41.もう1人の異邦人
主人公というのは、責任を負いやすい傾向にある。
僕の、俺の、私のせいで。
何かを失えば、まずは必ず自分を責める。
2つの拳を地面に叩きつけ、体を小さく丸めながら目頭から水を流し、雄叫び、嗚咽を漏らす。
そうやってどこかで必ず挫折を経験し、大切なものを守るために強くなっていく。
ヒロイン、家族、友達、赤の他人……例え化け物であろうとも、関係ない。
『守ってみせる』
そして、こんなセリフを聞いてしまった暁には、目頭に涙を浮かべ、頬はふわりと赤く染まるに決まっている。
このように、守るべきものを守る、その気持ちだけで充分感動することが出来る。
もちろん例外も存在するだろうが、どの主人公も自分が大切にしているナニかを『守る』ことに差なんてものはない。
────ただ、守ることに執着しすぎて、自分自身を疎かにするのは破綻必死にも繋がってしまう恐れもある。
そうならないためにも、どうか見極めてほしい。
もしも失敗してしまった場合、最後に待ち受けるのは────
◇
「お邪魔しに来た」
「ああ、遠慮せず上がってくれ」
ドミニオン財団の襲撃によって、俺達を賑やかにした学園バトルロワイヤル編の幕が降りた。
突如として、学園生活が始まったばかりの少年少女達に試練を与えるがごとく、悪はやって来た。
そんな悪に抵抗するべく、正義は立ち上がった。
きっと、様々な想いが交差したと思う。
俺は主人公であるユーマ・グレーシアを主に見届けていたため、他の人物に気を配る余裕は無かったが、それぞれで小さな物語を展開することが出来ていたらそれで良しだ。
今回の経験を活かして、強くなり、逞しくなり、凛々しくなって、主人公を引き立ててほしい。
俺からのお約束だ。
「すまないがお茶は切らしていてな、果実水でも構わないか?」
「ん? ああ、全然おかまいなく。何でも良いぞ」
俺が誰に語っている訳でもない独り言を内心で喋っていると、つい最近友達になったレイソンが俺に気遣ってくれたから、何でも飲むぜという旨を伝えておく。
「そうか、すまないな」
レイソンは果実水を用意するために俺から離れていく。
「……ようやく知れる時がきた」
椅子に背中を預け、レイソンの背を見ながらそう呟く。
何故俺がレイソンの部屋にお邪魔しているのか。きっかけは、レイソンのある一言だった。
『俺の武器は、ある資料を参考にして作った』
ユカネ、ロセリア、サコユの女子3人と別れた後、男2人で寮の部屋に向かっている最中、レイソンは急にそう言った。
『……いや、それがどうしたんだ?』
『シムノは俺の武器をよく見ていたからな。気になっているんだろう?』
『いや別に俺は────』
『明日は休日だ。シムノがよければだが、俺の部屋に来ないか? そこでその資料を紹介しよう』
『手土産はアイスで良いか?』
呆気なく俺は雑魚と化した。
まあ、今までも聞こうとはしてたが、なんだかんだで聞きそびれていたから仕方がない。そう、これは仕方がないんだ。
「1人でうなずいてどうしたんだ?」
レイソンの声と同時にカランと氷の軽やかな音が響く。
果実水を持ってきてくれたみたいだ。
「ありがとうレイソン。いや、自分を弱い心を無理やり受け入れただけだ。何も気にしないで良い」
「そうか……俺は資料を探してくる。見つかるまではゆっくりくつろいでいてくれ」
「そっちこそゆっくり探してて良いぞ。俺は俺でユーマの事を考えておくから」
「何故ユーマ・グレーシア……?」
レイソンは疑問を抱きながらも本棚の近くへと足を運ぶ。本棚から本を取り出しては、表紙、中身を確認し目的の物と違えば元に戻す。そしてまた新たな本を取り出して……と本格的に探し始めた。
「……銃、か」
小さくそう呟く。
最初見た時からずっと不思議に思っていた。
レイソンは何故、こちらの世界に実在した武器を扱うことが出来るのか。
この世界では、魔法……アルカナこそ発達しているが、銃火器といったものは存在しない。
アルカナという秘術が使えるから、そのような代物は自然と淘汰された……というわけでもない。
文字通り存在しないのだ、この世界には。
アルカナを利用したら、ある程度は再現できるかもしれない。それにしても、やはり前提知識として銃火器の仕組みを理解する必要がある。
────レイソンは、銃というものを完璧に理解し、自分の武器にしていた。
「遥か昔の資料か、それ以外か……」
おもむろにガラスのコップに手を伸ばし、それを口元へと運ぶ。黄色に輝く果実水が喉を滑り落ちる。
やはり果実水は良い。
前世でいえばジュースと一緒だ。甘味という味わいは際限なく飲み続けたいという誘惑をもたらす。それでも、飲みすぎは良くないという理性の声が、どこか遠くで警鐘を鳴らしているがそんなものは無視────
「ブホァッ!?」
することは出来なかった。
「ゴホッ、ゴホッ!」
────あっま! いくらなんでも甘すぎる! 胸焼けで俺を殺す気か!?
「シムノ、くつろいで良いとは言ったが、いくらなんでも机を汚すのは……」
「いや、この果実水が殺人級に甘すぎるせいだからな?」
レイソンは片手で少し分厚めの本を抱えながら、真顔のまま俺に呆れた眼差しを向ける。むしろ、あまりに甘すぎるからこっちが呆れたいぐらいだ。
「甘さが足りないと思って砂糖を追加してさらに甘くしてみたんだが……駄目だったか?」
限度というのを知らないのか?
「……っと、そんなことよりもだな。シムノ、これが参考にさせてもらった資料だ」
先程から視界にも映っていた資料が俺の目の前に差し出される。
「わざわざありがとう、少しだけ借りるぞ」
「ああ」
ほんの少しだけドキドキしながらも、俺は両手で丁寧に受け取り、まずはその資料の表紙を確認した。
『これで貴方も銃火器マスター! ~最強銃火器編~』
「日本語だと……!?」
英語でもアラビア語でも異世界語でも無い、正真正銘の日本語。俺が実際に目にするのは、実に15年ぶりぐらいだった。
「ニホ……なんて言ったんだ?」
「いや、なんでもない。ただの戯言だ」
思わず口にしてしまったが、幸い、レイソンは俺が言ったことを聞き取ることが出来なかったようだ。
不思議そうな顔をするレイソンをよそに、俺はおもむろに資料を開く。
内容を確認してみると、銃の種類からその部品構成、作動方式や発射までのメカニズムが事細かに記載されている。
なにしろ驚くべきことは……
「絵が圧倒的に多いな……」
文章の記載がほとんど無く、とにかくイラストが多い。おそらくだが、この資料自体が子供向けに作られたものだろう。
「不思議な資料だろう? 文字は見たことないものだから読めないが、絵があるおかげでなんとなく分かるんだ」
俺が資料に集中してページを捲っていると、いつの間にか果実水を用意して飲んでいたレイソンが興味深いようにそう言った。
「……確かに、この資料であの武器が作られるのなら納得だな」
「そうだろう? 今は俺の相棒達とも言えるかもしれないな」
ピストルを召喚し、指を使って器用に回すレイソン。
「ちなみにこの資料はいつどこで見つけたんだ?」
「ふむ……だいたい1年前だったか? あまりはっきりとは覚えていないが、その日はたまたま散歩をしていてな。路地裏を通った時にその資料が落ちていたんだ。最初は周囲に聞き回って持ち主に返そうとしたが……内容が不思議で面白くてな。つい、俺が持ち帰ったままになってしまったということだ」
なるほど、そのままレイソンはこの資料を読んで、銃火器という武器を会得したわけだ。
相当な努力をしたという感じでもない。レイソンはアルカナの扱いに才能があるということだろう。アルカナランクがA-というのも納得だ。
────しかし、俺が気にしていた事はそれじゃない。
俺が何故レイソンの武器について詳しく知りたいと思っていたのか。
それは────俺以外にこの世界に来た人物の存在を確認するためだ。
そして、レイソンが所有している資料を見て確信した。
────俺の故郷でもある『日本』から、何かしらの方法でこの世界にやってきた人物が居る。
「……つまり、ユーマとは別に主人公になり得る人物でもあるということ……!」
「急に変なこと言ってどうしたんだ?」
レイソンは首を傾げながらも、くそ甘い果実水を勢い良く飲む。胸焼けという概念が無さそうだな。
「なんでもないぞ」
「そうか」
資料をパタンと閉じ、持ち主に返す。受け取った持ち主は、おもむろに立ち上がり、本棚へと向かう。
……気になりはするが、決して奥まで踏み込んでくることはない。レイソンという男の長所でもあるだろう。実は内心どうでもいいと思っている可能性も否定しきれないが。
「そうだシムノ。お前は荷造りは終えたか?」
資料を本棚に戻し終えたレイソンは、椅子に腰掛けながら俺に言う。
「荷造り? ……まだ何もやってないな」
「明日にはしばらくこの寮から離れることになる。早い内に済ましておいたほうがいいぞ」
「まるで母親みたいだな……そんなに荷物は無いから、すぐに終わると思うぞ」
「ならいいんだが」
そう、俺達はしばらくの間この学生寮から離れることになる。
ドミニオン財団の襲撃によって、アルクレナ秘術学園は半壊。一部生徒は重傷などの被害を被った。
休校という選択肢もあったはずだが、王国最高峰の学園の生徒達に学業とアルカナ業を怠らすわけにはいかない。夏休みに入るにはまだ早すぎる。
という学園側の理不尽な主張の元、アルクレナ秘術学園という学舎を修復する間、俺達は別の場所で学生として過ごすことになった。
レイソンは果実水を最後まで飲み干し、ガラスコップを置く。
「……しかし、どういう場所なのだろうか」
俺達の一時的な避難所であり、学舎であり、王国の端にある一つの小さな国と称される場所。そう、その場所こそが────
「『リトルティア』。シムノ、お前はどんな場所か知ってるか?」
新たな物語の幕開けとなる舞台だ。




