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異世界風聞録  作者: 焼魚圭
第二幕 時渡りの石
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崩壊

 地下室ではいつの時間も埃っぽい闇の中、感覚がつかめていないふたりにとってはただただ時間感覚を狂わせる常闇の世界。そこにあるものは不安と不明。闇は眠りを誘うものの、果たして素直に引きずり込まれただろうか。

 それに関してはふたりの静けさが状況を語っていた。それよりも男の心の方が騒がしかった。

――ああ、分かる

 闇の中で研ぎ澄まされる感覚。

――すぐ近くであの愛しの魔女が寝ている

 この男、近くで母以外の女が寝ているという状況は初めてだった。

――あのガキは毎日……憎い

 歪み切った心と幼稚な頭は世にも恐ろしい選択を脳内にちらつかせていた。


 少年を殺そう


 悪魔のひらめきは計画性も何も持ってきてはくれなくて、行動に移すには続きが足りない。しかし、男は決意を固めた。


 とにかくこいつは薬か何かで殺して艶めかしい表情の魔女ちゃんはいただきだ


 誓って奥へ、手探りで薬を探す。ひとつの小さな台に触れ、そこから端の薬に触れて三番目、男の私物はあまりにも規則的に整えられすぎていた。危険な物質だからということを抜きにしても他の人からは大いに違和感を抱かせる規則。レッテルに書かれた1の次に7が来て次に9、3、5の順番、その棚には奇数しか見当たらなくて隣りの棚には2、8、10、4、6の順。分かれば容易いが、全てがその順番で、やはり普通の人では底知れない気持ち悪さに襲われてしまうだろう。

 9番の薬、これを飲ませることで一時間のカウントとともに命を根こそぎ奪ってしまう。

「いい気味だ、俺に逆らう男とケダモノは全て死ね!!」

 不気味な笑い声と共に吐き出されるおぞましい言葉。このふたつは男の本性そのものだった。

 薬の栓を抜いて、少年の元へと近づいて、伸ばした手は幹人へと影からゆっくりと確実に迫る。

――さあ、俺のハッピーエンドの幕開けだ

 リリと男のものではなく、あくまでも男本人だけのハッピーエンド。心の声は狙ってか無意識か、正しい言葉を選んでいた。


 忍び寄る魔の手は突如はねのけられた。


 はねのけた者の正体、それは耳の長いリスのような生き物。

「またお前か、俺と魔女ちゃんの毎日がハッピー幸せ人生ライフの邪魔をするな」

 たかだか男ひとりの意志は小さな動物一匹の守りすら貫けなかった。

「なぜだこうなるのか、やだよもっと俺の好き勝手にさせてくれ」

 男はかつて北の方の国の中、雪を眺めながら研究に打ち込む人物だった。何も気にしない、女などには一切目もやらず、本音の興味など覆い隠して陰に仕舞ってだましだましの7年間、正直なところ羨ましく思っていた。

 そうして過ごす終わりなく続くと思っていた日々は長く続くこともなかった。3年近くが経ったある日、惰性の道筋の果てにたどり着いてしまった。なんと、男の研究が打ち切られてしまったのである。いつまでも成果を出すことのできない研究者などいらないのだそうだ。

 幸い研究は同じ意志と他の成果を持つらしい人物へと受け継がれ、生き続けたそうだが、男は仕事を降ろされて見たこともない王都へと飛ばされた。科学の知識を持っているにも関わらず語学の教師として送り出されてしまったそうだ。

 これはまた長くは続かなかった教師生活で聞いた噂だが、王都では化学など習うこともなく、選択肢の中に初めから入っていなかったそうだ。悲劇に溺れるあまり、真偽を噛み締め確かめることすら放棄していた。

 それから2年、必死に教えた。本来やりたいことでもなかった公用語の教師、それを必死にこなしていた。

――いったいどうして俺はこんな人生を歩んでる

 男の中では疑問が膨れ上がっていた。

――好きなことをすることも許されないのか

 疑問を抱え始めて背負うものはやがて責任から苦行へとすり替えられていった。

 毎年色を変えるように異なる顔へ、新しく入ってくる生徒たちからはみっともない顔を笑われて、教師たちはこの男が生徒に手を出す変態だの人を攫う悪人だのありもしない噂を事実のように語っていた上に生徒もみな、顔を覗き込むとともに納得していた。

――こんな仕打ち、酷すぎるだろ

 年々歳と苦い汁を溜め込み続けて顔は歪んでいったものの、心はいつまでも変わらず。


 初めから醜く歪み切っていた。


 成長も進歩も見られない子供のような心はやがて王都防衛騎士候補の新入生から見ても気味の悪いもののように思えていた。

 気持ち悪さは膨れ上がってやがて破裂した。

 男は生徒教員問わず皆から王都に訴えていた。気持ち悪い男を追放するようにと。勉強する場にこのような精神衛生上よくない嫌悪感をまき散らす人物を置くことは間違えている、精神の鍛錬と勉学の妨害は違う。そのような言葉を文章にして添える。ただそれだけで王都は要求を飲んで、男は教えていた語学の力によって居場所を失ってしまった。与えた力に殺される、その苦しみはそれでも理解できていなかった。

 男にはただ居場所を失った苦しみしか理解できなかった。

 王都から追い出されるだろう身分となってしまった男はこのままでは生きて行けないことに気が付き参っていた。いかに絶望を避けようか。王都の石の地を叩いてくりぬき地下に部屋を作った。住居だけでもまともなものが欲しくて藁に縋る想いでそうしたのだった。

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