38.おつかれさま
夜空の星々の煌めきが、刃先に反射する。
周囲の空気が変貌し、アルカナがユーマのエクスカリバーの元へと集まり始める。その中には、トリアルのアルカナも紛れ込んでいた。
ユーマの瞳が透き通る青色から琥珀色に輝き、内に秘められた力がさらに増幅されていく。
「────この男は、これほどの力を持っているというのか」
圧倒的な力を前に、思わず呆気に取られてしまう。
ユーマが持つエクスカリバーだけでなく、ユーマ自身の体にもアルカナが取り込まれていく。
「せっかくのチャンスだッ! マユ、俺にどんどんアルカナを送ってくれッ! もっとあいつを食い止めるんだ!」
「言われなくても分かってるわよッ! でも辛いぃ……あとでパフェでもおごってもらうんだからぁ!」
ユーマだけでなく、ワルゴ、マユも同様に同じ力を得る。
当然、ジャックスはそのような力は得ていない。
おそらく、トリアルがアルカナに何か仕掛けを施し、ジャックスの体に取り込まれないようにしているのだろう。
そして────ジャックスは、自身のアルカナも失われている事が嫌でも分かってしまった。
「グッ……力が抜けていく……一歩も、動かせん……!」
ワルゴによって、全身が雷に蝕まれていく。
ジャックスはここに来て後悔する。あの男……ワルゴ・アンドリュードルは、あの方の命令に背いてでも殺すべきだったと。
「────残念だよ、本当に」
剣を高く掲げたままジャックスを見据え、ユーマは言う。
「君は道を間違えてしまった。その立派な巨漢で、皆を守ってほしかった。その強さで、本当の厄災に立ち向かってほしかった……」
「ほざくなよ厄災風情が……!」
ユーマはその言葉を聞いて目を伏せる。
「皆は僕らと違って、この場所のどこかで奮闘しているだろうね。守るべき存在を、最後まで守るために。それは、己か、友達か、恋人か、人それぞれだと思う」
事実、凶暴化した異形に立ち向かう生徒を何人も見かけた。今もなお、それは変わらないだろう。
なら、ユーマ・グレーシアも覚悟しなければならい。
決心したように息を吐くと、覚悟を決めた目でジャックスをじっと見据える。
「君は何故僕の事を厄災と呼ぶのか分からない……ただ、これからする事は、厄災と呼ばれてもおかしくない行為かもしれないね」
それでも、ユーマ・グレーシアの考えは変わらない。
「────互いに罪を背負いながら、それぞれの世界で歩いていこうか」
覚悟を決めた。
静かに目を閉じる。
これから見せられるは、圧倒的で、理不尽な存在。
ユーマ・グレーシアは深く息を、アルカナを吸い込む。
────時は来た。
『闇夜に潜む星々よ、無限の時を司る神々よ。今ここに、我が意志を示さん。我が刃に宿りし古の力よ、運命を切り裂き、未来を照らせ』
ユーマの声が、次第に高まっていく。
『無尽なるアルカナの源泉よ、全てを呑み込み、全てを生み出す混沌の奔流よ。この刃を通じ、我が宿命を解放せよ』
ユーマの周囲に集まったアルカナが螺旋を描き、エクスカリバーが眩い光を放ち始める。
「このままでは本当に死んでしまうッ……! くそッ! この状況を打破する方法は────」
ユーマの詠唱が始まり、命の危機を本格的に感じ始めるジャックス。
────どういうわけか、硬直した。
『聖剣よ、我と共に希望を放て!』
詠唱も終わりを迎えようとしている。
ジャックスは足掻くのことを諦めたのか。
否、ジャックスは何も諦めていない。
────その答えはユーマの背後に迫る存在にあった。
時間が遅くなる感覚が、ジャックスを包み込む。視界の中にある一つの影を捉えた瞬間、彼の心は歓喜に震えた。
『────よくぞ来た、サイファー……!』
サイファー────ジャックスの部下が、驚異的な速さでユーマに迫っていた。
ユーマはアルティメットを発動する寸前。だが、サイファーの動きはそれを許していない。
詠唱が終わる前に首を刎ねる。
サイファーの表情からそう感じた。
『速さだけなら、確実にユーマ・グレーシアを上回る! これで、奴は終わりだ……!』
サイファーの短刀が光を反射しながらユーマの首筋に迫る。その瞬間、ジャックスの胸に確信が芽生えた。
勝った。
そう、確信した……はずだった。
だがその時、サイファーの肩にふと何かが触れた。その感覚に驚き、サイファーが振り返る。だが、彼がその正体を見ることはなかった。
────サイファーの姿は、突然消え去った。
『なっ……!? 消えただと……!?』
ジャックスの目は信じられないものを見ていた。確かにそこにいたはずのサイファーが、跡形もなく消えていた。
『一体……何が……? あの手は何だったのだ……? サイファーの速さに追いつける者など、他にいるわけが……!』
混乱するジャックス。その思考は次々と巡るが、答えは見つからない。
────代わりに、死が迫る。
『これぞ我が渾身の一撃────』
光が夜空の彼方へと伸びる。
しかしそれは、一瞬にして剣の元へ収束する。
そして。
『ルミナス・ザ・ジャッチメント』
希望の光が放たれた。
一筋の閃光となり、闇を切り裂いた。
ただの光ではない。
希望と裁きの力を秘め、七色に光輝くそれは、恐ろしい速さでジャックスにに向かって突き進む。
「クソオオオオオォォォォォッ!!」
雄叫びを上げる。
しかし、光が止まることは決してない。
その瞳に映るのは、すでに迫り来る希望の裁きのみ。
逃れる術はない。
光が体に触れた瞬間、全身が焼けるような痛みを伴いながら、まるで灰のように崩れ始める。
光は止まることなく、体の内部から浄化し、存在を容赦なく消し去っていく。
「────ああ」
体が徐々に崩れ、音もなく消滅していく。
ジャックスは、これまでの人生を振り返り────
「どこで、間違えた……んだろう……な」
最後は痛みでも苦痛でもなく、暖かさを感じながら、ジャックスはここでは無い世界を歩んでいった。
◇
ジャックスの姿は完全に消え去り、その場にはただ静寂だけが残る。
「────終わった、のか?」
ワルゴがユーマに確認するように言う。
「────うん」
ユーマが、ワルゴとマユに振り返り、笑顔で告げた。
「終わったよ」
そう告げた瞬間、数多のアルカナが夜空を覆った。
「ねえ、あれなにッ!?」
マユが夜空に向かって指を差し、興奮した声を上げた。その目は輝き、彼女の心は驚きで満ちている。
「すげぇ……綺麗だ」
ワルゴも思わず、そう呟く。
ジャックスが吸収した黒いアルカナはもうどこにもなく、代わりに空には無数の光が漂っていた。
まるで雪のように優雅に降下し、ダンジョン全体を包み込んでいく。
光の粒は、かつての恐怖を忘れさせるかのように、柔らかく煌めいていた。
そして、地平線から、ダンジョン製の太陽が顔を覗かせ始める。
その光は徐々に周囲を明るく照らし、美しさが目の前に広がる。次第に、周囲に倒れていた生徒たちが、意識を取り戻し始める。彼らの表情には驚きと喜びが混ざり合い、どこか無邪気な笑顔が浮かんでいた。
いつの間にか異形の存在は消え去り、ダンジョンに居た生徒たちは、光輝くアルカナに魅了される。彼らは目を見開き、幻想的な風景を楽しんでいるように見える。
「おつかれさま、皆」
ユーマは、エクスカリバーを鞘に納める。
「────次に歩む世界は、希望に満ち溢れていますように」
犯した罪は消えなくとも、次の人生があれば、叶う夢もある。
地平線から昇る太陽を見て、そう祈った。
美しくアルカナが降り注ぎ、光輝く太陽が皆を照らしている。
────その大陽に照らされていない存在が、2つ。




