最後の希望
リズをつかもうとする手はこれまでの温かみからはあまりにもかけ離れていた。殺す気しか感じ取ることのできない終わりの手。地位も仕事も誇りも失われた男に反省や更生など期待するだけ無駄。
成長も正義も愛も全てが手遅れの男の終わりの手を躱して疲れに身を委ねて危機が迫っていることに気が付いていない幹人の魔力を吸う。いつもより強く多く濃くしっかりはっきりとした魔力は実に美味。
「てめっ」
リズは耳を大げさに振っていた。まるで目の前の男が上げる声が不快といった様子で聞きたくないのだと示すような姿に男はより一層怒りを露わにしていた。
「このクソリスが!」
振った耳、それは魔法を扱う時の行動、魔力を送り込んで目の前の空間に、何もないそこに魔力を固めて縮めて一気に放出する。貯められたそれは膨れ上がり、爆発するように魔法を撃つのだ。
男は腕で顔を覆った。突如現れ吹き荒れた風。密室を荒らす突風は部屋中をまき散らし、壁や天井を押し上げ整った形を崩す。男の未来をも崩し去る。
「ああああああ」
悲鳴を上げる男、突然部屋を荒らした風に幹人とリリは叩き起こされて驚愕に心を奪われていた。
「なななな……なんですかこれっ!」
「幹人の素はそれかい、しかしすごい風、異常気象かな」
地下に天気という空の貌があるはずもなくて、しかしそこに突然現れた天気にやはり誰も冷静ではいられない。
「収まらない物かな」
暴れ狂う風はやがて弱って消えてなくなって。風の後の静寂、安心して油断している総員に揺れが襲い掛かってきた。
「マズい、壊れる」
「安眠はどこにお出かけなさった!?」
「冒険に出てったよ、最愛の人よ」
落ちてくる土、風は崩壊を運んできてしまったようで、ふたりは素早く荷物を手に取り駆け出す。リズは安心したような雰囲気を出して幹人の頭に乗っかる。
「ああ、家が、わが家が、最後の希望が」
絶望に打ちひしがれながら避難する男、その脚に土の塊が襲い掛かり、痛みが全身を駆け巡る。持っていた試験管は落ちて、男はかまわず逃げる。もはや生きるか死ぬか、生き埋めか死んだように生きながらえるかの選択肢しか残されていなかった。
やがて全員が抜け出し、無事を確かめ合う。そこからは王都の地面が崩れ落ちるのを見守るほかなかった。
「修理代はお前ら持ちだからな、俺は無罪放免だ」
そう語る男、未だに己の身を守ることを考える余裕は残されていたようだった。
「いいや、あなたがこんなところに穴掘ったのがまず間違いだから裁きはどこまでも追いかけてくるわ」
すべての元凶として罪を押し付けるリリ。斜め後ろに立つ少年としても捕まるのは御免、そんな人生、知らないといった様子だった。
大きな音は静寂を裂いてどこまで伝わっていたのだろう。断末魔の叫びは広がって反射して、残響となってもなお王都を渡り続けていたそうで、どこかに立つ見回りの騎士にまで伝わったのだろう。数人の騎士が駆けつけて来るさまを目にすることが出来た。
「いけないね、私は身分隠してるのだった」
慌てて木の仮面を被って顔を隠し、幹人の肩に手を回して抱き寄せた。
「えっちょっリリ姉!?」
突然身に迫った大胆な行動に動揺するも、リリは耳元で指示を出す。
「いいから、落ち着くんだ。そう、まるで十年くらいは恋人やってますってくらいの感覚で」
無茶な指示、それに対して無理やり恐怖感を交えることでごまかすという強引な手段を取り始めた。
目の前に現れた王都の護衛騎士、その数は四人、どうか見抜かれませんように、そう祈ることしかできなかった。
「貴様ら、王都の地面、公の物を壊してなにをしているものか」
「い、いや……こいつらが悪いんだ! 俺は何もしてない。そこの魔法使いがいきなり地面を蹴って壊したんだ」
公の地に穴を開けておいてこの言い草。誇りもなにもない男はもはや助かりさえすればなんでもいいといった様子。それに反発する仮面の魔女が真実を突き付ける。
「実は私たち、宿を探していたのですよ」
「やめろ! 嘘を突くな」
「やれやれ、どうして旅行者が行きつく当然の流れから否定することやら……やましいことを抱えているみたいだね」
男は口を噤んだ。続けて言葉を紡ごうとするものの、騎士たちが男とリリたちを捕まえた。
「詳しくは向こうで聞こうか」
そうして手を引かれて大きくて立派な城、陰に包まれると正直少し怖いそれから遠ざかり、王都の端、田畑のすぐ隣りの朽ちかけた建物へと導かれた。
「取り調べはしっかりとした状態で行うとする、今はしっかりと眠ってろ」
寝床を失った全員がなんとも居心地の悪い宿へと押し込められてしまった。男ひとり、幹人とリリのふたり。曰く、投獄ならば全員離れ離れだから旅行者をまとめておけば問題ないだろうとのこと。
無機質な鉄の棒が並ぶ微かな隙間の窓しかなくて、脱出は諦めるほかなかった。
「リリ姉、リズはどこに行ったんだよ」
訊ねられたこと、それはリリにとっての疑問でもあった。
「そういや脱出した時は一緒だったのにね」




