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異世界風聞録  作者: 焼魚圭
第三幕 竜の少女を信仰する国
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証明

 時はいくらでも闇へと溶ける。飽和など知らないとでもいったように、満腹など分からないというように。やがてアナが聞き取った子供たちの声、気が付いた時にはもう既に動き始めていた。ふたりを起こしマーガレットの到着を伝えた。

 立ち上がり、平気を装い寝不足の身体に鞭を打つように。それは先ほど少年を咎めた魔女が取ってしまって良い行動なのだろうか。明らかな嘘なのだから。優しい嘘、誰も不幸にしないための隠し事。ただそれだけの話、あの少年のものとは明らかに異なるものだった。


「やっほー、リリちゃん。こどもたち連れてきたよ」


 これから始まる。信じてもらえない光景を目にした男の子がかつて見たあの景色の再現が。時は早朝、未だ日は昇らず。リリはアナと幹人を船に乗せて海を、まだまだ青くはならない海の絨毯を渡り続けて。

 たどり着いたそこで船は止まり、子どもたちの視線が岸の上から注がれていた。


「さあて、始めようか」


 リリは幹人を連れて空へと上がり、急直下の風を思い切り放つ。海は割れてそこに現れた島に降り立って、リリはアナも迎えに行った。

 そうしている間にマーガレットが懸命に子どもたちに説明をしていた。その表情からは大きな慌てが見受けられた。


「えー、こちらに見える島、これは海の潮の満ち引きが関係してるんだよ。潮が引いてる時には海の水が浅くなって、海に深く沈んでた島がこう……厚い海に隠された島だけどそれを隠す水が減ってるの」


 専門外の科目を突然受け持つとこのように上手くせつめいする事が困難なのだろうか。拙い説明は身振り手振りが混ざりどうにか繋がり続いていった。


「でね、こう浅くなった島だけどこのままじゃ見えないよね。だけどその時に強い風がちょうど水を跳ね除けるように吹いてたら、まだ海に潜ってたはずの島が顔を覗かせるんだよ」


 子どもたちは驚きにあふれていた。どれだけ顔に出してはしゃいでも足りないその驚きの感情はずっとその場で踊り回り激しく跳ねて忙しく騒がしく、この上なく愉快だった。

 さあて、戻ろうか―― 真実を証明して見せて、やがては昇るはずの陽のない空を見つめながらリリは箒に跨り幹人を乗せる。


「風を上手く使うんだよ」


 アナを沈めてしまわないように、慎重に風の扱い向き強さを上手く作り、張り詰めた神経の糸は今にも千切れてしまいそう。



 アナを殺してたまるか


 絶対に上手くやってやる


 あの子は今から幸せになるんだから


 あの子の知らない幸せをこれから学んで行くんだよ


 誰を教師にするわけでもなく



 幹人は例の島の外側を覆う風を途切れさせないように力を入れ意志を込める。

 船に降ろされてリリが戻って行って続いてはアナの番。アナを乗せて小さな島を抜けて空へと、あの濃い青へと飛び上がる。アナの純粋な色をした瞳に映るもの、それはごくごく普通の絶景だった。小さな島が浮かぶどこまでも広がる海。それがとても爽やかで冷たくて。


「昨日私たちが戦ったのは、こんなにもきれいな場所だったんだな」


 手を伸ばし、届くことのない景色をつかもうとして、それは叶わなくて。この前飛んだ時には味わうことのなかった景色に見惚れていた。


「今からアナが見たかったあれが見られるよ」


 幹人は魔法をといて、海は奪われていた自由を取り戻した。再び島を飲み込み始めて。


「おおっ、スゲー景色」


 瞳の輝きは昇りつつある太陽にも負けることのない明るさを持って、心の世界を照らしていた。波は島を覆い、島など飲み込んでしまってそこにあるのは初めからなかったようにどこまでも青い海だけだった。


「海ってスゲーよな、どこまで続いてるんだろ」


 単純な疑問、世界を一度巡ったリリにも答えることなどできない。幹人は7割と答えようとして思いとどまった。この世界の海と陸の比率が地球上に存在する教科書と一致しているとは限らない。ここはあくまでも異界なのだから。一応地球の文明の発達を知っていればあとは勇者と呼ばれし者に乱された文明を少し観察するだけで少しは把握できるようだが、偉大なる海の比率に他所の世界さまで得た知識で言及することなど大いに間違えていることだった。

 これからどう動くか、こう動く。船をこぐ。当然のこと。海は辺りの熱をどれほどまで奪い去ってしまうのだろう。冷たい海が肌を刺し、氷に触れるような痛みを根深く残して震えが止まらない。晩秋の海は容赦のない冬のよう。この寒さが陸にまで広がった時、果たして幹人は耐えることが出来るのだろうか、不安で仕方がなかった。

 アナに至っては顔が青ざめていた。今の服では寒さから身を守るには不満。頼りないことこの上なかった。


「さみい、はや、早く」


 声まで震えてかじかんだ手には上手く力が入らない。こればかりは避けられないこと。昨夜は漁師の中年が色々用意していたものの、今この場に残っている物は船と櫂、ただそれだけ。リリは幹人まで震えている様子を見て取って櫂を素早く扱って風のような速度で進み、やがては陸へと上がり切ったのだった。

 愛するあの子の頭を撫でながら、ふたりを抱き締めながら歩く。


「大丈夫かしら、このままだと」


 リズもリリの腕の中に入り、ふたりを温めようと必死に身体を広げていた。

 そんな彼らを拍手で出迎える子どもたちもマーガレットの指示で船を片付ける子たちも、明るさだけで生きているように思えるマーガレットも、全てが温かくて美しく見えていた。余裕というフィルターが剝がされてむき出しとなった心で見つめる世界というものは、この上なく美しくて鮮やかだった。

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