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異世界風聞録  作者: 焼魚圭
第三幕 竜の少女を信仰する国
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まさかの

 それはあまりにも異様な景色、テーブルを囲む三人、笑顔のオンナと少しだけ眉をひそめる少年、そして固い表情の少女。少年と笑顔のオンナは恐らく同じ国の出身だと思われていることだろう。服装の雰囲気が同じだった。しかし少女は何者なのだろうか。周りの人々は思案と推測を重ね掛けていた。


「私なんか助けずに海にでも捨てるかと思ったが、お前ら甘すぎるぜ?」


 少女の言葉はもちろん正しい。かつて行き場のない怒りをむやみに振り回して幹人を全力で殺そうとした自身の名すら覚えていない人物。信用など誰がするものだろうか。


「そうね、私も甘いわ。あなたを迎え入れようなんて、あめ玉みたいね」


 素直に認めていた。それでもこの魔女の貌に出ている余裕は消えなくて。少女は鋭い笑みをギラギラと輝かせてフォークを肉片に突き刺した。


「だが私に名前はくれないんだな」


 リリは頷いた。当然、とも言った。ホントウの名前を知った途端後で付けられた名前もそれを持ったあなたも死んでしまうから。そう語り、リリは名前を与えない。少女は豪快な笑い声を響かせて凶暴な顔でひと口の肉を頬張る。


「バッカじゃねえの? だったら私が私を産んで私を知ったらこの私を殺してやるよ」


 物騒、幹人は目を見開いて周囲を見渡していた。明らかに隠せぬ動揺を鎮めるべく、隣のリリが肩に手を添える。リズに至っては生き物だということを隠すつもりもないようで、幹人が食べているパイとともに運ばれてきたブドウを懸命に頬張っていた。各々の感情は揃うこともないまま話は進められて行った。


「私のことはアナとでも呼んでくれ」


 なんとなく名乗ったその響きにどこか懐かしさを見ながらアナは美味しそうに肉を噛み締めていた。そんな様子を眺めては微笑むリリ。これが幹人を相手に取る態度ならばいつも通りだったが、他の人物に対して見せるのはあまりにも珍しくて拍子抜けしていた。


「ふふっ、いいね、幹人のそんな顔」


 リリは年下好きなのだろうか。幹人に対する扱いといい、アナに取っている態度といい、そうなのだとしか考えられないでいた。リリ嬢、そう呼び慕っていたあの男との親しさともまた異なるものだった。

 幹人がリリに見惚れている間、アナは手早く口に肉とパンを放り込んでしまったのだろうか。食べ物が残されていない器をフォークで軽く叩き続けていた。ふたりしてその仕草を見て笑っていた。アナの仕草があまりにも子どものようで。


「面白いね」

「カワイイ子ね」


 全く異なる目で見ていた。

 幹人の目に映るアナは歳不相応なもので、笑いを運んで来る存在。同級生にも様々な人格の色があってそれぞれに広い一室、狭いセカイを彩り染め上げていたものの、この方向のはしたない行ないの色彩はなかった。元の世界にて狭いセカイに納まる少女たちのあの態度に軽い苛立ちを覚える一方で異界に住まう人々に心地よさと一部の人物への物足りなさを感じていた。

 幹人の感情など置いてけぼりにして、アナは今に至るまでの経緯を語る。盗賊団の村担当部隊が崩壊したあと、ただひとりの身で王都へと入ろうとしたものの、なんと拒否されたのだという。


 盗賊に頼った王が見捨てるだと


 苦しみを血反吐のごとく吐き出して歩き、草や木の根を掘り起こして虫などを焼いてどうにか生き耐えて、息絶えるかどうかの毎日が続いた果てにリリたちが王を倒し、それから少しばかりの日にちが経過してようやく元王都への無償の都入りが解禁されたのだという。


「それはまた大変だったね」


 リリが返した言葉に同意を示して話は続けられる。都に入ってから少しの間様子を窺っていたものの、王が盗賊を従えていたという事実が知れ渡っていたためか人々の警戒の目は鋭く、盗みは働けないと見てまたしても野草を貪る生活を送っていたのだという。それから数日後の夜、遂に計画に出た。

 停められた船に乗り込んで、人が乗り込んでくるのを確認して部屋を移動し、最後まで残った客室の着替えが入った箱に入ってやり過ごす。そして頃合いを見計らって脱出するつもりでいたのだという。

 しかし、まさか箱から出られなくなるなんてな。そう締めくくって肉の残りの一切れを頬張った。


「ごはん食べ終わったのなら、行きましょう」


 そう言って器を返却して魔女の目を心を奪い去る愛おしいふたりの背中を押して歩いて。置いて行かれた言葉の響きに他の乗客はいかなる想いを得るだろう。知ることなどまずあり得なかった。

 部屋に戻ってからのこと、アナとリリの姿を見て幹人は穏やかな眠りが待ち構えていることなどないのだと悟った。そう、きっとリリの考えは幹人の予感の通りなのだろう。リリはふたりを抱き寄せて包み込み、毛布を被ってベッドに飛び込んだ。船の揺れと心の揺れ、異なる方向から迫るあまりにも強い揺れに安眠という目標から遠いどこかで遭難していた。もちろん行けど歩けど暗くて昏い、深くて途方もない闇の中、安定したものなど得られることもなく。

――どうしてだ、どうしてこんなことに

 思っても考えても答えは初めから出ているそこから動かない。


 完全にリリの感情の仕業なのだから。


 晴れ空のようにハッキリとした理由と霧がかかり続けてもやもやとした行方。幸せを想いつつも、この幸せに甘え続けた結果次の日に迎えるであろう地獄のような気怠さ。その未来から抜け出すためにも幹人はこそりのそりとリリの腕の中から抜け出して。

 幹人は床に寝転がって意識を闇の中に落とそうと瞳を閉じる。船の揺れはあまりにも大きく苦しくて、なかなか意識を内へと引っ込めることが叶わない。それでも抗いどうにか眠ろう。寝心地の悪い床、固さが優しい夢を奪い去る。耐えかねて鞄を開いて制服を取り出して、ようやく少しは眠りへの道をなぞり始めた。

 とはいえどもあくまでも身体に噛み付くようにへばりつく痛みが完全にはがれ落ちるわけでもなく、あくまでも和らげるだけの存在にしかなれない。

――もっといいクッションなかったのかよおおぉぉ

 今幹人に出来ることは揺れと軽い痛みを耐え切って凌いで眠りに就くことだけ。

 それだけのつもりでいた。

 ベッドの方、幹人の背後からアナの妙な声が聞こえて心穏やかではいられなかった。


 安眠からは程遠い、いい夢など夢のまた夢でしかなかった。

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