3.主人公は遅れてやってくるものだ
「それじゃあ、さっそく自己紹介を始めちゃおっか!」
こんなにも自己紹介が楽しみになるとは思いもしなかった。
いままでは主人公になりたかったために『これで君もなりきり主人公!』という本を参考にしながら100個以上の自己紹介のパターンを徹夜で考えていたからな……
もちろん今回はそんなことはしない。主人公にふさわしいかどうか、俺が直々に審査していこうと思う。
「それじゃあまずは先生から……」
コホンと可愛らしい声で一泊置く。
「この度ステラクラスの担当を持つことになったトリアルと申します。トリアル先生って呼んでね!」
キランッという効果音が聞こえてきそうなウィンクと共に左手でピースをするトリアル先生。
それは別に良いのだが、先生は『トリアル』としか名乗っていない。ということは……
「せんせー、もしかしてこの王国出身じゃないんですか~?」
一人の男子生徒が手を挙げながらトリアル先生に向かって質問する。
モブっぽい顔付きだ、少なくとも主人公の器じゃない。却下。
「うん、先生は皆と違ってアルクレナ王国出身じゃないからね。でも、君達はラストネームを持てるって誇らしいことだよね。先生も欲しかったなあ~」
「そんな便利なものでもないですよトリアル先生。俺なんかアンドリュードルっていうラストネームだから地味に長いんだよ。もっと短いやつが良かったぜ」
そう、俺が命を授かった場所、アルクレナ王国では、どういうわけかファーストネームとラストネームが存在する。
前世ではごく当たり前の事だったかもしれないが、この世界ではファーストネームだけなのが一般的。
この国だけが何故かそういう文化があるため、名前だけ見れば異端児のような感じになってしまっている。
俺も正直ラストネームはいらなくねと思わなくもない。
「アンドリュードルっていう名前なんだね。先生フライングで聞いちゃった」
「あ、いけね!?」
ドッという笑いが講義室に沸き起こる。
モブッぽいとは思ったが、クラスのムードメーカ的な存在か。
こういう存在は正直ありがたい。主人公と今後関わっていく人材にもなりえる。後は主人公が見つかれば文句無し、あとはヒロインもセットで見つけておきたいところだ。
「じゃあ丁度一番前の端に座ってるから、君から自己紹介をお願いして良い?」
「もちろんすよ先生!」
元気良く返事すると同時に立ち上がる。
さあ、お待ちかねの自己紹介のコーナーが始まるぞ……!
「ラストネームは最初に言っちゃったけど、俺の名前はワルゴ、ワルゴ・アンドリュードルだ。長いから気兼ねなくワルゴって呼んでくれ。趣味は食べ歩き、好きな食べ物は肉全般、嫌いなのは野菜全般だ。みんなこれからよろしくな!」
「よろしくなワルゴ!」
「ちゃんと野菜も食べなさいよね!」
盛大の拍手の音が講義室に広がる。
スタートダッシュに成功したな、ワルゴ。既に地位を獲得したみたいで何よりだ。
後方親父面みたいな事を思っているうちに、自己紹介は進んでいく。
「俺の名前はタロウ・サトウ、趣味は……」
おそらく俺の番はしばらく回ってこないだろう。昨日あまり睡眠が出来なかったから少し仮眠することにする。
頬杖を付きながら自己紹介を聞いていると、次第に俺は夢の世界に連れていかれた。
◇
「───これからよろしくお願いします」
俺が夢の世界を堪能していると、生徒達の拍手の音で夢の世界から連れ戻された。
とはいえ、いきなり現実に引き戻されたので、今の俺は微睡んでいる状態だ。
「眠い……」
このまま再度寝てしまおうか。そう考えて夢の世界に行くことを決心すると────
「じゃあ次はそこの君だね!」
……ビシッと俺に指を向けてくるトリアル先生。
「……」
対する俺はビクッと身体を少し震わせながらトリアル先生を見つめる。
「んん?」
俺が半目で見つめていたせいか、トリアル先生は小首を傾げながら俺の方を不思議そうに見ていた。
「……そうか、俺の番か」
小声でそう呟いた後、頬杖を止めおもむろに立ち上がる。
────主人公っぽくない自己紹介を意識しろ。
「……どうも、俺はシムノ、シムノ・アンチです。アンチと付いていますが、俺は何か特段アンチ意識を持ったつもりでこの世に生まれたつもりはありません。ただ強いてあげるならハカールという肉が苦手です。よろしくお願いします」
つらつらと自己紹介を並び終えると、講義室内が静寂に支配される。
だろうな、狙ってやったんだから。そもそもこの世界にハカールなんていう食べ物があるわけないだろう。
いや、探せばあったりするのか? ……無いな、多分。
「シムノ君! これからよろしくね!」
さすがにトリアル先生も俺の自己紹介に呆気をとられていたが、すぐにハッとした表情になると笑顔で拍手をし、俺以外の皆にも拍手を施す。
しかし、トリアル先生ですら呆気にとられるんだから、当然他の皆の心は宇宙に飛ばされた状態も同然。
何人かは講義室に生還して控えめな拍手をしたようだが、約8割が宇宙に飛ばされたままだった。
「ええええ……」
そんな中、宇宙から生還したものの拍手をしない女が1人居た。
「……どうした?」
「いや、なんでも」
俺を見ていた彼女は即座に視線を逸らし、まるで何も見ていないかのように天井を見つめていた。
逸らすにしても天井に逸らすか普通……?
「えーと……うん! じゃあ次はそこの隣の女の子!」
今の空気を払拭するように大声でそう告げると、彼女は天井を見上げるのを止めて、トリアル先生に目を向ける。
「あ、はい!」
そのまま慌てて立ち上がり咳払いをすると、落ち着いた様子で話し始めた。
「私はユカネ・カトリーヌと申します。趣味は家庭菜園で、旬にあった野菜を育てるのが趣味です。あと、この学園に入学した理由は強くなるためです。アルカナの扱いにはあまり慣れていませんが、ご指導のほど、よろしくお願い致します」
そのまま礼儀正しく頭を下げるユカネ。
「なんて礼儀正しい子なの……! よし決めた! 先生は全力で先生を頑張っちゃうよ! はいみんな拍手!」
これにはトリアル先生も感動したそうで、目をうるうるさせながら感嘆の声をあげた。
盛大な拍手を聞いたユカネは少し後ずさったが、やがて少し照れた表情になると、おもむろに席に収まった。
「じゃあ次はユカネちゃんの隣の男の子!」
ちゃん付けするほど気に入ったユカネの名前を口に出した後、隣に居るのであろう男子に声をかける。
「はい、分かりました」
俺も頬杖をついたまま横に視線を向けると、何ともクールそうで知的な眼鏡をかけている男だった。
もしかして主人公属性ありか……?
クール系主人公を期待した俺は頬杖を止め、男の方に意識を集中させる。
見せてほしい、お前が主人公だというところを!
「俺の名前はレイソン・アークァーと言います。俺も強くなるためにこの学園に入学することを決意しました。趣味は甘いものを食べることです。俺もご指導のほど、よろしくお願いします」
男はご丁寧に自己紹介を終え頭を下げる。
主人公の素質は……あるかもしれない。趣味が特別な何かというわけでもないが、実際に知的な男が主人公になるケースも多い。頭が良ければヒロインに勉強を教える、実技を教えるなんていう展開もありえるというわけだ。
……ついに見つけたか! 俺が望む主人公が!
「二回連続こんなうれしい事を言ってくれるなんて……私は感激したよ!」
「ありがとうございます」
恒例の拍手が講義室に響き渡る。
それとは別に滝のように涙を流すトリアル先生。
そんなに感激するのだろうか。
「……はー、思わず嬉し涙が、先生は嬉しいよ。今年は良い子がたくさんいそうだね! 宜しくね。レイソン・アーキャー君!」
……うん?
「アーキャーではないです、アークァーです」
「ああ! 先生ったらうっかり名前を間違えちゃった! ごめんねアーピャー君!」
「アークァーです」
「アーカー君!」
「間違いやすいですが、アーカーではありません。アークァーです」
「アーク君!」
「小さいアが抜けています」
「……ずっとレイソン君って呼んでもいい?」
「先生がよろしければ」
……前言撤回、主人公は無理そうだ。
ラストネームが言いづらすぎる。アーキャーかアークか知らないが、少なくともフルネームで呼ぶべきじゃない。
自己紹介でコントが始まった時点でクール系主人公の物語は幕を降りた。プロローグすら始まっていなかったが。
……この後も自己紹介は続いていくが、どうもパッとしない者ばかりだ。ステラクラスには主人公にふさわしい人物は居ないのだろうか。
ここから抜け出してソルクラスかルナクラスに乗り込んで主人公を探してみるか?
そんな見当違いな考えをしたところで、自己紹介もついにあと一人になった。
「じゃあ最後にラッキー席に座っているそこのきみ! フィナーレをお願いして良いかな?」
────もう何も期待しない。
学園に入学したからには主人公を軸にイベントが展開されるかと思っていたが、見渡す限り、この時点でそのような人物を確認出来ていない。
とはいえ、途中から自己紹介を聞いていないから何とも言えないかもしれないが、少なくとも主人公の器を掲げていないのは間違いない。
ヒロインとして可能性あるのが俺の隣に座っているユカネぐらいだが……それで隣の俺がたまたま男だったからという理由で、主人公になってしまうのは嫌だ。
……もう、主人公になりきるのは止めたんだ。だから早く俺の代わりに主人公を全うしてくれる人物を俺が見極め────
「はじめまして、僕の名前はユーマ・グレーシア。特技は────」
俺は思わず見惚れてしまった。
風になびく程よい長さの水色髪。
優しさを感じる青色の瞳。
身長は平均より高めでスリムかつ筋肉質。
柔らかい表情をしているが、内に秘めた決意や強い信念が隠しきれていない。
────見つけた。