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異世界風聞録  作者: 焼魚圭
第二幕 時渡りの石
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魂の姿

 カイコガと向かい合って、睨み続ける。視線はそのまま、睨んだまま、相手を目で射抜いたまましゃがみ込み落ち葉に触れた。

「すぐに終わらせてあげるわ」

 触れた落ち葉と重なり合う葉、それに重なる葉、植物から植物へと、リリの魔力は行き渡って薄っすらと青みを帯びた光が陣を描く。出来上がった陣の中で言葉をもらす。

「いいかな、この陣は私の秘術を使うために必要なのさ」

 どうやら幹人に向けられた言葉のよう。リリは続けた。

「使う瞬間をつけ狙って歪みから悪魔が入ってくるかも知れないからね」

 意地汚い、そう吐き捨ててリリは秘術を使う意志を見せた。

『さて、終わりはどこにあるか、私が持ってくるとしよう』

 リリの身体は空間に吸い込まれえるように消え、空間を穿った純粋な闇のみが残された。闇、何も見通せないが全ての悪がこちらを覗き込んでいた。何もない虚空のはずなのに全ての禍がそこにはあった。

 闇という名の更衣室、そこから出てきたものは手、レース生地のオーラを纏った紫色の手だった。そこから白い手首、再び紫色の布地、二の腕の真ん中辺りから再び素肌。出てきたリリの姿、ほっそりとした白い肩に見惚れて体を覆う紫色のドレスとレースの奏でる豪華な姿、頭の右側に乗せられた小さな帽子とそこに飾られた花が瞳を惹く。

 黄色の花が飾られた大きな木の鎌を持った魔女の背中からは薄緑の透けるように輝く葉と桃色の花が宿り咲いていた。

「そう長い時間使えるわけじゃあないからね、素早く決着をつけるとしよう」

 そう言っている間にもレースの端が黒ずみ始めたのを幹人は目にした。

 目の前手の届かぬカイコガに向けて鎌を振る。到底届く距離などではなかったが、そこから摩訶不思議な奇跡を幹人は目の当たりにした。鎌の軌跡の隙間から色とりどりの花が顔を出す。うっすらと輝く希望たち、それがカイコガへと伸びて身を捕らえた。絡みつき、絡め合い、カイコガは藻掻くも抜け出すことなど叶いはせず。

「いい子だからさ、大人しくしていてもらえないかな」

 リリから向けられた言葉の意味を知ってか知らずかカイコガの抵抗は言葉に逆らうように激しくなって花は大きく揺れる。

「反抗期、かしら」

 微笑みながら続きを語りかけるように繋いでいった。

「ホントウに、ワルイ子イケナイ子」

 軽い笑い声をこぼしながら鎌を再び振る。追加された花束は更にカイコガに纏わりついて、姿の面影はなくなってゆく。

「飾り過ぎたみたい。バランス考えなきゃ似合わないものね」

 しかし解かず外さず蔓の締め付けはカイコガの動きを許さないと言いたそうにより強くよりきつく締め上げて、影すら残さず覆いつくす。

「繭にお帰り、なんてね」

 纏まり縮んで小さくなって。やがて蔓は弾けて花びらは散る。花びら舞う森の中、カイコガは手のひらに収まってしまいそうなほどに小さくなっていた。

 魔女の白い手に拾い上げられて指で撫でられ小さな花を頭に飾り付けられて。好き放題に可愛がられていた。

「よしよしいい子」

 リリは振り返り、幹人に飛びついた。

「おっしまぁい。さあさあ幹人、キミのことも可愛がらせておくれ」

 いつも以上に感情むき出しの笑顔。リリの秘術、魂そのものの顕現は心の壁をも取り払ってしまうものなのだろうか。

 鎌を地に置いて強く抱きしめてくる愛情に飢えた魔女の満天の快晴笑顔に幹人は顔を赤くして、心を乱され、熱を外からも内からも感じつつ、リリの異変を目の当たりにしてしまった。

 レース生地は完全に黒ずんで、現実という闇は胸元にまで噛み付き侵食し、浸食を始めようとしていた。

「リリ姉、身体」

 そう告げた途端、リリの身体は崩れるように力なく幹人にもたれかかり、激しくせき込み始めた。

「リリ姉!?」

「ごめん……ちょっ……休憩」

 そう言い残し、黒々とした炎に包まれて、次に現れたそれは元の獣の皮そのものの服装をした苦しそうな寝顔をみせるリリだった。

「そっか、お疲れ。おやすみ」

 頭には可愛い生き物を、肩には大きめの虫を、背には好きな子を乗せて歩き始めた。疲れはあったが今でも苦しそうに汗を流し続けるリリを想えば止まってなどいられない。森を進んで、息を切らしても構わない、そう振り切って進み続けて森を抜けて、村へとたどり着く。幹人を迎えた空は既に薄暗く、太陽は既にさよならを告げようかといったところだった。

 力が抜けてへたり込む。しかし、その油断にはまだまだ早かった。村の住民は全て生け贄に捧げられてしまっていたのだという事実を忘れてはいなかった。

 立ち上がり、再び歩き出す。誰もいない村、人々の生きた痕跡が生々しく残されたそこを踏み締めて、虚しさを胸に進む。家は傷だらけでありながらも退廃の雰囲気はなく、人がいなくなったばかりなのだと思い知らされた。畑には実をつける前の野菜たちが葉を伸ばして太陽の光が帰ってくることを待ちわび続けていた。野菜たちを覆うように背が低くて強い雑草が生え始めていた。恐らく雑草狩りの前だったのだろう

 そんな光景を目にしながらも、相手にする余裕などない幹人はただ進み続ける。目指すは街、助けになる人が多い方がきっと頼りになる。とはいえ今の王都は頼りにならないだろう。公務を執り行う人々はもちろんの事、大いに搾取を受ける民にも余裕など残されてはいないだろう。

 進んで歩いて、苦しくてつらい平坦な道を、リリと出会ったあの道を、魔女の住まっていた森を傍目に抜けてようやく街へとたどり着き、ある家の戸を叩いてそのまま寄りかかるように倒れ込み、気を失った。

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