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異世界風聞録  作者: 焼魚圭
第二幕 時渡りの石
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勇者の石碑

 本をめくってページを進めて現れた文字たちに目を通し始めた。書かれたそれらはまさに意味のある記号たち。リリは普通に読むものの、幹人にはその記号の意味が分かるまでに毎度少しの時間を溶かし続けていた。日本語と少々の英語しか知らない中、文字の発音と組み合わせによる単語、それの日本語訳。時間はどうしてもかかってしまう。

「疲れるね」

 しかし覚えておかなければ確実に途中でつまずく、分かり切ったことだった。

 いつでもリリと一緒にいられるわけではない、この前の戦いの時のように別行動を、それも街や村の中でしたとして文字が必要になる状況はいくらでも想像できた。

「この本にはどこまで……おやおや、ようやくおでましかい」

 そう語るように言って、年表の一部を読み上げる。


 勇者が現れる、木の家の作り方を教わる、


 幹人は内容よりも落ち着いた声に耳を傾けていた。

「それから二年後勇者の記念碑を建てる」

 リリはもう一度、更にもう一度、またしても読み返す。

「時渡りの石の情報は一切載っていない!?」

 ページをめくって勇者が来たところから記念碑を建てるところまで、隅の一文字までをも逃さず拾い上げるものの時渡りの石についての記述などなにひとつ刻まれていなかった。

「手詰まりかな、これは」

 落ち込むこと数分、幹人は話題を変えて気になることを訊ねていた。

「そういえば街の家のメンテナンスの方法や失われた歌のことも載ってたりしないかな」

 そう、今回のことでは役には立たなくても街の人々の手伝いになることはいくらでもあるはずだった。隣りの村人たちは怖くても街の人々は親切で、幹人は力になりたいと思っていた。

「そうだね、すこしばかり探してみるとしようかな」

 リリの賛同を得たことで気兼ねなく探すことを許されて。

 めくられた本のページに書かれていた事実に目を見開いた。ふたり共に同じ心情を抱いて思わず顔を見合わせる。

「これ……」

 消え去る幹人の言葉、声のひとつも出てこないリリ。

 家に関する記述は独特な材質と建築方法だとしか書かれていなくて諦めざるを得なくて、肩を落とす。

「まさか諦めをぶつけに来るだなんて」

 リリにはなにも出来ず、幹人にはなにも分からない。幹人の住んでいた時代と同じ程度に文明が発達していたとしても同じ形を取っているとは限らず、他の側面を知らない身としては勇者たちがどのような生活をしていたのかすら分からなかった。

 そこで、訊ねてみることにした。

「リリ姉には分かるかな? 勇者って元の時代でどんな生活してたの?」

 答えは普通に幹人の知っているようなコンビニ弁当を毎日食べて、カップラーメンを平らげて眠るような生活に幹人の知らない魔法が組み込まれたようなものなのだと実態を知らない視点から教えてもらった。

「お湯をかけるだけで仙人の住む国や日ノ出ズル東ノ国の食文化のラーメンを楽しめたり、お湯に溶かすだけのコーヒーだったりいつでも弁当のある店だったり、便利なものね」

 そのひと言でいとも容易く元の世界への感謝を思い出すことができた。あまりにも便利過ぎる世の中は今の幹人にとってはもはや過去の文明だった。

 家のことは素直に諦めて続いて噂の失われた歌のことを調べるべく、本のページをめくる。お出迎えした文字の塊に目を通す。



 街から出てきて 世界を巡り


 悪魔の王 を倒して 光をもたらして


 村に 戻りて 小さな石を 埋め込み石碑を建てました


 街で歌い 元の時代に帰る姿は まさに自由な勇者様



 それは見間違うこともない、明らかに他とは異なる改行作法を用いた括り、これがきっと失われた歌なのだろう。

 前半の勇者の偉業と後半の話、ふたりが注目したものはもちろん後半。

「まさか、この歌に時渡りの石のありかが示されていたなんて」

 物事を深く考える程の生活を送れていない街の人々に隣りの村の石碑のことを伝えて時渡りの石を隠したという事実だけを上手く人々に噂として流すという手段、悪用防止のためのこの上なく強靭なセキュリティーシステムとなっていた。

「なんてこと、寄り道した先に真相がおねんねだなんて」

 そこから続けられた言葉がどこまで本気なのか、幹人には理解できなかった。

「ふふっ、魔女を出し抜こうだなんて愚かで憎い勇者さまね」

 楽しそうに笑う姿は本に囲まれた夜闇の中でひと際妖しく見える。これこそが幹人の心をいつでも奪い取ることのできるほどの魅力を感じさせる女の表情だった。

 幹人に魅惑という言葉の意味を教えてくれたのは間違いなく今目の前に佇んで笑っている女だった。

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