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異世界風聞録  作者: 焼魚圭
第二幕 時渡りの石
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おっさん

 埃被った地下の底にて男は手を伸ばす。伸ばした先にいるのは妙に耳の長いリスのような小さな魔獣。

「よしよし可愛いねリスかな?」

 男の伸ばした手を振り払ってグルグルと喉を鳴らして威嚇していた。

「怖がらなくてもいいんだよ、お兄さんが気持ちのいいことしてあげるからさ」

 そのような言葉にどれだけの効果があったのだろうか、リズの態度が何一つ変わらない辺りに答えが示されていた。

「ほらほら揉んであげるからこっち来い! 荷物没収するぞ」

 そう言われてもなお、荷物を背にして触ることを許さない。我が儘な魔獣はいつでもいつまでも自身の考え方や欲望に支配された立派な存在だった。

「ようしわかった、なら殺そうか。頭を壁に叩きつけて殺せばお前が跳ねて遊んでいた時に事故ったと言えるよな」

 男は笑いながら付け加えた。

「地下は掃除しにくいんだ。お前が血で汚してくれればあいつらがこんなクソを置いて行ったからと言って荷物全てをいただける」

 野望の神髄は創り上げられようとしていた。目的の真髄は次の言葉に現れていた。

「売り払って少しでも金を稼ぐぞ」

 手段すら選ばない薄汚い心は醜く崩した下品な笑顔とともに浮かび上がる。男の底は知れていた。

 リズをつかみ取ろうとしたもののこの魔獣はとても素早かった。手を躱して耳を振ってどこから取り出したのか、石を投げつけた。見事男に当たったことを確認するとともに駆け出して、荷物を風で手繰り寄せた。カバンの中に貯め込まれた魔力、それはクルミの姿を取っていた。

 クルミのような物を頬張って、再び耳を大きく揺らした。

「なんだその壁は!」

 雑草の生えた土の壁、リズの大好きな少年の心を惑わして楽しむ悪い大人のオンナが扱う魔法だった。

「おのれっ! せっかく一緒に遊んでやろうと思ったのにこの仕打ちか」

 それは己というものを持っているリズのことを全く知ろうとしていない者の発言だった。


 迷惑


 その簡単な感情すら種族が異なれば伝わらないことを知ってリズは思う。リリは幹人のことを好き勝手しようと思うからあまり好きじゃない、という本音にまではたどり着いていないにしても気に入っていないということは理解している。それだけでもまだよくわかっている方だった。そう知ってリズの中で少しだけリリに対する冷たい想いを熔かすことが出来そうな気がしていた。

 壁を叩いて殴って割ろうと必死になる男のみっともない怒鳴り声が長い耳を震わせる。


 うるさいんですけど、静かにしてくれない?


 そう思いつつ耳をふさいで幹人のカバンの中で丸まり目を閉じ静かに寝息を立て始めた。



  ☆



 地下室の中、震える男を傍目に、部屋が確実に狭くなった原因の壁を見つめてふたりは目を見開き驚愕を隠すことができないでいた。

「ええと、絶対リズがやったんだよね?」

 少年がふとこぼした問いに男は激しい声で答えた。

「全くだ。何故こんなにも酷い生き物なんか飼っているのだお前たちは」

 リズが機嫌を損ねた理由などふたりには分からなかったが少なくとも男の言葉だけは賛同できないことは分かっていた。まずは壁を壊すところから。リリが白くて細い手を出して壁に触れる。雑草の生えた壁に触れるか触れないか、そこまで来たところで壁は音もなく崩れて元の空間が広がった。

「リズ」

 幹人の上げた声に耳を微かに動かして左目だけを開けて幹人の姿を確認した。その途端、幹人の元へと飛びついて頭の上に乗っかって耳をゆっくりゆったりと揺らし始めた。

「無事だった、よかった」

 頭の上に乗っている柔らかな生き物を撫でながら幹人は疑問を口にした。

「それにしてもなんでリズは壁なんて張ったんだろう」

 ただ嬉しそうに耳を揺らし続けるリズに代わってリリが口を開いた。

「さあ、そこのオジサンがなにかリズの気に入らないことでもしたんじゃないかな」

 男は一瞬顔をしかめるものの、リリの次の言葉で表情を和らげた。

「リズの価値観は独特だからねえ、私もあまり好かれていないようなもので」

 そこから一息置いて続けられた言葉こそが本音なのだろうか。男はそれを聞いて完全に平常の心を取り戻した。

「私でも手を焼くんだ、この子のことが分かる人なんていないんじゃないかな」

 飼い主のひとりですらそう語るほどの苦労、つまるところ、そもそも飼うことどころか触れるにもひと苦労するのは当然の話だった。

「しかしなぜこのようなワケの分からぬものを飼っているんだコイツら」

 思わずこぼしてしまった言葉をリリは魔女の耳で拾い上げていた。ひと言残さずしっかりと拾い上げていた。

「ふふふ、ワケの分からないものですって」

 妖しく笑う姿は男を見下しているようにも見えて、幹人には目の前にいる男の陰口を叩こうとしているような感覚にも思えた。後者ならば、そこにいてそこにいないという矛盾したことが目の前で形となっていた。

「ワケの分からないものなんて、ニンゲンこそが最たるものじゃない」

 続けられる言葉は男の事、しかし初めから目の前の男に聞かせるつもりもないようで。

「特にそこの50過ぎても十代みたいな人はね」

 言葉を届けたというよりも届いた、といった響きをリリの態度からひしひしと感じ取っていた。

 今日はまさにワケの分からない人物、50年の人生を歩んでいてもなお、こどもじみた雰囲気が抜けていないある種不気味な人物と寝泊りするのだと思うと、リリの全身は震えて心の影に覆われた底から気持ちの悪い反発心が生まれて這って出てきた。

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