30.『奴』を殺しに来た
「物騒ですね、いきなり攻撃してくるなんて」
刃同士の軋む音が耳の中で反響する。
「さっきも同じことを言っていたわね。それしか言えないのかしら」
「いきなり攻撃するのがいけないのですよ」
「今回はおあいこでしょう?」
「そうでしたねッ!」
氷の剣と短刀が激しくぶつかり合い、鋭い衝撃音が連続して空気を震わせる。
ロセリアの冷たい氷の剣が振り抜かれるたび、サイファーの短刀は鋭い軌跡でそれを迎え撃つ。ぶつかり合う刃同士が火花と氷の粒を散らし、打ち合いのたびに鋼と氷の音が響き渡る。
「しかし、剣を使っているというのに片手だけで振るうとは。そんな使い方では剣が泣いてしまいますよッ!」
皮肉混じりに叫び、氷の剣を受け流すようにして鋭く反撃する。
「私にはこの使い方が合っているのよッ!」
氷の剣を握る手は揺るがず、片手で振り抜くたびに冷気が舞い上がる。
「両手で振るえないの間違いでしょうに、本当は剣との相性が良くないだけでしょうッ!」
「ッ!」
ロセリアは目を見開き一瞬動揺するが、剣を力任せに斜めに振り上げる。
サイファーは迫りくる剣を短刀で受け止めたが、その一撃は予想以上に重かった。防ぎきれず、体は上空へと吹き飛ばされる。それでも空中で巧みに体を回転させ、まるで舞うように鮮やかに地面へと着地した。
「図星を突かれて力任せに振るった……といった感じですね。そこまで怒りを感じたのですか?」
サイファーは胡散臭い笑みを見せながらロセリアに問う。
「……貴方には関係ないわ」
ロセリアの脳裏に、1人の男の姿が浮かび上がる。彼は鮮やかな動きで剣を振り、その一振りごとに放たれる輝きが、鮮明に映されていた。
そして、ロセリアも手元の剣を振った瞬間、勢いのまま剣から手を離してしまい、切先が男へ向かって────
ハッとしたロセリアは、現実に引き戻される。軽く首を左右に振り、彼女の視線は再びサイファーの顔に向けられた。
「……貴方こそ、随分と余裕そうだけれど、私は剣、貴方は短刀。どちらの方が有利なのか、一目瞭然だと思わないかしら」
「ああ、リーチの話をしているのですか? 確かに俺の方が不利ですよね。そのままバッサリと手首を切られてしまう恐れもあるのですから」
「このまま打ち合いを続ければ、勝機は私の方に傾いてくるわ。今のうちに降参して今すぐこの場を去るか────私に切り捨てられるか、好きな方を選びなさい」
ロセリアは選択肢を設ける。それは暗に、サイファーに負けることはないと宣言しているのと同義。
「ははっ」
その選択肢に何か思うところがあったのか、サイファーは額を押さえながら笑う。
「どうかしたのかしら? 『氷漬けにしたまま粉々にする』という選択肢を増やしても良いのよ」
とんでもないことを言うロセリアだが、先程と比べ表情に余裕が抜ける。汗で滲んだ額から、一筋の雫が頬を伝う。
「選択肢を一つ、増やしてください」
サイファーは右手で短刀を構え直し、左手の人差し指を立てる。
「傲慢ね」
一言だけ言い捨て、氷の剣を構えながらサイファーの次の言葉を待つ。
サイファーは口元を歪ませ、ロセリアの方を見据えると────
「────貴方を、サイコロステーキにする」
ロセリアは瞬時に何かを察し、氷の剣を振るう。
「ぐッ……!」
しかし、痛みを感じたロセリアは少しだけ顔をしかめ、その出所を確かめるために顔を動かす。
制服の肩の部分が、血で滲んでいた。
「言い忘れていたことがあります」
サイファーは痛みに顔をしかめるロセリアを見ながら短刀を構え、一歩踏み出す。
「……」
ロセリアは返答こそしなかったが、今度こそ油断しないようにと氷の剣を構え直す。
そして、サイファーは言い忘れていた内容をロセリアに伝えた。
「────短刀は、飛び道具にもなり得るんですよ」
殺気を感じ取った刹那────
『テン・ブレイド・メテオ』
短刀を振るい、10本の斬撃が、ロセリアに向かって放たれた。
「ッ!」
流星の如く飛来する斬撃に向かって氷の剣を一閃する。鋭い刃が衝突し、1つ目の斬撃を切り裂き、2つ目、3つ目と次々と打ち払っていく。
「打ち合いもせず遠距離から攻撃してくるなんて、短刀を握る資格は無いわね。今すぐゴミ箱に捨てたらどうかしら!」
氷の剣で残りの斬撃を次々と迎え撃つ。その度に、煌めく氷が周囲に飛び散っていく。
「愛しの武器を捨てろとは、貴女は随分と残酷な性格を持っていますねッ!」
最後の斬撃を切り裂くと同時に、いつの間にか接近したサイファーが首にめがけて短刀を振るう。
しかし、ロセリアも簡単に首を献上するつもりはない。
互いの刃が、再び衝突した。
「あら、私は事実を言ったまでよ。貴方は短刀を極めているのであれば、ただがむしゃらに振り続けた方が良いでしょう?」
「そういう貴女も、剣を振るうのに固執しているように見える。先程遠くから見ていましたが、氷でゴーレム達を蹂躙していましたよね。そちらこそ剣を振るうのを止めたらどうでしょう」
「私は氷のアルカナを極めているから良いのよ」
「嘘と屁理屈ですね、それは」
「うるさいわね」
鋭い言葉で応酬している間にも、ギチギチと刃同士が悲鳴を上げる。
「……俺は、殺さなければいけない奴が居る」
突如、サイファーは語り出す。
「そいつはおそらくここに居る。だから俺は、今回の任務に同行し、任務とは別に、そいつを探し、殺しに来た。」
同行。おそらく、ここには居ない3人と共にこの場所に来たことを示しているのだろう。
「同情を誘うために言っているのかは知らないけれど、無駄ね。貴方と同じく、そのお友達は人殺しでもしていたのでしょう? お友達は、死ぬべくして死んだと言えるでしょうね」
ロセリアの予想は、大方的を得ていた。
「何故そうなるのです。俺とは違い、全うに生きる善人かもしれないですよ?」
「見なくても分かるわ。同じくドミニオン財団に所属し、手を血に染めたことがあるようなお友達ということが」
ハハッ、とサイファーは軽く笑う。
「ムカつくほど当たっていますね」
「ッ!」
突如、サイファーが短刀を思い切り振り上げ、衝突した氷の刃ごとロセリアを空中へと投げ出す。
『テン・ブレイド・メテオ』
再び、10本の斬撃がロセリアを襲う。
「それはもう見切っているわよ!」
今度は苦労することなく、空中で全ての斬撃を弾き飛ばし、そのまま地面へと着地した。
「……強いのですね、言うだけの事はあります」
「褒めても何も出ないわよ」
「何も出せませんけどね」
互いに視線を外さないように、ゆっくりと横に歩き出す。
「そろそろ終わりにしたいのですが、よろしいですか?」
「あら、貴方に何が出来ると言うのかしら?」
「いえいえ、負けるつもりは毛頭ないので」
今にもお互いに飛び出しそうだが、機会を伺いながら、決して視線を外さないように相手を見つめ続ける。
「そういえば……」
突如、サイファーが思い出したかのように声を上げる。
「なにかしら、降参でもす────」
「あそこで死んでいるのは、クラスメイトじゃないですか?」
「ッ!?」
ロセリアはその言葉に心臓が跳ね上がり、サイファーが指差す方向に顔を向けるが、視界には死体の影すら見当たらない。
「しまッ────!?」
慌てて視線を戻すと、目の前には鋭い切っ先が迫っていた。
冷たい金属の輝きが目を射抜く。
「────さよなら」
そしてそのまま首へと、刃を振り下される────
「なッ!?」
「ッ!?」
────直前に、何かが短刀に命中し、サイファーの手から弾き飛ばされる。
「ここに来て増援が来たか……」
次の瞬間、矢のように飛んできた何かが肩、腕、頭を狙いすまして迫る。しかし、サイファーは間一髪のタイミングで身をかわし、全ての攻撃を何とか避ける。
「このままじゃ分が悪いですね……実に残念ですが、俺も任務でここに来ている。貴女とやり合い、その後で誰かに殺されるわけにもいきません」
隙をついて、弾き飛ばされた短刀を拾い、ロセリアから背を向け走り出す。
「またいつか会いましょう、生きてたらですが!」
顔だけロセリアに向け、そう叫んだ。
「ッ待ちなさい!」
当然ロセリアは逃がすつもりは毛頭無い。
サイファーが逃げる背中を見据え、瞬時に右手にツララを生み出す。鋭く輝くそれを、迷いなく標的へ向け全力で投げ放つ。空を切り裂くようにツララは一直線にサイファーの心臓部分へと迫るが……
「ほッ!」
サイファーは跳躍し、ツララをまるで足場にするかのように踏みつけ、また跳躍する。一瞬のうちに体勢を整え、そのまま勢いよく森の奥へと消え去り、その背中は一瞬で闇に飲み込まれていった。
「……逃がしたわ」
ロセリアは小さく息を吐き、悔しげに唇を噛んだ。視線の先には、静寂に包まれた森だけが広がるのみ。
「……でも、私も危なかったのよね……」
思い出すのは首に迫る短刀。あの刃が首元で一閃していれば、間違いなく分離していたことだろう。
謎の妨害のおかげで、ロセリアは一命を取り留めたのだ。
「一体誰が……」
周囲を見渡す。
あそこまで正確に短刀を射貫き、救ってくれた人物は一体誰なのか。
「大丈夫か?」
背後から声と共に足音が2つ聞こえてくる。
ロセリアは身を翻すように振り向いた。
「貴方達は────」




