怒り
映る光景に目を奪われていた。都の王の始まりの瞬間、自身の祖先の辿った人生を目の当たりにしているこの瞬間、王の人生の中でも最も大きなモノがこの場に生まれる瞬間だった。
リリと共に並んで歩いて王にどこか似た男を追いかけて。男に触れようと手を伸ばす王だったが重なっても触れることができなかった。
「なぜだ」
「どうしてもこうしても、過去を変えることにどれだけの魔力を費やせばいいことやら」
唖然とする王を傍目にこの景色を見届け続けていた。街としては少しばかり寂しい木の家、藁が敷かれたそれはリリが生きている時代にも残っていた。村という形で。
「過去に干渉なんて割に合わないことでも平気でするような愚か者がとる行いさ」
続けられた言葉に王の眉がひきつるように動いた。
「あなたの頼みの無賃労働を喜んで引き受けるようなね」
あからさまな挑発。誰にも見られていないこの場でなら殺してしまっても誰にも分らないかも知れない。そう思いつつも考えを改めた。きっと元の場所でこの魔女が倒れていて、少年が王を睨みながら糾弾する。そんな構図が見て取れた。
今はなにもできない。諦めてただ始まりの王の行く末を見届けるだけ。
初代の王となるであろう男は世の危機に立ち向かっていた。纏まりのない人々、蛮行によって破壊される一軒の家。見せしめとでもいったところだろうか。淘汰されるひとり。そこから始まる脅しと支配、男は我慢できずに立ち上がったのだ。
右手に握る剣、錆ひとつないそれはリリの隣りに立つ王のそれと同じ物。
「これだ! きっと今剣の力を解放するのだ」
子どものようにはしゃぐ王の姿は子どものようと言うよりは子どもそのものだった。その姿を見て仮面越しに妖しい笑みを浮かべる魔女はただただこの男の感情の変化を見て嘲る想いを抱き続けるだけ。
男は蛮族たる者に対して剣を振るった。弧を描いた軌跡が輝きを放ちながら伸びるように蛮行の実行者を斬りつけた。
蛮の事を行なう男は胸を押さえながらうずくまり、やがて跪く。この後に飛び出す問いに王は目を見開いた。
「ぐっ……それはただの剣、ある程度の位に就く誰もが持つ普通の剣のはず」
男は一度、深く頷いた。
「そうだ、これはただの剣だ」
言ってしまった。現在の王、隣りの子どもじみた期待を抱き続けるこの王の純粋な心を粉ひとつ残さない恐ろしき現実だった。
「この剣の力ではなく、俺の訓練の賜物だ」
そこから語られること、男は大して優秀な騎士でもなく、身体が丈夫だというわけでもなかった。
「いったいなにをした」
男は得意げに答えて見せた。
「魔力の扱い方を覚えただけだ。近くの小さな森に住む魔女から教えてもらった」
つまるところ、リリの先祖がこの男を王たらしめたのだという。
「とはいえ魔力だと話してしまうのもそれはそれでつまらないな」
思考、彼の頭の中を駆け巡るものはやがて、ひとつの手段を示した。
「そうだな、王の剣に選ばれたということにしよう。その方が民から信頼を得られそうだ」
そうして広められた偽りの風聞、野蛮人を捕らえた男は王の剣に選ばれし者だということ。それからそのまま玉座を得て創り上げた王都をより良い方向へと導いて行ったのだという。
過去現在未来、男の努力の全てを影に隠して堂々と王らしく振舞い続けて。
気が付けば景色は現在の城の中、ぽっかりと口を開けた窓から差し込む風が涼しくて心地よい。リリと向かい合う王は王らしからぬ絶望の表情を浮かべて力なく跪いていた。
「なんてことだ……そんなの嘘だ」
信じること、それを遠ざけ続ける王にリリは真実を告げる。
「いいや、ホントウさ。初代の王は全ての努力を隠しながら敢えて普段のあなたのような態度を取ってた、分かるね?」
そう、これは完全に次もその次も、全ての代の王が行なってきた態度。王とは外交における国の顔。堂々とでもしていなければあっという間に潰されてしまう。この王はそうした見せるための貌を真に受けてこれまでにないほどの無能を晒していたのだった。
「嘘だ嘘だ嘘だ噓だ噓だ噓だ! そんなことあるものか!」
一切信じようとせずに立ち上がり、宝石と嘘の伝承で飾られた剣を掲げて叫んだ。
「そこのクソ魔女とガキを殺せ!」
そう命じられて現れた人々、鉄の塊のような騎士と、盗賊たちだった。その組み合わせに全てを悟ったリリは仮面を投げ捨てて妖しい艶やかな微笑みを浮かべた顔を晒した。
「そう……盗賊が時渡りの石を探していたのって、王の命令だったのね」
地の属性を得意とする魔女の周囲の空気が冷えて乾いていた。緊張の空間、幹人も固唾を飲んでリリの傍にて構えていた。
「父さんが主導者じゃあなかったってわけね」
どちらかというと裏切る気満々だったその姿を思い出して幹人の顔から何とも言えない笑みがこぼれていた。
「ふふ、間違いないわ幹人」
――リリのお父さんって考えたらすごくらしいなあ
構えて魔力を練る幹人だったがそれはリリの手が制した。
「立ち向かわない、こんな大勢に備えなくして無傷でいられないから」
そのような言葉をもってリリが取った行動、それは敵前逃亡だった。
「そこに暴走した風!」
言われるがままに風を放つ。暴れ狂う風はそのまま突き走り、騎士と盗賊の二色を思い切り横にかき分けて見事な道を作り上げた。
風を追うように走るふたりは無事に城を抜け出したものの、外にも待ち構える者たちがいた。例の二色。
「面倒な輩どもね」
そうした敵がひしめく地獄への誘いの手のような明るい王都の中、盗賊や騎士、壁を飛び交いはねる茶色の生き物を目にした。
「あっリズ!」
その長い耳は幹人の声を聞き取ったのだろうか、幹人の方へと速度を上げて飛んできた。そして見事に頭の上へと乗っかった。
「さて、みんなそろった。反撃の準備と行こうか」
魔女の声と共に再び走り始めるのだった。




