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異世界風聞録  作者: 焼魚圭
第二幕 時渡りの石
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 走り進む闇の中、足が踏む葉が鳴くだけの静寂の森、薄明るい繭はどこにあるのだろう、それさえ分かれば目的地は見えていただろう。異世界から来たばかりの少年とこの辺のことに関しては長く住んでいた街のことぐらいしか知らぬ魔女、全く足りない土地勘と興味の薄さがこの迷子という状況を招き寄せていた。

 葉を鳴らす演奏の疾走、その果てに鎌を振るい続けるリリがいた。

「さあ、そこのネズミ爆弾は時限式じゃあないだろうね?」

 そうだよ、しかも衝撃にあまり強くないんだ。答えたくなりつつもリリの意識を阻むことを許す隙などありはしなかった。

「だとしたら、困ったね。踏まない努力だけじゃあ足りないわけさ」

 そう語り、飛んでくるネズミを覆う柔らかな魔力の障壁を断ち切って軌道をも逸らす鎌は輝きすら知らない木の一撃だった。

「さあ出ておいで、今なら優しい魔女のお姉さんが見逃してあげる」

――嘘だ、絶対嘘だ

 幹人は完全に断定していた。そうこうしている内にも幹人はネズミの魔力を流して逃がし続けていた。気づかれにくい善意、誰にも感謝されることもないかもしれない行いは果たしてリリの目には届いているのだろうか。

 幹人に意識を向ける暇もなくリリの足は正面切って標的の元へと向かって進む。迷いのない足取りはネズミなど踏みませんとでも言いたそうに速度を緩めることなく無事に相手に肉薄していた。

 しかし、黙っていてもただ黙ってやられる相手でもない。襲い掛かってくる影、リリの魔力を込めた目には異形の化け物の姿がしっかりと映されていた。

「人工魔物……私の天然モノと違ってタチの悪い」

 相手は大きな犬、しかしそれは人を殺すために鋭く伸ばされ研ぎ澄まされた詰めをしており、まるでこの世の全てを切り裂いてしまいそう。脚も不自然な筋肉でたくましく彩られてより強力なものへと変わるべく科学的な改造を施されていたようだった。

 不釣り合いな獣は剣のごとき牙をむいてリリの元へと飛びかかった。弾丸のように力強く飛んでくる大きな犬を鎌でどうにか受け止め、その手に力を込めた。

「まだ本気を出すような相手でもないね」

 それは強がりなのだろうか、リリの仮面の下の本当の面にはきっと余裕の笑みが滲み踊っているのだろう。顔が見えないにも関わらず行われる安易な予想、しかし幹人にはこれまで一緒にいたという事実があった。容易な確信、もはや当然のようなものだった。

「ほら遠慮せずにおいで、わんちゃんとのじゃれ合いは得意なんだ」

 鎌によって押し飛ばされた犬、飛ばされながらも地に着いた脚は鋭い爪を地にめり込ませて摩擦を引き起こす。滑りは順調でなく、すぐさま止まり先ほどの方向への滑りが嘘のように思える勢いでリリの方向へと向かって走りくる。走って跳んで、襲い来る。しかしそれもまた鎌によって塞がれた先へと至ることは許されなかった。

「ふふ、躾がなっていない。飼い主さんは怠け者なのかな」

 飼い主、というよりは持ち主といった方が正しいのかも知れない。肉体改造を施された狂犬が生き残るために用意された選択肢などもはや逃げることだけ。しかし、その頭に逃げを考えるだけの知能など残っている物だろうか。苦しそうに呻き鎌に牙を立て続けるという行動にその答えが記されていた。

「いけないね、それは食べ物じゃあないよ、食べ物は、向こうだろう」

 仮面の向きから伸びる視線を追ったその向こうに立っているのは人の影、恐らく持ち主なのだろう。

――もしかして飼い主を食べろと仰ってる!?

 幹人に宿りし仰天の感情を遮るものは闇しか存在せず、肝心の闇もまた、リリの目を塞ぐ手にもなりはしなかった。

 リリの挑発を理解しているのだろうか、犬だったモノは鎌を咥える歯に更なる力を圧を加えて嚙み千切った。

 飛んで散って消えゆく鎌の死にゆく様を目の端に見届けて、リリの言葉が口よりあふれ出る。

「そうかい。人のものを壊してもいい、そう教わったようだね」

 リリの背負う圧は更に大きく重たくなって周囲をも震わせる。

「子の罪を産みしは親の教え。どちらも共に捌いてみせよう」

 裁きの時、そんな言葉を思う幹人だったが、リリが犬だった猛獣に対して取った行為に気づきと恐怖を教えられた。

 素早く獣の胴を掴んで裂いて、一瞬にしてその生命を終わりへと運んでゆく。先ほどまでのリリの冗談めいた雰囲気などもはや過去のもの。今に目を通せば段違いの強さを振るう魔女が目の前にいたのだった。

「犬の親……村人さんだね。申し訳ないけども、貴方のするような考えを他の人にまで植え付けるのは明らかな間違い」

 リリの手は村人に向けて伸びて、今にもつかみそうになっていた。

「悪い芽がウツラナイように、摘んでおくべきよね。良い芽だけ残す行為……間引きっていうのだけど」

 そう語りながら伸ばされた手は、途中で動きを止めた。否、止められた。リリの手を掴む手、それはこの世で最も温かな優しさの象徴だった。

「ダメだよ、捕まえるだけにしなきゃ」

 温もりは、瞬く間にリリの心を奪い、改心を生んだ。

「そうね、ごめんなさい」

 謝って幹人の言葉を深く受け止めて。しかし相手は己の命を奪おうとしていたことも忘れてはいなかった。

 そうこうしている内に逃げ去りゆく人物を目にして逃がすものかと固い意志を持って追いかけはじめた。

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