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異世界風聞録  作者: 焼魚圭
第三幕 竜の少女を信仰する国
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条件

 風車が刺してある家を背にしてリリたちは家の住人のふたりと向かい合っていた。


「お願い。私たちは勉強してる子どもたちの中にひとりぼっちの子がいて、その子の流した噂がホントだって示すために船を貸して」


 そうした言葉にどれほどの気持ちを込めていただろう。男ふたりは嚙み砕き飲み込むように言葉の端から端を見て取って、笑い声を上げる。


「なんだ、それなら構わないな」


 幹人が礼を言おうと頭を下げたその時のことだった。


「ただし、無賃乗船無償貸与は受け付けないな」


 三人揃いもそろってバリエーション豊かな驚きの表情をしていた。返しにふたりの男も驚いて、この場の驚愕のバリエーションを増やし彩っていた。


「そりゃあそうだろ、いくらなんでもタダではいどうぞはないだろ」


 少し借りるだけだぞ、ケチ臭いなお前ら。アナの言葉はふたりの手によって押し退けられて、条件は訊ねられた。中年がガラガラザラザラした声を響かせて答える。声は必要以上に響いて耳に叩きつけられてリズは思わず小さな手で長い耳を押さえつけていた。


「身体で払えってことだ」

「身体……嬉しいな嬉しいな」

「んなイヤらしいことじゃねえよバカ息子」


 条件を叩きつける中年と意味を取り違えた少年親子、もはや漫才にしか見えなかった。一方でアナに関しては張り切った表情で腕を回していた。


「身体で……試合の始まりってな。シンプルでいいじゃねえか、私好みだ」


――意味捉え違えすぎだろみんな違ってみんなおかしい

 周りの行動のおかしさについつい現れてしまったツッコミを心の中に仕舞っておいて、どうにか話を進める。


「つまり、日雇いバイトですね」

「おおっ、分かってくれたか。このエロ息子にもその理解力分けてくれよ」


 この救いようのない変態に理解力を。ほとんど不可能な話であった。頭の中にいやらしさしか詰まっていないこの人物の耳におめでたい桃色の言葉以外のものが入ってくると思えない、耳から入って脳を直通して反対側の耳から通り抜けるような気がしていた。つまり、生きることとイヤらしいことしか頭にない時期なのだ。


「で、バイトって」


 中年は豪快に笑う。またしても声が不快に響いていた。


「漁の手伝いに決まってるだろう」


 完全にこき使う気満々な中年は早速風車咲き誇る家の中へと入って行った。曰く、いくつかの風車の回り具合いから風向きと強さを見て漁に出るか否か、決める。風が強くて漁に出られない日が来ようものなら一応生きるため程度に身に着けた狩りを行なうのだそうだ。

 漁か猟か、中年の目は風車の回り具合いの見定めを始めた。一つ目の遊び具合い、二つ目の遊び具合い、三つ目ののんびり具合い。眺めて観察して中年は目を閉じて黙り込む。

 リリは首を傾げ、アナは笑顔で風車のひとつを指で弾いて回して遊び幹人はただ待っていた。

 やがて目は開かれ口で伝えられる観察結果をただ聞いていた。


「安心しろ、無事漁に出れるぞ」


 つまり、中年の提案通りに日雇いの夜勤の労働が始まるのだという。

――大丈夫かな、ここで働くの

 労働時間、基本給、怪我の保険。この世界、それも小さな未発展の村での労働は法律による整備など一切入っていないもので、不安しか湧いて出てこなかった。そんな中で始まる初めての仕事。中年は家の壁の方を指した。壁にもたれかかるように置かれた三隻の船が目に入る。


「そいつを使って漁を行うんだ」


 説明をしている間にも少年の方はいなくなっていた。きっと漁に必要なものを取りに行っているのだろう。ついでにアナもいなくなっていた。

――え? なんで

 幹人の不安だらけの心におもりが乗せられていた。押しつぶされてしまいそうなほどの心労もあったというものだ。

 リリは妖しく微笑んで中年に訊ねを吹き込んだ。


「おやおや、大丈夫かい? あっちの男の子、アナを連れ去ってしまったみたいだけど」


 それは大丈夫ではなかった。大切な仲間がどのような目にあっているのか、想像するだけで果てしない震えが止まらない。


「俺見てきますね」


 幹人の頭の中ではイヤらしい想像とそれに対する怯えが繰り広げられていた。このままではアナの純粋が失われてしまう、そのようなことしか考えられなかった。この世界の大半の地域では顔など気にしない人が殆ど、というより気にする余裕などないといったところであろう。出会った女のひとりひとりが宝のようなものだと考える男が多くておまけに今回の彼に至っては身体で払うことをお約束通りに間違えるような人物。下半身に頭脳を乗っ取られたと言っても過言ではないような人物が取る行動など分かり切っていた。


「大丈夫か、アナ!!」


 叫びと共に開かれたドアの向こうでは凄惨な光景が繰り広げられていた。


「ほらほら、しっかり運べ、私のことが欲しいってならしっかりしたとこ見せてみろって話」


 ひぃ……。情けない声が心の悲痛を語っていた。少年は、狙うべき相手を完全に見誤っていた。幹人の一行は旅の者、特にアナは元盗賊。そう簡単に心を奪われるような容易い相手などではなかった。

 手伝いついでにオトナのご褒美おひとつの要求、少年の正常にして不浄な企みは見事なまでに打ち砕けていた。

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