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32.惨劇を目にした少女は、何を思うのか


 「暑い……よりにもよってなんでこんな場所まで飛ばされるかな……」


 至る所でマグマの川が音を立てて流れている。


 足元から伝わる地熱が靴底を焦がしそうなほどの熱気、心なしか、空気は呼吸するだけで肺がほんの少し焼けつくように感じる。


 「なんでこんな地獄みたいな場所を用意するのかな……」


 彼女……ユカネ・カトリーヌは汗を拭いながら、焼け付く地面に目をやる。岩肌は溶けかけたマグマの滴で覆われ、時折少し遠くで爆発音が響き渡る。視界の端で、火山から上がる黒煙がゆっくりと空に立ち昇っていくのが見えた。


 「ふっ……ふっ……はぁ、暑いのは苦手だなあ……」


 ユカネは、暑いのが大の苦手だ。


 ────いや、『熱い』のが大の苦手、の方が正しい。


 「……」


 熱すぎるがゆえ、普段あまり言わない独り言を止め当てもなく歩き続ける。


 途中までは、マグマに入ったらどうなるのだろうとか、マグマの上を歩いてみたいなあとか、少々狂ったような思考で脳内を埋め尽くしていたが、やはり熱さのせいで現実に意識を戻されてしまう。


 「ッ……」


 ────突如、ユカネの脳内に浮かんだのは、とある家が紅い炎に包まれている光景。


 そして、その地獄にも等しい燃え盛りを間近で見ている者は……一回り小さい紺色髪の少女。


 少女の琥珀色の綺麗な瞳が、水によって滲み出し、頬を伝う。


 「ッ!……はぁ……」


 ────頬を伝った水は地面に落ちることはなく、突如現れた砂嵐のよって記憶は途切れる。


 「……ここから早く、出た方が良い、ね……」


 頭を左右に軽く振り、火山地帯から脱出することを決意する。走る気力はあまり残っていないため、小走りで出口へと向かう。


 「この先に行けば荒野が広がっていたはずだよね……そこから草原地帯の方に向かえば、誰かと合流出来るかもしれないよね」


 あわよくばシムノとレイソンの2人と合流し、情報共有をしたいと思うユカネ。


 最も、現時点で提供できる情報は一切持ち合わせていないのだが。


 「……早く、この場所から出ないと」


 焦りにも近い感じを醸し出し、頬を伝う汗も気にせず走り出す。


 この時のユカネは、シムノとレイソン、2人との合流を理由に脱出を目標としていたが……本当のところは、この場所に長時間滞在することによって、昔の記憶を掘り起こされる感覚に陥るのを避けるためでもあった。


 「早く、早く出ないと……ッ!?」


 あと10分もすれば、荒野に足を踏み入れる事が出来た。


 ────しかし、視界に捉えたその存在を、無視することは出来なかった。


 「きみ、大丈夫!?」


 ユカネは横たわる男子生徒の元へと駆け出した。心臓が高鳴るのを感じながら、足音が焦りを伴って響く。


 「えっと、脈の確認とアルカナの確認……!」


 彼のそばに膝をつき、まずは脈を確かめるために手首に触れる。


 「脈はある……次にアルカナ……!」


 触れていた手首から離れ、次は手をかざした後、ユカネは意識を集中し、アルカナの気配を探る。


 「……良かった、微量だけどちゃんと循環してる……死んだとかじゃなくて良かったあ……」


 最悪の事態は免れ、ホッとため息を吐く。


 ────しかし、ユカネはすぐにある異変に気付く。


 「……汗はかいているけど、火山の暑さにやられて気を失っているわけじゃない……? しかも、トリアル先生が言ってた球体による離脱システムが働いていないし……」


 後者は分からなくても何となく分かる。明らかな異常事態だということはユカネ自身が直感で感じていたから。


 ────問題は、前者である気の失い方が少しおかしいという点。


 「これ、誰かの手によってやられたんじゃ────」


 『ヒャッハハハハアアアァァァ! 死にさらせええぇぇ!』


 『こ、こいつ……ぐあッ!?』


 不快な笑い声と、苦痛の声がユカネの耳の中で反響する。


 「向こうで何かが起きてるッ、しかもあの叫び声……無事で居て!」


 男子生徒には申し訳ないが、あのまま側に居てもユカネには治療する手段を持ち合わせていない。命に別状は無いと判断し、叫び声が聞こえてきた方向へと駆け出す。


 「なに……これ」


 思わず声が漏れる。


 足を進める度に、地面に倒れた生徒たちが視界に現れる。叫び声の聞こえた方向へ向かっている途中、ユカネはすでに3人目の生徒が横たわっているのを見つけた。全員、同じように意識を失い、まるで眠っているかのように微動だにしない。


 「一体誰が……?」


 異形(モンスター)に襲われたといったような現象ではない。この火山地帯には、どういうわけか異形(モンスター)が居なかったから。


 つまり、これほど多くの生徒が同時に倒れている状況は、偶然では片付けられない何かが存在している────そう確信せざるを得なかった。


「ッ……!」


 無意識に拳を強く握りしめ、足を止めることなく進んでいく。


 未だ聞こえてくる苦痛の声に誘われるように近付いていく。


 そして、ユカネはようやくその声の発生源にたどり着いた。


 「────」


 ユカネは、言葉を失った。


 「ヒャッハアアアァァァ! 雑魚はさっさとくたばれよお!」


 「お……おまえを……ここか、ら逃がす、わけには……」


 「何勝手に俺が逃げるみたいに言ってるんだよおらぁ!」


 「あぁ、アガァァァァァァァッ!」


 ────地獄だ。


 私は今、地獄を感じている。


 この場で思った感想が、ただ、それだけ。


 「うるせえ! 叫ぶなッ!」


 「────ガッ」


 苛立ちを隠せない男の足に必死にしがみついていた男子生徒は、次の瞬間、強烈な蹴りが顎を捉えた。


 その衝撃で体は宙を舞い、地面に叩きつけられる。


 男子生徒の口から鮮血が滴り、意識を手放すようにその場に倒れ込んだ。


 「ったく、しつけえ野郎のくせに無様に張り付きやがって……あん?」


 ────気付いた。


 数多の生徒を痛め付けた暴君が、ユカネという少女の存在に。


 「なんだ、また雑魚が俺に群がってきたのか? どいつもこいつも貧弱のくせして無駄に歯向かってきやがるなあ……」


 頭を掻きながら舌打ちをする。


 「ユーマを殺しに来たってのに、サイファーの野郎のせいで俺自身痛い目に合ってイライラしてんだよお、どう落とし前つけてくれるんだあ、ああ!?」


 理不尽な言葉がユカネにぶつけられる。


 「ま、イライラはしていたがこいつらをなぶったおかげで多少は気が晴れたぜえ。ここでお前も殺さない程度に痛ぶるだけにしといてやるよお」


 拳と拳をぶつけながら、ユカネの方へと歩み寄ってくる。


 「────って」


 「ああ?」


 先程から口を噤んでいたユカネが、男に向けてはっきりと言い放つ。


 「────痛ぶった皆に、謝って」


 ユカネの怒りを表すように、背後で火山が噴火した。

 

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