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10.血に混じる狂気


 「……シムノ・アンチ、何の特徴もない普通の学生、アルカナランクは驚異のF-、何故か一人の男に執着しているという噂……ははっそんな奴が、まさかこんなところに迷い込むとはな」


 不審者から出たのは嘲笑。


 シムノという男に、何も価値を見いだしていないのだろう。


 「ただ、ここに来たのは運が悪かったな。この女を殺すところを目の当たりすることになるんだからな」


 ユカネに指を差す不審者。


 それに釣られてシムノも指を差す先を見た。


 そして、ここで初めて、地面に倒れているのはユカネと知ることになる。


 「……に……て」


 逃げてと叫ぼうとしても、声になってシムノに届くことはない。


 このままだと2人一緒に死んでしまう。


 F-の男が、Cの男に太刀打ち出来るなど、ユカネにはそんなビジョンを想像することは出来ない。


 せめて、私が動けるようになれば。


 そう思い全身に力を入れるも、身体はいうことを聞いてくれない。麻痺により、動かすことすら拒絶されている感覚がした。


 「お前の場合、捻れば一瞬で血を全部ぶちまけれるからな。まずはそこで、この女がくたばる瞬間を見届けさせてやるよ。その後に、この女を追えるようにしてやる」


 不審者は再びナイフ……ではなく、今度は太刀を生成し、右手で柄を握りしめる。


 「あばよ、ユカネ・カトリーヌ。同級生の前で盛大に首を天にまで運んでやるよ」


 不審者が太刀を高く掲げる。


 「……ず、い、に……げて」


 ユカネは自分の死の瞬間を見られたくない思いと、私のせいで巻き込んでしまったという自責にかられる思いが重なる。


 死にたくない、死ぬわけにはいかない。だが、シムノ君を巻き込むわけにはいかない。


 そんなことを考えていたら、既に不審者は太刀をユカネの首に向かって振り下ろそうとしていた。


 「───ぁ」


 ユカネが感じたのは、抗えない恐怖。力はこちらの方があるはずなのに、何も出来ない無力感。


 この瞬間、ユカネは悟ってしまった。


 ────死んでしまう、と。


 「じゃあな」


 太刀が、振り下ろされるであろう刹那に────


 「──新生活に必要な物って何か分かるか?」


 「────はっ?」


 不審者の動きが、シムノの言葉によって停止した。


 不審者は、困惑したような表情を浮かべ、シムノを見据える。


 「何言ってんだおまえ?」


 シムノはその言葉を無視し、一人で喋り続ける。


 「ベット、テーブル、椅子、クローゼット、包丁……」


 シムノはゆっくりと不審者に向かって近づいていく。


 「平穏、友達、アルカナ、女、主人公……どれもこれも新生活には欠かせないものだな」


 不審者の目の前まで来たと思えば、今度は背を向け、ゆっくりと歩き出す。


 「ただ、それらのものには元となるものが必ず存在する……絶対に、生きていく上では必要不可欠なものだな」


 「……なに言ってるんだ?」


 いきなり語りだし始めたら、誰もが困惑するのは必然。脳が麻痺しているユカネも、例外ではなかった。


 しかし、不審者が困惑しながら疑問を投げ掛けると、シムノの口元がつり上がり、右手をポケットに突っ込むと、あるものを取り出した。


 「────それは、お金だ」


 不審者の目が見開く。ユカネも見開く。


 シムノが右手の親指と人差し指で掴んでいたものは、財布だった。


 「っ! てめっ、いつの間に財布を盗みやがった!?」


 ここで初めて、不審者は動揺の姿勢を見せた。


 ユカネも同様に、動揺していた。


 「これを、新生活の足しにさせてもらう! じゃあな、見知らぬ男よ!」


 そうしてシムノは、全速力で不審者が居る反対方向に駆け出した。


 「俺をコケにしやがって! 絶対にぶち殺す!」


 不審者の額には怒筋が浮かび上がっており、相当キレていることが一目見て分かった。


 持っていた太刀を、シムノに向かって投擲する。


 シムノはそれを紙一重で避け、路地裏の横道に曲がっていった。


 「粉々にして殺す!」


 不審者は地面を蹴りだし、シムノが曲がっていった同じ方向に向かっていった。


 「……」


 そうして、取り残されたユカネ・カトリーヌ。


 「……あははっ……眠っちゃいそう」


 呂律は復活したが、全身は痺れ続け、体力が消耗していた。


 「……おや、すみ」


 そのままユカネは、疲れを癒すかのように、夢の世界に旅立っていった。




 ◇




 『アローフィンガー』


 不審者は叫び、矢印の形をした鋭利な物体を複数生成する。


 それを、目の前で逃げてる男に向かって、思い切り解き放つ。


 しかし、シムノは全て紙一重で避け、行き場の失った矢印は、無惨にも壁に突き刺さり消滅する。


 「くっそ、ちょこまかと避けやがって……!」


 散々コケにされてきた不審者は、怒筋の数が増えつつあった。相手のアルカナランクはF-だから、瞬殺できるだろう。そう考えていたのに、実際はただ逃げているだけの臆病者、しかも攻撃は全部避けられる。


 イラつかないはずがない。


 しかし、これがシムノの狙いでもあった。


 「どの世界でも、お金は神様ごとく大切に扱うものだからな。それをこうやって簡単に盗まれるお前が悪い!」


 「明らかにおまえの方が悪いだろうが……よっ!」


 不審者は再びアローフィンガーを繰り出すが、全て紙一重で避けられる。


 そして、不審者の怒りが募る。


 「地の果てまで追いかけてやるっ!」


 もう、不審者は冷静では無くなっていた。


 「やれるものならやってみろっ……て」


 そこで、ついにシムノが動きを止めた。


 「はっはっはっ、袋小路とはまさにこのことだな!」


 数分間にも及ぶ、路地裏での逃走劇。


 それは、シムノの目の前に立ちはだかる高い壁によって終わりを迎えた。


 「ここまで手間取らせやがって……普通に死ねると思わないことだな」


 不審者が指を鳴らす。


 次の瞬間には、シムノを囲うように、複数のアローフィンガーの切っ先が向けられていた。


 「今からお前は串刺しになる。残骸すら残らないぐらい全身を削ぎ落としてやるよ!」


 不審者は豪快に笑う。


 勝ちを確信しているのだろう。


 例えるなら、シムノはネズミで、不審者はドラゴン。天と地ほどの実力の差があり、結果は目をつむってでも正解できる。


 「ああ……でも、こういう時は確か……そうだ、最後の遺言ってやつか? 俺は寛大だからな、特別に聞いてやるよ」


 ニヤニヤと嗤う不審者。少しでもアルティメットを唱えれば、シムノに命は無い。


 それはあまり面白くない。と考えた不審者は、この状況を楽しむためだけに、遺言を催促したのだ。


 ────どちらであろうと、会った時点で運命は決まっていたというのに。


 「……じゃあ、名前は?」


 「はあ?」


 「だから、名前は?」


 「……ああ、そういやあの女にも名乗っていなかったな。でも、おまえ面白い奴だな。遺言で名前を聞くやつは初めて見たぜ」


 不審者の言い分から予想するに、日頃から人を殺め、その度に遺言を吐かせてきたのだろう。嘲笑いながら、罪のある人間、罪のない人間を、何人もこの地から消しさってきた事は、容易に想像出来た。


 「良いぜ、特別に名乗ってやる。俺の名前は……」


 ついに明かされた、不審者の名前。


 「ドロマル・ガンチョだ」


 ────同じアルクレナ人として。


 「ダサっ」


 正直な感想を言うことにした。


 『アローフィンガああああぁぁぁぁ!』

 

 刹那、怒り狂ったドロマルによって、矢印の切っ先がシムノの皮膚を削ぎ落とし、突き刺した。


 勢いが凄まじいせいか、周囲に煙が充満し、次第にシムノの姿は見えなくなった。


 「はあ、はぁ、は……」


 シムノの煽りによって怒り狂ったドロマルは、過去最高に心身共に疲労困憊していた。


 「はっ、はっ……久々に、全力を、出してやったぜ……」


 これはドロマルの本音である。今までは、確実に殺せる人間を対象に絞ることで、安全安心に利益を生み出していた。


 日頃から慢心していたドロマルにとって、アルカナランクがF-の男に本気を出したことは、前代未聞になりえるほどの出来事だった。


 「あばよ、シムノ・アンチ……! 出来ることなら、生まれ変わらないでくれよ……!」


 そして初めて、殺した相手に向かって一生のお願いを使うことになった。


 ────使えれば、良かった。


 「がっ!?」


 安心したのも束の間、ドロマルの肩に何かの衝撃が走る。


 「ってえ! なん……だ?」


 ドロマルは自分の右肩を見て、戦慄した。


 「やじ、るし……?」


 自分のアルティメットが、自分の身体に突き刺さっていた事実に。


 再び、煙の中から一筋の矢印が飛び出してくる。


 ドロマルは避ける間もなく、鋭く右肩に突き刺さる。痛みが走り、息が詰まりそうになるぐらいの衝撃に襲われる。


 「っぐ、ぐそが……!」


 肩に走る激痛に悶えていると、目の前の煙が徐々に薄れていく。


 そして、ドロマルは視界に捉えた。


 「……なんだ、こいつ……」


 全身に矢印が突き刺さった血だらけの男が、口元を歪め、不気味な笑みを浮かべていた。


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