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異世界風聞録  作者: 焼魚圭
第三幕 竜の少女を信仰する国
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手伝い

 これから始まるのだという漁の手伝い。そのために必要な木のバケツと網は用意された。中年の説明によって幕が開けたのだという自覚を持たされた。


「今日の漁ではアカモウオを獲ろうと思っている。あれは今どきの人気だからな」

「あ……アカモウオだって!?」


 アナの目は見開かれ、ともに大袈裟な輝きも向けられていた。


「アナの大好物だもの、とてもうれしいだろうね」


 リリの言葉にアナは激しく頷いた。それを愛おしいものを、懐かしいものを見るような目線で見つめる幹人がいた。かつてはそのような時期もあったことだろう。

――なんだかこどもみたいだな

 盗賊生活はそれほどまでに苦しかったのだろうか。そうした日々を送ってきたために手に入れたもの、平凡への愛。苦い人生を送ってきたアナにとっては些細なことのひとつですら楽しさの欠片となりえた。


「なあなあ幹人、組み合わせどうすんだ? 私とソイツ一緒にしたら襲ってくんだよな」


――俺に振るな、代表通せ

 現代日本での手抜きの言葉を投げ込もうと思いつつも思いとどまって。事情を中年に話すことでアナと中年、リリと幹人と少年という組み合わせを繰っていただいた。少年とリリを交互にみつめながら中年は表情を大きく崩壊させた。


「魔女さまなら問題ないだろう、エロの力は偉大だが金にはならねえし愛には勝てないよな」


 エロ息子の心の是正教育はすでに放り投げているそうで、間違えた対処法を良しとしているダメオヤジがそこにはいた。

 網を使った漁、船に大きな松明を括りつけてマッチに火をつけて灯した。


「それにしても便利になったな、俺が小さかったころは火を点けるのもひと苦労だったな」


 話によればあるひとつの国、騎士の通ずる道の国が大きく発展して『霧に覆われし眠らぬ国』へと変わったあとのこと。様々な道具が生み出されて恐ろしい程に便利になったのだという。歴史書など重要なものに用いるには寿命の面で頼りないものの、この世で初めて大量生産された紙は『酸の紙』と呼ばれ、弓に代わる銃にも装填の手間が省かれて更に便利な拳銃と呼ばれる道具が作られ、今まさに使っている『いつ発火するか分からない危険なマッチ』が発明されたのだという。

 幹人は深く頷きながらそれぞれの道具への評価を心に仕舞っていた。



 酸性紙かぁ、五十年もつならこの世の今の住人の大半より寿命が長いみたいだね


 拳銃は暴発が怖いなあ、元の世界でも慎重に扱わないとダメらしいけど


 マッチは……黄リンが原料だからだね赤リン待ち



 歴史を少し学んでいればよく分かる世界、とはいえども無双が出来るわけでもない世界。この平凡な異界生活の中、漁へ、つまり肉体労働を強いられていた。

 黄リンを被った頭を箱の側面にこすりつけて灯す様は最後まで見届けられた。続いて船を出し、沖へと向かうのだそうだ。


 中年とアナ


 少年とリリと幹人


 二隻の船は海に浸かり、泳いで行く。向かうべき場所はこの国で盛んに獲れるアカモウオが大勢で住んでいる場所。


「さあ行くぞ行くぞ行くぞ」


 いつも通りなのだろうか、無駄に張り切って燃え上がる中年。いつも通りなのだろう、煌々と瞳を輝かせて燃え盛るアナ。一方で海を見つめては悠々とした態度で佇むリリと揺れに翻弄されてよろめきながらもどうにかこうにか墨のごとき海に飲み込まれないように船に掴まる幹人と無駄に興奮気味な少年がいた。興奮を隠すことない少年は息を荒らげて激しく震えていた。


「ここでカッコいいとこ見せてあのガキからリリさんを奪うんだ!」


――お前もガキだよ年齢数えろ教えろ

 きっと誕生日をあまり気にしていないこの辺りの国々では新しい一年が幕を開くとともに年齢が増える制度を取っているであろう。環境を見るからに詳細な年齢を把握していない可能性も考えられた。

 余計なことを考えつつ自らの命を海に落としてしまわないように気を付けながら待ち続けた。時にはリリに掴まり、リリもまた幹人を抱き締めてうずくまって、時としてリリが立ち上がって船を漕いで黒い海空一色の中を頼りない光と力で進んで。波は船を叩いて揺らして独特な笑い声を上げていた。

 腕の痛みのあまり目を細めてしかめっ面のリリ。筋力にはあまり自信がないといったところだろう。

 張り切る少年はリリから無言で舵を取り上げてひとり舵を取る。得意げに微笑んで見せるものの、リリの表情は陰にまみれていた。幹人に顔を近づけてこそりと会話を進めていた。


「あの人、男らしさを飾り付けるあまり滑っているようだね」

「そうなんだ」


 幹人にはよく分からなかったが、リリの気に召さなかったらしい。

 そうしてたどり着いたそこは見た目は何も変わらない海のどことも分からないところだった。


「ここで網を投げ込むんだぜ、波が弱いここでな」


 リリに対して白い歯むき出しで得意げの色を強めて見せて、少年は網を持ち上げた。そうした一連の動作全ての中にリリへの感情が込められているような気がしていた。


 この世界の価値観全体からリリ姉への恋心がなくなってしまえばいいのに


 身勝手ながらに湧いて出てきてしまう昏い感情。リリの恋の瞳は幹人のことしか見ていない、それに気が付いてしまったがためにますます強く色濃く味が染み出て来る。

 人の感情などよそに、少年は網を投げて、中年もまた網を投げて。



 それから揺れに揺れた一時間ののち、引き揚げられた網にかかったアカモウオの大群に歓喜しつつも網の底にて待ち構えた存在に一同目を大きく見開いていた。

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