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異世界風聞録  作者: 焼魚圭
第二幕 時渡りの石
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成長

 王の持つ剣は立派な装飾故の重みを受けていてあまりにも扱い難いことが目に見えていた。

「おやおや、その手の装飾を外しもしないで戦うところも素人らしさが透けて見えるものだね」

 王は叫ぶ。言葉としては意味も掴めぬ声は森の中で不気味な木霊となって走り木々にぶつかり満ち溢れる。どこまでも哀れな王様の背には歴代の王の亡霊の面影が宿っていた。

 リリは鎌を持って恰好だけの見掛け倒しを森のような慈悲を感じさせない湿っぽい目で睨みつける。

「殺すのはやぶさかではないけど、殺さないように手を抜くのは手がかかるね」

 そう、力ある者にしか確実な力加減はできないが力を正しく扱うためのさじ加減に悩むことはその中でも心ある者にしかできないだろう。

「荒くれ者を追った先の森で疲れ果てて眠りこける迷子の間抜けな王様を演じていただこうか」

 明らかに甘く見た発言。そこに言葉をもってして更なる余裕を付け加えた。

「演劇団より上手くやっていただけないかな」

 王の走りは明らかに鍛えられていないそれ、幹人とどちらが強いだろう。機械の発達が殆ど行き届いていない国だという事実を頭の中から遠ざけるような貧弱な肉体でしかなかった。

 そんな男の剣による一撃をリリがその白い手に握る鎌で受け止め弾いた。途端、王の身体はよろめいた。

「その隙、頂いた」

 リリの言葉を合図に少年の魔法が叩き込まれる。強い風は王の脇腹をえぐるように殴り、その身体を回転させながら吹き飛ばしてゆく。空中を回りながら飛んで、重力の手に押さえつけられるように自然に落ちて叩きつけられ、王の口からはうめき声だけが発せられた。

「終わりかな」

 向けられた言葉に応えるように剣を地に刺してよろめきながら立ち上がる。肩で息をして剣を杖にしかできないその姿を目にしてこれまでの態度を知る者としてはこう思うだろう。

「この上ないダサさだね」

 最早ひとつの都を束ねる王とは思えない醜態の塊は口が張り裂けてしまいそうなほどに横へと広げた。

「なにがおかしいことやら」

 嘲るような口調で言葉を吐いたものの、心のどこかでは本気の疑問として持っていた。今にも倒れそうな王が吐き捨てるように放った言葉、その声が示した答えに目を見開いた。

「ははは! どうせ俺の……地位はっ! 終わりだ」

 諦め、ただそれだけだろうか。権力にしがみつきそうなあの男がその程度で呆気なく終わるものだろうか。瞳に宿る感情はそんなにも生温いものなどではなかった。

「だがな! 森の繭……あれに! 生け贄を」

 咳き込みながら放たれた言葉。この男は王としてやってはならないことに足を踏み入れてしまった。足を洗えども落ちぬ罪の穢れに身を浸し、未来永劫その行ないを許す者など現れないであろう。

 リリは顔色を変えて駆け出した、幹人は焦りで満たされていた。ふたりして想いは同じ。


 村人が、危ない


 いかに光の隙間にこびりつく影のように薄暗い風習をくすぶらせ続けていた人々だったとしても、ふたりして好きではいられない恐ろしい人々だったとしても、決してむやみに殺していい人物などいなかった。

 駆けて駆けて駆けて、上がり続ける速度、木々は後ろへ流れて、地面は寄ってきて後ろへ去って。そう見えてしまうほどに余裕もなくて。立ちふさがる木の追突を回避するために横へと逸れる。薄い霧に覆われた森の中、木々がどこに立っているのかすら視界の悪い今では精密な操作の難しい箒の飛行に頼るわけにもいかなかった。

 息を切らして足に力の抜ける疲れを溜めて振る腕には現実感がなくて。やがてたどり着いたそこで震える鉄の塊の姿を目にした。腰が抜けて力なく地面にへたり込み、何もないところをもがき足掻き後ずさる。

「待ってくれ、俺は……エサやりしただけだ」

 情けない声からは満点の恐怖が広がってきていた。突如飛んできた白いモノによって兜が裂かれて地に落ちた。現れた顔は青ざめ、目の焦点も定まっていない。戦える状態はおろか、この森から生還できる心持ちですらなかった。

「や、やや……やめてくれ!」

 不自然な早口は恐怖故なのだろうか。再び伸びてきた白いモノに捕らえられ、引っ張られて吸い込まれる。

 行く先に待つはあの繭、ふたりが糸を採取した時と比べて、骸骨の数は大きく増えていた。

 騎士もまた、繭に取り込まれて、鎧だけが砕けて森にまき散らされる。

「あぁ、遅かった」

 騎士だったもの、外面だけは立派だった彼の変わり果てた姿、骸骨が繭の外へと飾られた。

「人を養分にして成長する森のヌシ、いつまでも引きこもっていないで出ておいで」

 この場においての挑発、影の差す無表情の裏に隠された感情はいかなるものだろう。

「ほぅら、一緒に遊んであげるよ」

 ここまで来て未だに行なわれる挑発。そうでもしなければ飲み込まれてしまう、相手に完全に気圧されてしまえば魔力を練ることも叶わないだろうから。

 繭は震え始めた。それがやがては大きな揺れとなって、糸くずを散らしながら張り裂けて弾けて、中から人の大きさを優に超える蟲が足をのそのそと動かしながら現れ近づいてきた。

――巨大なカイコガだ、怪獣映画の世界みたい

 なんと美しいこと、白い身体は柔らかで湿った産毛に覆われたもの、広げた羽は重い身体を空へと飛ばすために扱うことも叶わない。

「ふふっ、恐ろしいものを想像していたけれど」

 大きな黒い目と耳のように伸びる触覚。人を食らうという幹人の世界とは異なる生態系で成り立っていたそれはしかし、羽ばたきが良き結果を産まないという幹人のいた世界と同じ姿をしていた。

「カワイイ、是非私の眷属に欲しいわ」

 リリの言葉に幹人は驚きを隠せなかった。つい素っ頓狂な声を上げてしまう。

「さ……さっきまであんなにも憎んでたのに!?」

 カワイイからいいの。森の今の姿に似合わぬ満開の花のごとき笑顔でそう返されては手も足も出ない。妙なやる気に満ち溢れていたリリ。恐ろしい程に素早く罪の数々を積み上げてしまった異形を前にしているのだという自覚、人を喰らいし者への正しい反応を忘れているようにも見えたが、カイコガに対しての次の言葉が幹人に安心感を与えていた。

「カワイイとはいえども、流石にやりすぎじゃあないかな。良い子にしてあげるからさ、待っていて」

 そこから幹人に対して柔らかな視線をなにか別の感情、純粋な愛情の片隅に影の混ざったそれを向けた。

「これから、私の秘術を使うよ、終わったあとはよろしく」

 意味も何もつかみ取ることが叶わず、リリとの間にまたしても意思の距離を感じていた。

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