい成績を叩き出しておけば問題ない。そんなことよりもユーマを見ていたい。
「────あら、皆さん奇遇ですね」
ふと前方から、聞き覚えがある声が聞こえてくる。
「あっ、君は」
「は、はわわ……」
2人はそれぞれ反応する。どうしたんだろうか、変人にでも遭遇したのか?
俺はレイソンから目を逸らし、声が聞こえてきた方に視線を向けた。
「あ、小さいママ」
声の正体を確認した俺は、思わず小さな声でそう言ってしまった。
「いま、小さいママという声が聞こえたような気がしたのですが、気のせいでしょうか?」
「小さ……なんて言ったんだ?」
「いえ、なんでもありませんよ。レイソン・アルソンさん」
「アークァーだ」
たった今レイソンの名前を間違えたアルクレナ王国の王女、コママ・アルクレナがそこに居た。




