31.支配からの解放
とある王女は、崩れた岩に埋もれて身動きが取れないまま、どういうわけか、妙に居心地よく感じられた。いや、むしろこのまま一生眠っていたい……そんな誘惑に負けそうになっていたその時だった。
「脇、失礼するぞ」
「え?」
突如下から謎の両手が生えてくるように這い出てくる。そのまま王女は脇を抱えられ、強制的に岩の間から押し出されたその瞬間、まるで舞台に立たされた役者のように、王女は射し込む月明かりを浴びることとなった。
「……」
再び高い高いをされ、不満な顔をしたのは、アルクレナ王国の王女であるコママ・アルクレナ。
「災害も効かないとか無敵だな」
岩に埋もれながら両手でコママを抱えながらも、辛うじて声を出しているのは、シムノ・アンチである。
そう、俺だ。
「この状況に色々と言いたいことはありますが、質問です。貴方は何故無事なのでしょうか」
「コママを盾にしたから」
「聞いた私が馬鹿でした」
抱えられたままため息を吐く。そろそろ俺の手から降りてほしいのだが、このままだと俺が埋もれたままになってしまう。
「コママ、アルティメット・ゼロを可視化して、範囲を広げることは出来たりしないか?」
「……出来ますが、どのくらいの範囲ですか?」
「最低でも5メートル」
「分かりました」
次の瞬間、圧倒的な虚無がコママの周囲で膨張し、俺を取り囲んでいた岩が音を立てて砕け散る。
「本当に5メートルの範囲を吹き飛ばすやつがあるか」
「その目で確認出来たでしょう。早く降ろしてください」
「……まだまだ高い高いしても良いんだぞ?」
「早く、降ろして、ください」
「はい」
一応大事が無いようにゆっくりと降ろす。降ろされたコママは制服に付着した土埃を手で払う。
「……一つ気になったんだが、アルティメット・ゼロはどこまで広げる事が出来たりするんだ?」
ふと気になった。
使い方によれば、コママのアルカナは世界を滅亡させることなんて容易いのじゃないかと。
「せいぜい先程の5メートルほどですよ」
「なんだ、4万キロぐらい広げれるのかと」
「仮に出来たとしてもやりませんよ? 物理的に世界から人類を追放しようとしないでください」
アルティメット・ゼロで人類追放……想像するだけで面白い要素しかない。
「って、貴方と漫才を繰り広げている場合じゃありません! レオンとシエラはどこに居るのですか!?」
思い出したかのように慌てながら周囲を見渡し始めるコママ。
2人が心配で仕方がないのだろう。しかし、慌てすぎて視野が狭くなりすぎている。
「2人なら、コママの足元で倒れているぞ」
「えっ」
情けない声と共に顔を下に向ける。
視界に映ったのは、レオンとシエラが意識を失い、横たわっている姿。
「レオン、シエラ!」
叫びながら2人の近くにしゃがみこみ、すぐに脈とアルカナに触れ、容態を確認を始める。
「……良かった……無事で」
どちらも弱まっていたが、命に別状は無いらしい。コママは2人の片手をそれぞれ掴み、そのまま両手で包むように握り締める。
「洞窟が崩壊した瞬間、2人の元へ駆けてコママを盾にしたから助かったんだ、良い機転だと思わないか?」
「感謝こそしますが、私を盾呼ばわりするのは止めてください。ここから追放しますよ」
睨みながらそんな恐ろしい事を言わないでほしい。俺にはやり残した事がたくさんあるから、追放されるわけには行かないんだ。
「まあ、無事にコウモリ女も討伐したことだし、コママに追放される前にここから移動でもするかな」
俺は伸びしながらそう言った。
「私達と一緒に行動しないのですか?」
「しても良いが、コママは2人のお守りをする必要があるだろ。まだ気を失っているんだ、出来るだけ近くに居た方が良いと思うぞ」
「……それもそうですね」
両手でこれでもかというくらい2人の手を強く握り締める。2人の手が折れていないか心配だが、コママにそんな力は無いはずだから大丈夫。
……だと思いたい。
「貴方はこんな状況でどこへ行くのですか? やはり、同じチームであるユカネさんとレイソンさんのお二人と合流するとかですか?」
「……あー……そんな感じだな」
……言えない。
2人よりも主人公を探しに行こうとしてたなんて言えない。
「そうですか……異形に襲われず、無事に合流出来ることを祈っていますよ」
「最悪コママを連れていく」
「絶対に行きません」
「ですよね」
コママを振り回した件、まだ根に持っているみたいだ。目を細めて口を尖らせているのがその証拠だ。
「じゃあなコママ。安全な場所に避難しておけよ」
「ご心配には及びません。私自身が安全な場所ですので」
「違いない」
いち早く主人公に会いに行くために、シムノはコママに背を向けその場を後にした。
「……2人とも……」
周囲が静寂に包まれ、コママの心配する声だけが辺りを響かせる。
────コママは、存在そのものが無敵で仕上がっている。
正直な話、身を挺して守る必要もなく、本来ならば気にかける必要が全く無い完全無欠の王女とも言えてしまう。
「……腫れている」
しかし、そんな王女に慕っており、近づけさせやいと全力で守ってくれる存在が、レオン・エスプリスとシエラ・ルナイエ。
「またそうやって無茶を……」
ゆえに、こうしてボロボロになってまでも、コママの最後までお守りする、してしまう。だから、引き際を知らない。まるで、駄々こねる子供のように。
「────はぁっ!?」
そんなしんみりとした空気は、突如として終焉へと向かう。
「……生きていたんですか」
シムノ……いや、コママのアルティメット・ゼロによって洞窟の天井にめり込み、そのまま岩の雨に押し潰されたと思われていたアレクシスは、意識が戻ったのか、岩の瓦礫から地上へと這い上がってきた。
「……なんとか、出れた……」
アレクシスはようやくの思いで全身に空気を浴びる。
服に付いた土埃を手で払っていると、アレクシスはコママの視線に気付き、互いに顔を見合わせることになる。
「……王女、生きてる……あの男も、居ない」
「そもそも、私を倒すことは不可能と思ってください」
コママはレオンとシエラの手を離し、ゆっくりとした足取りでアレクシスの元に向かう。
「そして、不服ではありますが、先程のきっかけにより、私には無いと言われていた攻撃手段が、思わぬ形で実現するようになりました。貴女のその瀕死の状態なら、再びめり込ませることなんて造作もありません」
「……わたし、ピンチ」
弱々しいカンフーの構えで、コママを見据える。
「……あ、れ?」
────しかし、アレクシスはある違和感に気付く。
「……?」
アレクシスは突然顔を下に向け、まるで何かを探すかのように地面を見渡し始める。
その様子を見ているコママは、怪訝に思いつつも、相手を挑発することを忘れない。
「どうかしましたか、今度は地面にでも埋もれたいのですか? 良いでしょう、立派な花が生えてくるようにしっかりと奥まで埋めてあげます」
────しかし、そんな挑発に耳を貸すことはなく。
「────解放、された?」
本当に小さく、そう呟いた。
「……ちょっと、無視するのは私でも傷付き────」
結局、アレクシスは最後までコママの台詞を聞くことはなく、勢い良く身を翻して逃げるようにこの場から去った。
「……なんだったのでしょうか」
少しだけ傷つきながらも、内心安堵するコママ。
負ける見込みは無くとも、勝てる見込みも無かったため、向こうから逃げてくれたのは好都合だった。
「これで、脅威は去りましたか……うん?」
ふと、視界の端で何かが光った気がした。
コママは、その正体を確認するためそれに近づき、しゃがみこむ。
「これは────」
コママが見たものは、真っ二つに割れている銀色のイヤーカフだった。




