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異世界風聞録  作者: 焼魚圭
第三幕 竜の少女を信仰する国
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先生

 目の前にいた人々、大人の女性ひとりに子どもたちが何人も群がって女性は地面に棒を当ててなにかを教えている様子。幹人はその光景にどこか見覚えがあった。

 記憶を探り手繰り見いだして。

――授業だ、勉強熱心たちだ!

 学校のない国での授業、偏見で作り上げられた光景の形がそのままそこにあった。癖のある明るい黄色の髪は肩に着かない高さで跳ねていて、笑顔で文字を教える女の印象をより柔らかにしていた。

 邪魔はできない、顔を見合わせながらそういって通り過ぎようとした幹人とリリ。それに反して堂々とした足取りで女の元へと近づく少女がいた。


「よお、アンタらなにやってんの」


 声は過剰なまでに届いたのだろう。女は笑顔のままアナの方へと顔を向けた。薄い青の瞳はアナの顔を見つめていた。


「私は旅行者なんでな。この歳で国を越えて旅するような奴に授業風景とか分かるわけないよな」

「ええっ!? 授業って言っちゃってるじゃん」


 幹人のツッコミなど誰も聞き届けることなく、笑顔の女は「正解、これあげるね」と明るい雰囲気全開で紙切れを手渡した。開いて目を通して、その瞳は見開かれた。


「文字……てかこの紙って『霧に覆われし眠らぬ国』か『北の方の国』の産物じゃねーか」


 ふふーん、正解だよ。詳しいんだね。無邪気な笑顔は素直にアナを讃えていた。しかし、文字の方に関しては眺めては紙を傾け回し首を捻る様子を窺って読めない者だと悟っていた。

 女は地面に棒で紙に書かれた記号のようなものと同じものを書いて。リリはその時点で妖しい笑みをこぼしていた。


「はい、今笑った旅行者さん、娘さんの代わりに答えて」


 指名されるものの、リリは両手を緩く広げて瞳を閉じる。


「確かに読めるけどそれはあなたの生徒に読ませていただこうかしら」


 どこまで読むことが出来るだろう、そう訊ねる様子が表情から見て取れた。小さな女の子が代わりに元気な声で答えてみせる。


「私の名前はマーガレットです、だよね、先生」


 うん、正解。先生のマーガレットは明るい声で女の子を撫でつける。女の子はとても嬉しそうな表情を浮かべていた。


「純粋ね、さてこの素直さはいつまで続くかしら。その内髪が乱れるとか子ども扱いしないでとか言うようになるのでしょうね」


 いい例を知っているわ。そう語ってリリが指した人物、それを目にして幹人の顔が曇った。


「いい例って、自分自身なんだね」


 ええ。同意の言葉と共に頷く魔女の指が向けられた先にいるのは紛れもなくリリ本人だった。

 そんなことを挟み、ちょっとした冷やかしも織り交ぜながら授業は進んだ。幹人にとっては映像の中の世界でしかなかったそれが初めて目の前にて執り行われていたもので、新鮮な気持ちで見つめ続けられていた。

 貴重な時間が過ぎ去ってしまう。大切でも粗末でも、過ぎ行く時が跨ぐ数字は同じもので、幹人にとって今日という時間の経過で作り上げられた想い出はとても価値のあるものに感じられていた。

 昼の授業も終わって生徒たちは帰りの時間となるはずだった。しかし、帰ることなどなく、皆して幹人を取り囲んでいた。

――えっなになに

 囲まれ見回して。小さな子から幹人と同じくらいの年齢と思しき少女まで。みんなの瞳はそれぞれ異なる色彩で同じ輝きをきらきらと揺らめかせながら見つめていた。


「旅行者さん、旅のこと、教えてください」


 そう訊ねる少女。幹人の目に映る人々の中に幹人と同じくらいの歳の男の姿は見られなかった。


「いいけどその前にひとついいかな」


 いいよー、女の子の言葉と男の子の「ダメ! 早く旅のこと話してよ」と急かす言葉の狭間にて、幹人は困り果てていた。見兼ねたマーガレットが近づいてくる。その貌は強い感情を放っていた。


「ダメでしょ! 自分のことしか考えない人はみんなに嫌われるよ」


 男の子は下を向いてごめんなさいと呟いて。一方で幹人の顔には優しい笑顔が浮かんでいた。

――素直で可愛らしいなあ、俺も昔は……いや、もっと大人しかったな!

 思い返せば本音も願いも閉じ込めて、抑えながら生きる姿ばかりが目に浮かぶ。黙り込んで人に従う姿を見たところで、大人たちは完全に同意しているとしか思わない。分かり切った話ではあった。

 年頃の男が誰一人として授業を受けていない理由については少女が話してくれた。


「男の子は大きくなったらみんな農作業をするの。家を継ぐんだってさ」


 少女の言葉に続けて先生がはっきりとした声で言葉を紡ぐ。


「そんな中でも竜狩りの騎士になるって気合い入れて飛び出した子もいるんだけどね」

「先生の夫でしょ」


 うん、正解だよ。にこりと笑う輝かしい女はあまりにも若々しくて、幹人の思う先生の印象とは全くもって異なるものだった。

 話によるとマーガレットの一家はかつて王都の外れの村で狩りをして肉を供給していたそうだ。しかしある日、竜が襲いかかってきて村は悲惨な破壊行為による爪痕を遺して滅びてしまった。竜狩りの騎士の到着など遅く、マーガレットの両親も食い殺されて、マーガレットもまた竜の牙によって引き裂かれようとしていた。

 死を覚悟したその時、マーガレットの身を胃に収めるはずだった口は裂けて辺りに燃えているように赤い血をまき散らし舞わせて噴き出して。

 マーガレットは目の前にて倒れて血を噴き出す身体の上に立つ影を目にした。一見すると少女のようだが、右手は今まさに倒れている猛獣のような形をしていて細い腕とは不釣り合い。頭からも角が生えていて、コウモリを思わせる翼を広げていて、長い尾が生えている。どこからどう見ても竜と人が混ざり合った姿をしていた。

 マーガレットとしては助けてもらったことへの感謝を抱きつつも、竜のような姿に大きな恐怖を覚え、それが同じ特徴を持つ種族を殺したという事実を見て震える感情を肥大化させていた。そこから取った行動、心の底からあふれる恐怖から、目の前の恩人から逃げるという無礼にも程がある行ないだった。走って駆けて急いで逃げてたどり着いた都。そこでようやく落ち着いて、思い返す。


 両親が食い殺された。


 その瞬間が脳裏を過ぎっては頭に強烈な昏い感情を植え付けおぞましい花を咲かせる。打ち付ける悲しみに覆い尽くされて、絶望という味をそこで知った。

 都で毎年募っているという竜狩りの騎士候補生の募集のうわさを聞いて、マーガレットは決意を固めた。

――もうこんな想いをする人なんか出さない!

 募集、それから入団式までの間の生存。その間にたまたま出会った旅行者にこの国の公用文字を軽く教えてもらって生きるための狩りを続けて、どうにか入団式を迎えることが出来た。

 そこで出会ったのが同じく竜狩りの騎士を目指す少年のジェロードとイアン、そして気に食わない女のヘレンだった。

 少なくとものうのうとサボタージュを決行していたヘレン以外はみんな血を吐くような想いを噛み続け、全身の痛みと戦いながらどうにかすごしたその時を過去に変え続け、ようやく訪れた竜狩りの本番初日、ジェロードが森に迷い込んでしまったのであった。

――イヤだ、絶対に助けなきゃ

 大切な仲間を探すマーガレット。騎士としての仕事とはまた別に森の中へと入って探って経過した二か月の間でジェロードは殉職扱い、マーガレットは規律違反で除名処分を受けてしまった。

 竜狩りの騎士ではなくなってしまったマーガレットは居場所も失い彷徨い都の店のアルバイトで凌いで休日を探索に充てていた。

 それからしばらくの時が経ち、竜の少女を讃える祭りが近づいて思い出す。


 竜狩り初日の会話、帰ったら祭りに行くという儚く壊れた約束。


――行こう

 当日休みをもらって踏み出して人混みを掻き分けて、探す探す探す。


 いない見えないそこにいない。

 むなしく終わると思われ諦めかけたその時、目の前にその人は現れた。竜の少女の姿をした少女、この祭りの目玉の竜の少女のコスプレだろうか。そうした想像は想像など全て裏切られていた。竜の少女本人なのだと教えられ、例の惨劇から人々を救いだしたのも自身なのだと言って大きな胸をはち切れてしまいそうなほどに張っていた。

 再会を果たしたジェロードは隣にいる英雄とされし竜の少女などには構わず歩み、一歩、また一歩、マーガレットの方へと歩み寄り。


 ――強く抱き締め唇を重ね合わせた。


 抱き締めるジェロードは目の前に確かにマーガレットがいるのだと確認するように、すり抜けていなくなってしまわないように。

 強くありながらも暖かい感情を込めて抱き締めて、マーガレットの柔らかな唇だけは誰にも渡さないとばかりにしっかりと塞いで。

 顔はあまりにも近くてこの世の何よりも愛しくて。

 この時間は何よりも幸せだった。


 そうした柔らかで暖かで確かな恋の話、マーガレットがジェロードと結ばれるに至った話を終えて、頬に微かな心地よい熱を感じながら前を向いて、表情は一気に愛想笑いへと変わり果てていた。


「ええと、人の恋のお話を使って何やってるのかな」


 乾いた笑いが向けられたそこではリリによる幹人への愛の告白が行なわれていた。

 身体をしっかりと抱き締めて熱い口づけを交わして。


 離したそこで、耳元で、「どんなものよりもキミが好き。私をキミ色に染めておくれ」などと妖しい表情で素直な想いを口にしていた。

 幹人にとってそれはとてもとてもものすごく、恥ずかしくはありつつも幸せなひと時となった。

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