14.奪うことには罪が伴う
学園生活が始まり数日が経過した。
あのエクスカリバー解体ショー事件から、これといったイベントは発生していない。平和な学園生活を謳歌している。
「物語の根幹は主人公に丸投げして、一般男子の俺は気長に夕陽を背にして寮へと帰る……これが、俺の求めていた平穏な生活だ……」
こんな生活が永遠と続けばいいのに……とは思いつつ、内心懸念していることがあった。
少し前に、ユカネが倒れていた路地裏の方を見る。
「たまたま近道しようとして、あの男に出会ったんだよな……それがフラグになっていないか心配だ……」
路地裏での襲撃事件。被害者はユカネだったが、そこにたまたま突っ込んでしまったのが俺。正直な話、俺はただ近道をしようとしただけであって。あんなところにユカネが倒れていると思わなかったし、いかにもこいつがやりましたという男が佇んでいたのは予想外だった。
「ユカネを死なせるわけにはいかなかったから、あの時は財布を奪って気を引かせようとしたが……まさか本気で殺りにくるとは思わなかった……」
ちなみに生活の足しにしたかったのは事実だ。最終的にユカネに全てあげたが……金はどんな人物でも持つ資格がある、いくらあっても困らない。
これをきっかけに、俺に変なのが寄ってこなければ良いな……
内心でそう思い、路地裏の方を見ていた視線を逸らし、気持ちを切り替えるように街道を歩き出す。
今日は帰って何しようか……そう思っていたときだった。
「さすがに乗せすぎてしまったか?
……バランスが不安定だ。どうしたものか」
アイスクリームを20段ぐらい乗せており、右手でコーンを持ちながら、左手を顎に添えている変人が現れた。
よく分からない光景に一瞬呆気にとられたが、あまり関わるべきではないと判断した俺は、横を素通りしようとする。しかし、相手は俺の存在に気付いたらしく、無情にも話しかけてきた。
「お前は……ユカネの隣に居た奴か? 奇遇だな。寮に向かっているのか?」
「……ああ、まあ……」
紫髪にメガネをかけている長身の男子生徒。第一印象はそんな感じ。
……話しかけるのは別に良いと思うが、アイスクリームがずっと左右に揺れている。めちゃくちゃ気になる。
「確かシムノというんだったな。挨拶が遅れた、知っているかもしれないが、俺はレイソン・アークァーと言う」
律儀に簡単な自己紹介までしてくれた。素晴らしい精神だと思うが、アイスクリームをなんとかしろって。
「……シムノ・アンチだ。こちらこそよろしく、レイソン・アイース」
「アークァーだ。フルネームじゃなく、気軽にレイソンと呼んでくれ。その方が呼びやすいだろう」
また名前を間違えた。何でこんなにも言うことが出来ないのか。
「……ごめん、なんでかは分からないけど、何故か言えないんだよな……」
「気にしないでくれ、他の皆も同じだからな」
余計に気になるんだが、皆も同じとか普通に残酷でしかない。レイソンは永遠にフルネームで呼ばれることはないのだろうか。
「じゃあ……さっそくだがレイソン、その手に持っているのは何だ?」
さっきから視界の端に映っているアイスクリームを指差しながら、レイソンに問う。
「アイスだ」
「そりゃそうだけどさ」
物を聞いてるんじゃないんだよな。
「積みすぎだろ、これ。何段あるんだ?」
「25段だな」
20段ですらなかった。もはや芸術の領域だ。
「いくらなんでも積みすぎじゃないか? 普通は3段ぐらいだろ?」
「それじゃあ俺の胃袋は満たせないだろう。アイスクリームを買うときは、最低20段は積むようにしている。生命の源だからな」
変人を通り越して狂人だった。アイスクリームを源にしている体とかどうなっているんだ。
「シムノも食べるか?」
右手を前に出し、俺にアイスクリームをあげようとする。
「どうやって食べるんだ?」
当然、食べ方が分からない俺はレイソンに疑問を投げる。
「こうやって食べるんだ」
コーンを少し揺らし、一番上に乗っていたアイスクリーム落とす。
レイソンは顔を上に向け、口を開ける。
アイスクリームはレイソンの口の中に吸い込まれるように入っていき、一口で一段分のアイスを食べることが出来た。
「こうやって食べるんだ」
大事なことだからかもう一度言った。
「癖つよ」
俺はそう思わずにはいられなかった。
「シムノにも出来るはずだ」
「上手く落としてくれよ」
俺はそう言って、上を向きながら口を開け待機する。
レイソンがコーンを揺らし、一番上に乗っていたアイスクリームがふわりと落ち、的確に俺の口の中に吸い込まれた。冷たい甘さが瞬く間に口の中に広がり、溶けていくクリーミーな食間が舌を包む。どうやらバニラアイスだったようだ。
「美味いか」
「美味い」
「それは良かった」
レイソンは僅かに微笑んだ。
「で、残りのアイスはもちろん……」
「残さず俺が食べる」
ですよね。
「じゃあ、俺も寮に帰るか」
「何だ、もう帰るのか?」
「若干眠いんだよ、帰ったら寝ようかと思ってる」
「そうか」
レイソンはこちらを見たままコーンを揺らし、アイスクリームを口でキャッチし、咀嚼する。
「俺はもう少し、アイスを食べながら散歩しようと思っている。またな、シムノ」
「本気で全部食うんだな……じゃ」
お互いが軽く手をあげ、俺が寮に向かう。
────その刹那、近くから叫び声が聞こえてきた。
「泥棒よー! 誰か止めてー!」
二次元ではよく聞きそうで、三次元では聞かなそうな叫び声が、俺の耳に反響した。
「どけどけどけええぇぇ!」
黒いフェイスマスクを被り、バックを抱えた男が、大声で叫びながらこちらに向かってくる。男は俺の肩に勢いよくぶつかり、そのまま一瞥もくれずに走り去っていく。
「あいつ、思いっきりぶつかってきたな……」
そんなことを言う俺は、強盗を追いかける気は微塵も無かった。
こういうのは、どこからともなく主人公が撃退してくれるだろう。
俺は関わらず、帰らせてもらうことにしよう。
そう思い俺は帰路を辿ろうとしたが……あることに気付いてしまった。
「あいつが向かった先はアイスを持ったレイソンが────!?」
俺はすぐに振り返った。
レイソンに、『危ない!』と、叫ぼうとした。
────だが、全てが手遅れだった。
「どけ!」
覆面の男は、レイソンの肩にぶつかった。
その瞬間、レイソンの手に持っていた23段分のアイスがぐらりと揺れ、崩れ落ちる。
アイスの層が次々と落ち、色とりどりのアイスクリームが無残に散らばる様子が、まるでスローモーションのように目の前で繰り広げられる。
レイソンは、真顔で唖然としていた。
「……大丈夫か?」
レイソンの側に近づき、カラフルになった地面を見つめながら話しかける。
「……」
返事がない。ただ、メガネがずれていた。
「……レイソン・アンポン?」
フルネームで呼び掛けるが、相変わらず何故か間違えてしまう。それでも、レイソンはカラフルになった地面を見つめたまま、何の反応も示さない。
「……レイソン、生きて────」
生きてるか。そう問いかけようとした時だった。
「シムノ」
地面を見つめたまま、俺に話しかけてきた。
「……どうした?」
「……俺は、あいつにこう言ってやりたい」
顔を上げ、覆面男が逃走している背を見る。
「失うことに罪はない」
レイソンは右手にアルカナを集中させ、ある物を生成した。
────ピストルだ。
「しかし、奪うことは罪を伴う、と」
刹那、レイソンは一瞬で覆面男に標準を合わせ、トリガーを引いた。
銃声が辺りに響き、放たれた弾丸が空気を切り裂いていく。
逃げる覆面男はその音に反応する間もなく、弾丸が右足を掠めた。
「ぐあッ!?」
突然走った痛みに動揺し、抱えていたバッグを手放し、前のめりになりながら横転した。
「くそっ、痛え……!」
激痛とまではいかないが、立つことは難しい痛み。覆面男は地面に突っ伏しながら悶えていた。
「おい」
そんな状況の中、覆面男の頭上から男の声が聞こえてくる。
「あっ? なんだよこっちはいま痛えヒッ!?」
悶えてる状況で、声をかけてくるやつに怒りを覚えたのだろう。顔を上げ文句を言おうとしたが、ある物が視界に捉え、怯えてしまった。
「大事なことだからもう一度言おう」
覆面男が視界に捉えたのは、ピストルの銃口だったからだ。
「失うことに罪はない」
トリガーに指をかける。
「────奪うことには、罪が伴う」
覆面男に断罪を下し、躊躇なくトリガーを引いた。
「うわあああぁぁああ!」
叫び声が響き渡る中、レイソンは次々と覆面男に向けて発泡していく。銃声が続けざまに響き、覆面男だけでなく、周囲の人間も恐怖に陥れていた。
「……失ったものは取り返すことは出来ない。お前はそれほどの罪を犯した。次同じことしたら……どうなるかは、保証できない」
覆面男を囲むように銃弾を放ったレイソンは、既に気絶していた覆面男に吐き捨てるように脅した。
「こっちです! あそこに倒れている覆面男です!」
先程バッグを盗まれた女性が、防衛者を連れて現場に到着したようだ。どうやら途中から追いかけるのをやめて、防衛者を呼びに行っていたのだろう。
「お前だな、バッグを窃盗した奴は、現行犯捕獲する……うわっ!? 足から血が出てるし、こいつの周りに小さいクレーターが出来ている……きみがやったのかい?」
一瞬驚きこそしたが、そこはやはり防衛者。すぐに冷静になり、近くに居たレイソンに問いかける。
「バッグを盗んだあげく、勢いのまま俺の方に突っ込んできたので、正当防衛で足を封じました。小さいクレーターについては、万が一死んでしまった時に用意したチョーク・アウトラインです」
「俺を勝手に死体扱いするな!」
いつの間にか目覚めた覆面男が、死体扱いされたことに思わず突っ込む。
ピストルでチョーク・アウトラインをしている人は史上初に違いない。異世界だから、そういうこともあるかもしれないが。
「詳しい事情は、本部に言って聞かせてもらう。お前は大人しく着いてこい! 申し訳ないけど、君にも事情聴取したいから、本部まで一緒に来てくれないかい?」
「……分かりました、行きます」
いまアイスと葛藤しただろ。
「ごめんね、なるべく早く終わらせるから。それじゃあ行こうか」
防衛者は、覆面男の手首をアルカナで縛り付け、両手を固定した後、本部に向けて歩き出す。
レイソンは防衛者についていく直前に俺の方を向き、申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
俺は軽く頷いて、大丈夫だと伝える。
俺の意図を把握したレイソンは、今度こそ防衛者の後ろについていった。
「想像以上に癖が強い男だったな……」
アイスは二十五段も積むほどの甘いもの好きだし、簡単にバズーカやピストルをぶっぱなす男。普通の男ではないことは分かる。
「……まあ、いまのところ、ユカネほどの魅力は感じないか」
小さく呟いて、空を見上げる。
「……あっ」
そこで、俺はあることを忘れていたことに気付いた。
「何でバズーカとピストルを知っているのかを聞くの忘れた……」




