39.真の厄災は────
「────は?」
闇夜とも言える髪で片目が隠されている男は、困惑した。
「ここは……森? ……いや、そもそも俺はユーマ・グレーシアに接近していはず……」
周囲を見渡せど、薄く暗い中に木々がそびえ立っているのみ。
「おかしい……何かがおかしい」
────サイファーはこの現状に至るまでの行動を振り返る。
ロセリア・スミスと軽い戦闘を繰り広げた後、謎の衝撃により自身の短刀が飛ばされる。
横槍を入れられたと感じると同時に、二人以上でこちらに向かってきても部が悪いため、飛ばされた短刀を拾い上げその場から離脱。
あくまで目標はユーマ・グレーシア。
女1人に手間取っている場合ではない。
目的を見失わないようにしながら、森の中を駆けていく。
ひたすらユーマ・グレーシアを探していると、光が夜空に向かって伸びている事が分かった。
膨大な力、アルカナ。
すぐにユーマ・グレーシアのものだと分かった。
光に惹かれるように、ただひたすらに走った。
足がどうなろうと構わずに。
やがて走るのをやめ、森の木々に飛び移りながら、光の方へと身を運んでいった。
必死に辿り着いたその先にあったのは────追い詰められたジャックスの姿だった。
ユーマグレーシアに押さえ込まれ、このままでは殺されてしまう。
サイファーはそう思った瞬間、迷うことなく立ち木から飛び降り、ユーマ・グレーシアの首に狙いを定め、手に馴染む短刀を振りかざした。
────そう、確かにその首を断ち切ったはずだった。
だが────切れたと確信した瞬間、右肩に何かが触れた感覚があった。それが何かを確認しようとした次の瞬間、気が付けば自分は森の中で立ち尽くしていた。
結論を出すと、ジャックスが危ないということになる。
「このままではジャックスさんが危ない! すぐに向かわな────」
「終わったぞ」
不意に、男の声が森の中に響き渡った。
「ッ! 誰ですか!」
声が聞こえた方向に振り返るも、視界には立ち木しか映らない。
「────この一連の騒動は、主人公の手によって終止符が打たれたんだ」
再び背後から声が響く。
「ッ!」
サイファーは即座に振り返り斬撃を放つ。
しかし、それは虚しくも、そびえ立つ1本の立ち木が音を立てて倒れるのみに留まる。
「生徒の皆は全員生存して、悪は滅びた」
────先程のように、右肩に手が置かれる。
「最終的にこの一幕は、ハッピーエンドとも言える結末になっただろう。だが────」
背後に迫ったそれは、サイファーの耳元でそう呟いた。
「────ラァッ!」
本能が危険だと察知する。
瞬時に体をひねり、首を断ち切る勢いで短刀を横に一閃する。
だが、やはり切った感覚が無い。
つまり、サイファーに迫るナニかはまだ生きているということ。
「堂々と姿を現してくださいッ! 貴方は……お前は、何者だッ!?」
草を踏みしめる音が聞こえる。
ゆっくりと、確実に音が近付いてくる。
そしてついに、木漏れ日も届かない暗闇の中で、一人の男が姿を現した。
「────俺は、お前がしようとした行為を、絶対に許さないからな」
青筋を額に浮かべている少年────シムノ・アンチはそう言いながら、サイファーに対して親指を下に向けた。
◇
「……貴方は」
サイファーは目の前の男────シムノ・アンチを見てそう呟いた。
この男は見たことがある。ダンジョンに侵入するためにハッキングした時、生徒の座標を乱数で操作しようとした際に、この男の情報があった。
アルカナランクはF-、お世辞にも強いとは言えない生徒。
────だが。
「貴方が、俺の邪魔をしたのですか?」
そんな男がどうしてここに居るのか。
何故サイファーの目の前に現れたのか理解できなかった。
「……答えるつもりはない。ただ、もう一度言う。俺は、お前がしようとした行為を、絶対に許さない」
十中八九この男が邪魔したのだろう。
サイファーは内心でそう確信していた。
「……それは、ユーマ・グレーシアを殺害しようとしたことですか?」
シムノは、何も答えない。
「……何も、答えるつもりはないということですか」
サイファーはおもむろに短刀の切先をシムノへと向ける。
「まあ、別にそれでも良いですよ。こうして僕の目の前に現れただけでも、苦労せずに殺せるというものです」
脚に力を込めて地面を蹴った。
「────もっとも、殺すつもりはありませんけどね」
サイファーは瞬時にシムノとの距離を詰め、刃を振り下ろす。
────シムノの左腕は呆気なく切り飛ばされた。
その断面からは鮮血が舞い、地面を鮮やかな赤色に染め上げていく。
────意外と呆気なかったな。
F-にふさわしい実力。反撃はおろか、抵抗しようとしても、実力が違いすぎて何も出来ない始末。
サイファーはどこか冷ややかな目をしながら、内心でそう思う。
「ああ、安心してください。人間は意外と頑丈なものですから、腕を1本失ったぐらいでは簡単に死にはしません。貴方には人質になってもらいます。そして、ユーマ・グレーシアを殺す方法を────」
「だから許さないって言ってるだろ」
その一言が響いた瞬間、サイファーの言葉は最後まで続かなかった。
「────ゴバァ!?」
突如、激しい衝撃が右頬を襲い、サイファーの体は吹き飛ばされた。
森の木々をなぎ倒し、岩を粉砕しながら轟音を上げて飛び続け、そこそこ頑丈な立ち木によってようやく止まった。
「ゲホッ! ガハッ! い、一体何が起きた? どうなって……」
─────そしてまた、草を踏みしめる音が聞こえる。
「許さない、絶対に許すつもりはない、お前はタブーを犯した。皆から批判を喰らうような行為をしてしまった」
シムノ・アンチ、再びサイファーの目の前に現れる。
────だが、サイファーの視界にはありえないものが移っていた。
「はっ……!? 何故、何故だ。確かに切り落としたはず……! 何故、腕があるんだ……!?」
サイファーは確かに、左腕を切り落とした。
手応えももちろん感じていた。短刀で様々なものに傷を残してきたから分かる。
ゆえに、目の前の光景が理解出来なかった。
まるで無かった事にされたようだった。
「そんな些細な事はどうでもいい、それよりも────」
そんなサイファーを無視して、シムノは指を差しながらこう言った。
「アルティメットの詠唱中に殺そうとするのはご法度だということすら分からなかったのか?」
「────は?」
シムノの説教は続く。
「目の前にはこのイベントにおけるラスボス的な存在、主人公は圧倒的な強さを見せつけながらも、仲間を見捨てることは出来ずに決定打が無い状態に陥ってしまった」
シムノの頬が赤く染まる。
「しかしッ! そんな主人公を助ける仲間が居たッ! 瀕死に陥りながらも、友人として、主人公として、自分の全力を出しきってラスボスを食い止めたッ!」
シムノは両腕を広げる。
「そして始まる逆襲劇ッ! 情けをかけつつも、その気持ちを受け取らないラスボス。全てを救うために覚悟を決めた主人公は、伝説の剣で奥義を放ち、ラスボスは消滅し皆ハッピーエンド……それで何も問題なかった。ユーマは、最高の主人公だった……」
しかし、と。
シムノは再び、座り込むサイファーを見下す。
「お前があそこで主人公の首を跳ねていたら、バットエンドルートまっしぐらだ。そうなったら、誰がこの先の物語を紡ぐんだ? お前が紡いでくれるのか? いや、お前にその資格はない。何故ならタブーを犯したからだ」
「はっ……?」
サイファーには、シムノが言っていることを何一つ理解することは無かった。
「────主人公が居なくなったら、物語は成立しない。その先を紡ぐことすら出来ない。それを真っ当な方法で倒すこともせず、主人公を脅かすことがあるのなら……」
シムノはサイファーの内心を無視して、告げた。
「俺は必ず殺すだろう」
たった一言にも関わらず。
サイファーは、全身に冷や汗が吹き出るほどの恐怖に陥った。
「……なにを」
短刀の塚を握りしめる。
「何を言ってるんだッ、お前はあああぁぁぁ!!」
サイファー思わず声を荒げ、再びシムノとの距離を一瞬で詰める。
先程と同じように左腕を切り飛ばし、今度は右腕も切り飛ばした。そして────
『タイム・ブレイク』
瞬時に、サイファーはアルティメットを発動した。
「これで、貴方のカラクリを見極めてみせますよ……!」
『タイム・ブレイク』は、時間の概念そのものを破壊する。
サイファーだけが速く動け、世界は置き去りにされる。長時間は維持できないが、シムノのカラクリを暴く時間ぐらいは充分に確保することが出来る。
「腕は、どうなって────ぁ?」
サイファーは、目の前の光景を疑った。
「そんなことが……そんなことが、ありえるのですか……!?」
サイファーは絶句した。
「────無かったことにしているとかじゃない……生やしているッ! 切り落とされた瞬間、腕そのものを生やしているというのですか!?」
切り落とされた腕の断面から、じわりと骨が姿を現した。
その骨が一瞬のうちに伸び、絡み合い、構造を成す。
次に、まるで生きているかのように血管が這い回り、網目を編み込むようにして広がっていく。
肉がそれにまとわりつき、層を重ね、やがて皮膚を張ると、腕は元通りの姿を取り戻した。
その光景を見届けた瞬間、『タイム・ブレイク』は終わりを迎える。
「────お気に召したか?」
「ッ! 気付いて────グボァ!? ガアアァァ!!」
シムノは生やした両腕で拳を握り、サイファーの顔を挟むようにして殴り、そのまま右足を大きく凪払い、後方へと蹴り飛ばす。
森の木々をなぎ倒し、岩を粉砕しながら轟音を上げて飛び続け、そしてまた頑丈な立ち木に打ち付けられ止まる。
────デジャヴだった。
シムノは瞬時に倒れているサイファーに近付き、口を開いた。
「────ようやく見つけた主人公を見届けるために、俺は生き続けないと駄目なんだ。俺が死んだら何も意味が無いんだ。だから────」
シムノは考えた。
致命傷を負ってしまえば、どんなに頑丈でも生き残れる保証は無い。そんな不確定要素を消し去るために、どのような対策をすればいいのか。
シムノにとって、その疑問は簡単なものだった。
「────死を実感するよりも前に、自分で何もかも再生させてしまえば良い。首が切られようと、全身が粉々になろうと、一欠片の肉が残っていれば造作もないことだ」
サイファーは目の前の男を見上げた。
「俺は人間を辞めてでも、俺が納得する終着点まで辿り着いてやる」
目の前に居るのは、同じ人間なんかじゃない。
────怪物だ。
サイファーは身の危険を感じた。
あの方の命令に背いてでも、こいつはここで殺すしかない。
────あのユーマ・グレーシアよりも、厄災になりかねない。
「うわあああああぁぁぁぁぁぁ!!」
行動に移すのは早かった。
体内に循環するアルカナを最大限放出し、今出せる全力を用いてシムノを殺す。
再生してしまうのであれば、再生する度に切り刻めば良い。
────サイファーは、この時までそう思っていた。
「かっこいいよな、短刀って」
「……ぁ」
振り下ろした刃は、シムノの人差し指と中指によって挟むように収まっていた。
今度は、腕すら切り落とす事が叶わなかった。
「……でもこの武器じゃあのエクスカリバーの威力は出せないか。当然だな」
シムノはサイファーの短刀を眺めながらそう呟いた。
「……よし、決めた」
「何が……グハァ!?」
指で挟んでいた刃ごと持ち上げ、サイファーの体を投げる。立ち木に叩きつけたのは、これで三度目。
「実際に刃に触れて分かった。お前は、あのラスボスよりも実力がある……だから、仕方がないが……」
そしてシムノは、告げた。
「お前はここで消させてもらうぞ」
右足を少し持ち上げ、静かに呟く。
「────執行の時間だ」
一歩を踏み出し、足が地面に触れると同時に、周囲の世界が波紋のように変化していく。
瞬く間に、鮮やかだったはずの景色から色が失われ、全てが灰色に染まり始めた。
草木も、建物も、人々も、すべてがまるで息を潜めたかのように静寂に包まれ、ただひたすらに灰色に覆われていく。
その中で、唯一色を保っているのはサイファーただ1人。彼だけが他とは異なる存在として、鮮やかさをまとって立っている。
────シムノですら、その身体から色が奪われていた。
「これは、一体……!?」
サイファーは理解することが出来なかった。
理解する次元を超えていた。
「────派手な技は要らない」
シムノは語り出す。
「ドロマル・ガンチョを倒した時のように、人の武器を借りないのであれば、鮮やかな技を使う必要はない。その技に、色付ける必要もない。」
ドロマル・ガンチョ。
その単語を聞いて、サイファーは目を見開く。
「俺はこの世界において主人公ではない。主人公にはなれない。俺よりも、主人公にふさわしい人材は何人も居る」
それでも、この世界の主人公はユーマ・グレーシア。
間違いなくそう断言出来る。
「だから、どうか受け入れてくれ。自分の行く末を、結末を」
シムノはゆっくりと目を閉じながら、胸に手を当てた。
────サイファーは涙を流していた。
「……お前が」
しかし、悲しみ、感動の涙ではない。
「お前がッ!」
憎しみの涙だ。
「お前がドロマルを殺したなああああぁぁぁぁ!」
サイファーとドロマル・ガンチョは親友だった。
アルクレナ秘術学園の偵察に行った際、ドロマル・ガンチョは何者かによって消滅させられていた。
ドロマル・ガンチョがドミニオン財団の元に帰ってくることはなかった。
そこから、血眼になって犯人を探した。例え任務中であっても、憎しみは復讐の動力源になっていたのだ。
「ああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!」
全身全霊をもって、目の前の男を殺す。
サイファーは滴を撒き散らしながら、シムノの元へ向かう。
そして、刃を首元に近づけた瞬間────
『アンチ執行』
シムノは執行した。
ドクンという鼓動音と共に、灰色の光が広がった。
そして、絶え間なく鼓動音を周囲に響かせた。
────周囲にあった草木が消滅した。
二人を狙っていたわずかな異形も跡形もなく消滅した。
身に纏うアルカナも消滅した。
「────」
そして、サイファー自身も消滅し始める。
────この世界はありとあらゆる生命がアルカナによって成り立っている。
目には見えない空気ですらもだ。
それをシムノは、存在そのものを反転させた。
執行を行うことによって、それを可能にした。
「主人公が言いそうな事を言うとするなら……」
消え去るサイファーの肩を置いて、シムノは穏やかな笑顔を向けた。
「────別の世界で、その友達と会えるといいな」
「────お、ま、ェ……」
その穏やかな笑顔は、サイファーから見たら狂気そのものだった。
そして、サイファーは悲痛な顔をしながら、最終的に粒子となってこの世界から旅立った。
灰色の世界に、色が戻り始める。
森の木々を消滅させ、全て更地にした後、眩しい光と空から降り注ぐアルカナがシムノを照らす。
それらの光に思わず額に手をかざし、光を遮る。
そして、おもむろに手を降ろし、シムノはその光景を見て呟いた。
「────綺麗だな」
1人を除いて、地平線から昇る太陽をようやく拝むことが出来た。
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