33.死神降臨
「あやまって……? 謝ってと言ったのかお前ッ!? ギャハハハハッ! こいつは傑作だ!」
腕を大きく広げ、八重歯を見せつけながら高らかに嗤う。
「何故俺様が雑魚共に謝る必要があるんだぁ? んなもんやられる方が悪いに決まってんだろぉ?」
「そんなわけない。悪い事したのなら謝って当然だし、なによりこんなこと許されるはずがないよね?」
「この世は弱肉強食なんだよぉ。能天気にこんなところでお遊びしているこいつらに現実を見せつけただけだ」
「私達はまだ1年生だよ? 現実を見せるにはちょっと早いと思うな?」
「その考えが無様で虫けらを加速させてることが分かんねえのかぁ? ギャハハハハッ!」
無様、虫けら。
そう言った後、再び高笑いを周囲に響かせる。
「だが、丁度良いなぁ。雑魚ばかり相手してたから退屈だったんだよぉ、お前も雑魚で間違いないだろうが、俺の暇潰しに付き合ってくれやぁ」
微塵も嬉しくない告白を受け取ったユカネの返答は既に決まっている。
「お断りします」
ユカネは人生で初めて男を振った。拒絶という形で。
「お前がどんな形で断ろうが、俺と戯れるのは決定事項なんだよ。逃がすつもりなんざ毛頭ねぇなぁ」
拳と拳をぶつけ、意地の悪い笑みを浮かべながら少しずつユカネと距離を詰めていく。
対するユカネは、近付いてくる男に警戒しながら鎌を召喚し、臨戦態勢になる。
────しかしここで、ユカネは思わぬ物を目撃してしまう。
「────ドミニオン財団」
男の首もとに付けられているそれは、黒いドラゴンに血が滴る剣が印象的である紋章。
アルクレナ学園に入学したての頃、帰り道で利用した路地裏にて、ユカネははじめて遭遇することになった。
『……決めた。お前はここで殺す』
あの時の光景が鮮明に蘇る。
ドミニオン財団による被害を被ったと分かった瞬間に向けられた殺意。
おそらく、ドミニオン財団に命を狙われた上で、命の灯火が消えずに燃えている場合、奴らは証拠隠滅を図っているのかもしれないとユカネは考えていた。
────じゃないと、命を消火しようとするはずがないから。
「……あの時は、シムノ君に助けられたんだよね」
俺が助けた。とはシムノ本人は言っていなかったものの、ユカネはほぼ確信していた。
『……ってこれ、あの不審者の財布じゃん!」』
何故なら、あのドミニオン財団の財布を最後まで手元に残し、ユカネにあげたから。
ユカネにとって、その情報だけで充分確信することが出来た。
「……ふふっ」
この推理は支離滅裂だと思う。ユカネ自身、予期せぬ収入を得られたからそう感じているだけかもしれない。
ただ、今はそれでも良い。
「なんだ、最期の思い出し笑いか? 良いねえ、そこら中で寝転がっている奴らと同じく、強さという恐怖を味わせてから存分に笑わせてやるぜぇ」
ユカネは内心で、この場に居ないシムノと、周囲で気絶している生徒達に向けて宣言する。
────今度は、私が助ける番だと。
「……一つ、恐怖を味わせる方法を教えてあげるよ」
ユカネはおもむろに人差し指を立てた。
「あぁ?」
カイドは怪訝な表情を隠すことなく、鋭い目でユカネを睨む。
「このカイド様に向かってえらそうな事を────」
カイドが言葉を続けようとした瞬間、無意識に瞬きをする。その瞬きの間に、ユカネは目の前から消え去ったかのように感じた。
「────は?」
驚きに思わずもう一度瞬きをする。
────ユカネは、信じられないほどの速さで彼の目と鼻の先に迫っていた。
「それはね……目を思いっきり見開きながら、勢いで圧倒すること」
ユカネの声が、まるで耳元で囁くように聞こえる。気づけば、彼女の手には黒く鈍い輝きを放つ鎌が握られており、その塚頭がカイドの腹部に深く突き刺さった。
「アガッ!?」
苦痛の叫びと共に、カイドの体は吹き飛ばされ、背後の地面に激しく叩きつけられる。そしてそのまま勢いよく地面を転がった。
「ね? ゾクッてきたでしょ?」
トリアル先生を真似るように人差し指を頬に当て、可愛くウィンクを繰り出した。
「このクソガキが……舐めた真似しやがって……」
しかしカイドには、効果はいまひとつみたいだ。
おもむろに立ち上がり、ユカネを睨み付ける。
「む、怖がらせて申し訳ないなと思ったから癒してあげようかなと思ったのに、つれないね」
「ハッ、お前みたいな不細工が可愛い子ぶったところで誰も惹かれやしねぇよ」
「いまのセリフ、全世界の女の子に聞かせてあげたいよ」
お互いに軽口をたたき合いつつも、警戒は怠らない。マグマによる熱気か、緊張による震えか、汗が頬に伝い、顎の先端から雫となり地面にめがけて落ちる。
「しっかし、さっきの攻撃は中々聞いたぜぇ……そこら辺の雑魚とは違うみてぇだ」
カイドは舌で唇を軽く舐める。
どうやら、思った以上に効いたのか、それが逆に昂る原因となってしまったようだ。
「うわあ……ドミニオン財団ってこういう人ばからりなの? 変態の集まりなのかな」
「ぶっ飛ばすぞクソ女が」
舌打ちを鳴らし悪態を付く。
「ハッ……まあ良い。どうせお前も地面に突っ伏すことになる。何故なら、今の攻撃で大体把握できたからなぁ?」
「……把握?」
突如、カイドはニヤニヤしながらユカネを見つめる。
「……正直な話、ハッタリはやめた方が良いと思うよ……こう見えて私、結構強いよ?」
漆黒の鎌を肩に担ぎ、ゆっくりとカイドの元へと向かう。
そもそも相手はドミニオン財団。ユカネにとってこれ以上被害を出させる前に仕留めるつもりでいた。
「確かにお前は、強い部類に入るかもなぁ……そうだな、お前ぐらいだと、3つくらいがちょうどいいかぁ?」
カイドはぼんやりとした口調で言いながら、右手にはめている指輪を無造作に3つ外すと、地面に落とした。
「……?」
音を立てて転がる指輪に視線を向けもせず、ただ不敵な笑みを浮かべている。ユカネには、その行為が何を意味しているのか理解出来なかった。
────しかし、次の瞬間、嫌でも理解することになる。
『指輪の解放』
カイドの周囲に、まるで空気そのものが震えだすような異様な気配が立ち込めた。カイドの体から暗い紫色のオーラが溢れ出し、瞬く間に辺り一帯を包み込む。
「────すごい圧力」
ユカネは思わず息を飲み、その場で動けなくなる。肌がびりびりと痛むような感覚を覚え、背筋に冷たい汗が流れ落ちるのを感じる。カイドの放つオーラは、ただの強者のそれではなかった。威圧という言葉では片づけられない。
指輪を外しただけで、これほどまでに力を引き出すことができるとは────ユカネは、自分の想像を超えていた。
「これぐらいで同等……いや、それ以上かぁ?」
ニタニタと嗤いながらユカネに近付くカイド。
「……まだ、そんな力を隠し持ってたんだね」
「切り札は残しておくのが、闘いにおける流儀ってもんだぜぇ?」
流儀なんか気にしなさそうな男が何を言ってるんだ。
ユカネは内心でそう悪態をつくが、相手が切り札を解放してきたのは事実。ちょっと強気に出すぎたか……と少しだけ後悔するが、いつでも来いと言わんばかりに鎌を前方に構える。
「ハハハッ! 良いね良いねぇその顔! 他の奴らもそんな顔しながら俺のことを見ていたぜぇッ!」
声高く笑いながらも、歩みは止めずにユカネの方へと向かってくる。
「────そんなお前に、お前自身がやっていた事を真似してやるよ」
「真似?」
何を真似するつもり?
ユカネは一瞬硬直したが、すぐに目を見開いた。
────カイドが、ユカネの視界から消えていた。
「────ハァッ!」
漆黒の鎌を振り下ろす。
真似というのは、先程ユカネが取った行動を表している。瞬時に標的の目の前まで距離を詰め、攻撃を当てる事で致命傷を狙う────そう思っていた。
「────ハッ」
ユカネの耳元に、嘲笑が聞こえた。
「────ッ!」
その瞬間、ユカネは本能的に振り返り、漆黒の鎌を一閃する。空気を切り裂く音が耳を劈き、かろうじて背後に迫って いたカイドの拳を受け止めた。
だが、思った以上の反動がユカネを襲い、体勢を崩したユカネは無防備なまま後方へと吹き飛ばされた。
「……後ろから、来るなんて……!」
背中から地面と衝突しかけるが、体を器用にひねり、両足から地面へと着地する。その衝撃が足元から伝わるが、すぐに膝を曲げてバランスを整える。
今度はこっちが反撃────する暇もなく、新たな追撃がユカネを襲う。
「オラオラどうしたぁ!? 俺様の体にその物騒な物を当ててみろよッ!」
漆黒の鎌とカイドの拳が激しくぶつかり合い、火花が散る。
ユカネは次々と繰り出される猛攻に、何とか応戦し続けていたが、迫り来る拳は岩のように硬く、どの一撃も凄まじい。
────そして。
「────きゃあッ!」
ついに、カイドの拳が、ユカネの体にめり込んだ。
体が弓のように反り、目に見えぬ速さで後方に吹き飛んだ。地面を裂くような衝撃音とともに、無数の回転を重ねながら地面を転がり続けるが、次第に勢いが弱まることでその動きが止まる。
「────んだよ。ちょっと本気を出せばこんなもんかよ」
横たわるユカネの側に近付くカイド。
「結局はお前も、雑魚に変わりがなかったってことだなぁ?」
「────ッ」
ユカネの紺色髪を掴み、持ち上げて顔を覗き込む。
────ユカネの表情は、戦意喪失そのものだった。
「ケッ」
カイドは掴んでいた紺色髪を雑に離し、ユカネの顎は地面に打ち付けられる。
「────お前のその表情を見てたら、無性にムカついてきたなぁ……」
苛ついたように言葉を溢す。
ただの理不尽な感情。
「────もう我慢できねえ、ここにいる奴等、全員この手で殺してやる」
それは、唐突に殺意へと変わる。
「────」
ユカネは、なんの反応も示さない。
「そもそもなぁ、サイファーの野郎が殺すな殺すな喚いてうるせえんだよ。俺様はこの手で雑魚をめちゃくちゃに粉砕したくてたまらないってのになぁッ!」
カイドの嗤いは止まらない。
「結構強いとかほざいていながらッ、ちょっと本気で打ちのめされたら無様に横たわる雑魚ッ! あぁ、雑魚雑魚雑魚雑魚雑魚ッッ!」
カイドは自らの拳を地面に打ち付ける。
「────だから、お前らを皆殺しにするんだよぉ、いまぁ、ここでなぁ」
止める者は居ない。
ユカネは、動かない。
「ただ殺すだけじゃつまらねえしなぁ……ソ、ウ、ダッ」
その言葉は煽るように口から出る。
「────いっそのこと、こいつらの家族とかも皆殺しにするかぁ?」
「────」
ユカネの指が、僅かに動く。
ゆっくりと顔を上げ、カイドを視界に捉える。
「こいつらを殺した後にッ、住みかを特定しッ、家の全てを全部燃やして、親も、ジジィババァヒイババァヒイジジィ全員全て全部全部全部────」
そして、拳を構える。
「────俺様がッ、殺してやるぜぇッ!」
その拳は、ユカネの頭の上から、隕石のごとく振り下ろされた。
「────?」
しかし、いつまでたっても、興奮するであろうあの潰したような感触が訪れない。
疑問に思ったカイドは、振り下ろした拳の表面を確認しようとしたところ────
「────は?」
右肩から腹部にかけて、激痛が走った。
「アガアああぁぁぁぁァァッ!?」
何故、何で、どうして─────そう感じた時には既に遅い。
カイドは、右肩から腹部にかけて切られていたのだ。
「ッグ……お、まえ……!」
他でもない、ユカネの漆黒の鎌によって。
「────家族を殺す? 家を燃やす?」
カイドの放った一撃を避け、いつの間にか佇んでいたユカネ。
ユカネの周囲に漆黒のオーラが立ち込める。それは次第に形を持ち、まるで意思を持つかのように渦巻きながらユカネを包み込んでいく。アルカナが溢れ出し、その力が増すたびにオーラは濃度を増し、やがて闇そのものがユカネの体を覆い尽くす。
やがて、黒い霧が形を変え、重厚な漆黒のローブとなる。
闇に染まった瞳が、カイドを見据えた。
「────そんなの、私が許容すると思う?」
漆黒の鎌も相まって。
────その姿はまるで、死神に等しい。
「────グッ、クソッ! クソガクソガクソガクソガクソガクソガクソガアァァァァァッ!!」
癇癪を起こしたように叫び出すカイド。
「────」
ユカネはその様子を静観する。
────脳裏に浮かび上がるは、燃え盛る家、数多の叫び声。
────こちらに微笑む、優しそうな女性。
「お前だけはッ、確実にコロスウウウゥゥッ!!」
カイドの叫び声により、ユカネの意識が戻される。
事態は、動き出そうとしていた。
『指輪の解放オオォォッ!!』
指に付けていた全ての指輪を乱雑に引き抜き投げ捨てる。その際に、僅かに皮膚が削れ、鮮血が舞う。
「ガァァアあアああぁァァアあッ!!」
男の雄叫びが、空気を震わせる。
「今まで雑魚どもに合わせて力を抑えていたガァ、ここまで俺様をコケにした報いは必ず確実に確定で受けてもらうゼぇッ!」
先程ユカネが与えた傷が癒されていく。おそらく、指輪の解放をしたタイミングで暴走したアルカナが、逆に傷を癒すことになったのだろう。
────しかし。
「グッ!?」
「────だからなに? って話だよね」
癒されるのならば、また傷つけるまで。
ユカネが漆黒の鎌を振るうことで斬撃を生み出し、カイドの体に赤いバツ印が刻まれる。
「さっきの一撃じゃ飽き足らず、俺様の美しい体を汚しやがってッ……!」
カイドは既に怒りの頂点まで到達しかけているが、自分の力を信じて止まないため、いつでも目の前に居る憎たらしい女の事は屠れると考えていた。
────しかし、カイドという男は我慢できないタチであった。
「────だって、簡単に当たるんだもん」
たった一言で、怒りの頂点を突き抜けたのだから。
「────コロスゥうウぅゥあぁぁアァぁッ!!」
その声は震わし、風を裂く。カイドの全身が怒りに燃え上がり、黒い炎がその瞳に宿る。
怒りに任せ、獣の如くユカネに向かって突進する。
────拳が振りかざされる。
拳が空を切り、目にも止まらぬ速度でユカネの目前に迫った。
────刹那、世界が止まる。
『ヘル・ザ・ギロチン』
冷たく、艶やかな声が宙を舞う。
ユカネの体は風に乗る蝶のごとく軽やかに動き、手には漆黒の刃が光を反射していた。
────空間を切り裂く音と共に、カイドの首が宙に浮かび上がる。
「────」
カイドは、自らの命が絶たれた瞬間すら理解が出来なかった。瞳にはなお憤怒が渦巻いていたが、肉体は既に残骸となりつつあった。
そして、その身体は、魂が抜け落ちたように地に崩れ落ちていく。
ユカネは無言で漆黒の鎌を肩に担ぎ、冷徹な瞳でカイドの無惨な姿を見下ろした。
「悪魔をこの手で葬れるなら────」
そしてユカネは告げた。
「私は死神にだってなってみせる」
切り離されたカイドの首は、熱く煮えたぎるマグマの波に飲み込まれていった。
見つけて下さりありがとうございます。
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