探す
王に言われるままに城を出るふたり。門の外に出た辺りで後ろから駆けてきた騎士が上げる大きな声に身を震わせながら振り向いた。
王からの貸し出し品、そう言って手渡された金属の塊は騎士がたまに着けている勲章に似ていたがどこか違和感を覚えた。
「入出免税許可証、王様からの貸し出し品だ。これを見せれば貴様らは自由に王都に出入りできるだろう」
あくまでも王都から出る時と入る時、それだけのための許可証にすぎない、それを確認した上でリリは礼を述べた。
「ありがとう、おかげさまでまたしてもいい土産話が頭を出したようだ」
騎士は頭に疑問符を浮かべて回しつつも深くは考えないで一礼をした。
幹人もまた、リリの考えが理解できないままに思考を引きずられながら一緒に歩いていた。
「さっきの、なにがいい話なの? 王様の時にもなぜか素敵な報酬って言ってたし」
その疑問がさぞかし面白かったのだろうか。リリの口から笑いが湧き出て空を伝って幹人の耳へと入り込む。
「それのことなのだけど」
その切り出しから始まった説明に幹人は思わずリリに同調するように笑ってしまっていた。
「ここの王様は強引な理由を取ってつけて観光に来た人にただ働きをさせる人でなし、そんなうわさ話はいかがかな」
つまりは事実を纏った陰口、それを他国に風聞として流そうという話だった。街並みの活気を楽しむ余裕もなければ空気と一体となっている時間もありはしなくて素早く移動を始める。人の流れや品物の動き、なにもかも見えてはいても視えてはいなくてそれはまさに機械か死人の移動のよう。
「何も感じてる暇がない、王は私たちに水か花になれと仰る? 彼らも何も感じていないわけではないだろうに」
妙な視点から述べられる意見、リリの感性は幹人の心を波立たせて強く濃く打って沁み続ける。
「そうだね、きっと空も笑ってるだろうし地面だって鳴いてる」
忘れてはならないこと、心の余裕を保つこと。旅行者すら無賃労働に使える駒としか思っていないような王の事だ、遅くなればきっと制裁が加えられてしまうだろう。
「大丈夫、あの王がどれだけせっかちな人でなしであれどもね」
その言葉に根拠がなければただの気休めであれば、幹人は更に慌てたであろう。
「私たちは時渡りの石の在り処は恐らく暴いてるだろう?」
しかしながら、余裕の理由を思い出させるひと言を与えてくれた。それでもあの王のこと、余裕は確実な方向へと急ぐための気合い入れにしかならないというのが現実だった。
ふたりの騎士という存在によって閉ざされた先の見える出入口の大きな門、許可証を見せつけることでそこを堂々とくぐり抜けて進む。
「早くしないと残虐な男が怒るのさ」
でたらめを言っているつもりが全くの事実となりえる言葉、虚言のように思えてその言葉が清廉潔白となってしまう可能性に幹人の身の震えが止まらない。いかに場所が分かっていたところで時間制限の方はあらかじめ定めていなかった。
そう、王のきまぐれなのだ。
そこを決めることを失念していたことを後悔し、焦りが押し寄せてくる。リリの瞳にどのように映ったのだろう、幹人の身体を抱き寄せて額を重ねていた。
近くにリリの顔、それだけで幹人の心は解きほぐされて柔らかでいることが出来た。
「大丈夫、王がどれだけ酷い条件をつけて来ても、幹人には関係ないよ、未来に帰っているだろうから」
リリ姉は?
湧いて出た疑問、救われないかも知れない愛しい魔女。一度疑いこそはしたものの、結局好きの気持ちを捨てることも出来ずにいつまでも幹人に熱いモノを注ぎ続けるオンナが隣りでひとりの決意を立てている、それを想うだけでとてもではないが耐えられなかった。
――もう、正直に言おう
開かれた口、確かめたわけでもなく、確かめるまでもなく分かっていたそれを口にし始める。
「あのさあ、実は未来に俺の帰る場所なんかないんだ」
ワカラナイ、それを見つけて歩きながら問いを渡していた。
「どういうことかな、もしかして、追放された?」
幹人の知る世界の歴史、そこに魔法など存在しないこと、文明の発展が時代とあっていないこと、恐らく異世界だということ。全て総て何もかも、隠し事を明るい空の下に現したのだった。
「なるほどね」
頷いてみせた魔女、その瞳に果たして本当に理解など映されているのだろうか。本心を覆い隠す笑顔には嘘か誠か、答えが書かれているはずもなかった。
「つまり幹人の住む世界とは全くの別物、なのに」
なのに、その続きは述べられることもなかった。気が付けば暗い森の中で、真っ暗なそこではふたりの服装が獣に見えて仕方がなかった。故に仕方のないことだろうか。リリの手が地に落ちている枝を拾い上げてそれを大きく振るった。振るわれる途中で枝は姿を大きく変えてゆく。大きな鎌へと変化して手の動きによって風をも裂いて、向かってくる何かを引き裂いた。
「あらあら、慎ましく過ごすふたりの時間に忍び込もうだなんてどちら様かしら」
慎ましく、明らかな嘘だったが今は何を言う暇も拾い上げられなくて。逃げ去ろうとする何者かを追いかけるリリ、立ち止まって飛んできた何かを観察する幹人。
――これは
目を見開いた。驚愕は幹人の頭を揺さぶっていた。そこに落ちていたもの、妙に腹の膨れたネズミ。
息はあるようで風船のような身体故に地に届かない手足をばたつかせてもがいていた。生きるために必死になっているネズミに救いの手を差し伸べたく思いつつも、眺めることしかできない、何もできないでいた。
ネズミの腹に貯め込まれた魔力と辺りに途切れ途切れの霧のように散っている魔力、幹人程度の魔力感知でもいともたやすく分かる簡単なものだった。それらの質は同じものだった。つまり、あの鎌で斬ったものは魔力爆弾を守る壁。
――リリ姉が危ない
気が付いてしまった。リリが先ほどと同じ対処をしてしまった場合にネズミ爆弾がリリに当たってしまった場合の被害を。
幹人が魔力で目を凝らして見ているネズミの風船のような身体、それが更に膨らんでいるのを確認して大きな焦りに襲われて。
「ど、どうしよう」
魔力を吸いこむリズも今はいない、何をすればよいのか、もはや見当もつかないでいた。
――リズさえいてくれたら
幹人にはよく分からない魔法の世界。魔力を注ぐことは簡単だ。対象を一体に絞ってただ緩やかに放出すればよい。しかし、吸入は出来るのだろうか、分からない、確証がなく試す暇もない、先に行ったリリも危ない。
――どうすれば……どうすれば
考え続けた末、あるひとつの方法を思いついた。
「頼む、これは……まかり通って!」
ネズミに近づき手を出した。目の前の命が危うい生物に向けて魔力を流し込み始めた。
「風よ、ネズミに貯まった魔力を押し流せ」
魔力は風の性質を持ち、ネズミの中へと入りつつ貯まっていた魔力を外の森へと、空気中へと流して自身もまた、外へと出てゆく。魔力を追い出している成果は少しずつ出てきたようで、ネズミの身体が少しずつしぼんで、しばらくの時を経て元通り、健康そのものの姿へと変わっていった。無事に地に手足をついたネズミは左右を見渡して、何事もなかったように立ち去り始めたのだった。
「もう悪いやつには捕まるなよ」
背中を見せて遠ざかるネズミ、その姿が小さくなり行くのを確かめてそんな言葉を送る。それから全てを切り替えたように急いでリリの方へと向かい始めた。
愛しい魔女を救う、そう考えるだけで向こうへと向かう足はいつもの何倍もの速さで地を進みゆく。感覚だけの話はまさに気持ちそのものだった。




