2.【疑問】何故物語は高校生から動き出すのか【誰か教えて】
────入学式。
それは、新しい環境や友人への期待と興奮、上手く馴染むことが出来るのかという不安と緊張、いま、この場に居る皆が様々な感情を持っていることだろう。
────目が死んでいる1人の男を除いて。
「……以上をもちまして、アルクレナ秘術学園は皆さんを受け入れます。新たな環境でのチャレンジに胸を膨らませ、共に成長していきましょう」
学園の最高責任者であるおじさんがそう告げると、辺りから拍手が沸き起こる。
期待を膨らましながら拍手する者。
やっと終わったかとダルそうに拍手する者。
エア拍手する者。
拍手にも異なるリズムと強さで、この大講堂内に響き渡った。
ちなみにエア拍手しているのは……シムノ・アンチと呼ばれる人物。
そう、俺だ。
「憂鬱だ……」
おじさんがゆっくりと降壇し始める。
俺が自ら腹部にナイフを刺して異世界転生したあと、約15年の時間が経過した。前世と年齢を合わせれば31歳……もうほとんど中年に全身を突っ込んでいる状態だが、この世界において身も心もちゃんと15歳だから心配することはない。
15歳になるといえば、大半の人間は高校に進学し、学生における最大の青春時代を謳歌することが出来ると言われている歳だ。
何故そう思うのか、と思ったかもしれない。では、逆に問おう。
何故高校生ものの小説や漫画、アニメが多いのか?
主人公は大半が高校生であり、異世界転生する時も高校生、恋愛物語の幕を開けるのも高校生、とにかく困ったら高校生……そう、それほど高校生というのは便利な道具であり、素材でもある。
そう考え結論を出した俺は、当然ある事を懸念していた。
「主人公になりそうなイベントとか起きないよな……?」
おじさんは護衛を従えながらゆっくりと大講堂の出口へと向かう。その間にも拍手は鳴り止むことはない。
「高校生特有の起こりえるイベント……できる限り避けていきたい」
桜が満開となったこの季節に、俺が入学することになったのは『アルクレナ秘術学園』という、アルクレナ王国にて最大規模の学園だ。
この世界では、15歳になるまでに義務教育の大半を親元で習うか、義務教育支援機関に通い教育されるかのどちらかになり、前世にあった中学校までに習う知識をこの世界でも同じ流れで教育を施される。
その期間を終了した後は、アルクレナ王国内に設置されている数ある学園から一つ選び、入学試験を終えた後に進学することになる。
高校、高等学校という言い方こそしていないものの、その実態は前世にあったものとさほど大差がないように思える。
「しかし、秘術学園に入学することになるとは……普通の学園に進学したかったのにな……」
エア拍手している最中にも、思わずため息が溢れる。
おじさんはまだ退出していない。
……異世界に来たからには魔術や魔力を用いて魔法でも使うのかと思ったんだが、どうやらこの世界では秘術……『アルカナ』と呼ばれる体内物質を用いて具現化を引き起こし、それを魔法として使うというのがこの世界での一般常識らしい。
あまり魔術や魔力と大差はないように見えるが……そもそもアルカナの意味は秘密や神秘のことを指す。謎な部分が多いのだろう。
現にアルカナにはまだまだ解明されていないことが多いと言われている。
この世界では謎を解き明かすべくアルカナについて研究されているらしいが、アルカナ研究会によると研究成果は著しくないとか……謎が全て解けるのはいつになるのやら。
この世界について色々考えていたら、いつの間にかおじさんは退出していた。
「行ったか……」
フラグでも建築してしまいそうなセリフを漏らす。
当然だが、行ってない事は無いので実際にフラグが建築されることはない。
「ふう……」
おじさんが退出した出口の方に身体を向けていたが、やがてその身体を前へと戻す。
「エア拍手は疲れるなあ……」
俺がそう呟くと、隣の女子から変な目で見られてしまった。
ちなみに俺が何でエア拍手なんかしていたのかだって?
「主人公でも脇役でも悪役でもしなさそうなことだからだな」
隣の女子が引いているように見えるが、きっと気のせいではないだろう。
◇
場面は変わって廊下。
この学園ではソルクラス、ルナクラス、ステラクラスという三つのクラスが存在する。
あらかじめ指定された『ステラクラス』教室に入室すると同時に、辺りを見渡してみる。
……大学の講義室みたいな感じなんだな。高校だから日本に居た頃の教室とほとんど同じかと思っていたが、そこはまあ異世界。やっぱり色々と違うんだな。
といっても、あくまで俺が通っていた高校が普通だっただけで、他の高校はこういう感じかもしれない。
自己解決して少し満足した俺は、あらかじめ指定されている席に向かう。
この講義室では、少し横に長い机が横列に4個、縦列に5個となるように配置されている。合計すると20個、簡単な掛け算だ。
机1つには椅子が3つ設置されており、それが×20になるため、合計60個の椅子があることになる。つまり生徒の数は60人、三つのクラスがあるから合計180人の生徒がいる。これも簡単な掛け算。
どうやら俺の席は一番後ろの列の左から2番目の左席のようだ。
簡単に計算し終えた俺は、指定された席の前に到着し、椅子に腰かけようとする。
「……いや、待てよ?」
この席は当たりなのか、外れなのか、どっちだ?
席に座ろうとする前に思わず立ち尽くしてしまう。
日本に居た頃のアニメ、漫画、小説を思い出す。
学園系のものは、必ず最初に席を探すところから始まる。
指定された席を探すと、そこは何と一番後ろの端という大当たりの席ではありませんか。
で、そんな大当たりの席を獲得した張本人は決まって誰になるか?
「主人公……!」
主人公である。
幸い俺の席は一番後ろではあるものの端ではない。
とはいえ当たり席に近いというのは覆しようのない事実。
「いっそのこと教師を脅して席を変えてもらうか……?」
周りから見ればただのやばい奴の発言だが、さすがに脅そうとするのはやめた。問題児になるのはさすがに不味い。
席の前で首を傾けながら唸っていると、講義室に授業開始のベルが響き渡る。
それを聞いた俺は慌てて席に座り、ベルが鳴る前には座っていましたよという雰囲気を作っておく。
何故か隣から小声で『えっ』という声が聞こえた気がするが、気のせいだろうか。
間もなくして、女性の先生が入室してきた。
「うんうん、みんな揃ってるね。改めまして、アルクレナ秘術学園にようこそ~」
周りを見渡しながら嬉しそうに言う女性の教師。
どうやら俺のクラスの担任になるようだ。
「可愛い……」
「天使だ……」
どこからか男子の感嘆とした声が聞こえてくる。
確かに容姿は愛らしく、多数の生徒から好かれそうな性格も相まっていることから、今後はこの学園における人気教師になるのだろう。
しかし、君たちは何も分かっていない。
「ああいう人物こそ、裏ではドス黒い性格をしているんだ……そう、例えば数多の男を侍らせているとか」
「ええ……」
「ん?」
今度は隣から困惑した声が聞こえてきた。
疑問に思いながら隣を見ると、そこには見覚えがある女子がドン引きしているのが目に映った。
琥珀色の瞳に紺色髪のショートヘアー。
演習場で俺の隣に座っていた子だった。
さっきの小さい『え』っていう声はこの子だったのか。
ここでも一緒だなんて……は、まさか!?
俺はこの状況に既視感を抱く。
確か前世で見たアニメでは……教室で隣になった女子がヒロインになりがちで、出会いもあまり良いものではないものが多かったはずだ。
もちろん良いものはあるが、この場合は良いも悪いも関係ない。
ではどう思っているのか。
隣の席の女子=ヒロイン
ヒロイン=主人公必須
主人公=俺
になってしまうわけだ。
ここは頭を下げてでも断っておかなくては。
「気持ちは嬉しいけど、誰しも向き不向きがあって俺には不向きで絶対受け入れることが出来ないんだごめん」
「えええ……」
おかしい、さらにドン引きされた気がする。
「はいは~い、皆ちゅうもーく!」
隣の女子に物申そうとしたところで、教師の可愛い声が教師に響き渡る。隣の女子が前を向いてしまったため、俺も諦めて前を向いた。
「何かの縁があって皆は今日ここに集まったから……やっぱりすることとなれば一つだよね」
何を言い出すかと思えば……もう入学式に終わっているし、早く学生寮に帰らせてもらいたいものだ。
俺がため息混じりにそう思うと、教師は人差し指をビシッと立てて、声高く宣言した。
「今から、自己紹介をしたいと思います!」
「よしきた絶対に主人公属性をもった人を見つけてやる」
俺が小声でそう言うと、聞こえていたのか隣の女子がまたドン引きしていた。