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異世界風聞録  作者: 焼魚圭
第二幕 時渡りの石
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 夜の闇の中、建物の影から松明を持って図書館の入り口を見つめる魔女は呆れ果てていた。

「幹人、この警備、感心するね」

 幹人もリリに倣って門番を見た。

「こんな時間まで。市民の商売は夕方までなのに……」

「全く、頑張りすぎても体を壊すというのに、上に立つ者は土台が大きく崩れるまで見ないのだろうね」

 あくまでも王にとって市民など金を持ってきてくれる道具でしかない。きっとひとりやふたり、倒れようとも死体として積み上げられようとも、今の王は燃やせのひと言で片づけてしまうであろう。

 門番の兵士たちに見つからないように裏へと回り始めた。歩いて離れず近づかず、弧を描くように。

 歩く途中のことだった、突然何者かが歩くような気配を感じとってリリは慌てて松明を身体で覆うように隠した。しばらく待って動かない、生きている気配すら残さず抑えて隠して心臓の鼓動が内側で加速していた。リリの元で緊張のあまり叫びをあげてしまいそうな口を閉じて耐え続ける。近づいて来ないのを悟って、気配がいなくなったことを視て、再び歩き出す。

 兵士には見えない位置、そこで箒にまたがって構えを取る。

「窓から侵入しよう、確実に成功するものさ」

 幹人には思い至らなかった。文化のズレによる選択肢からの消滅とはあまりにも恐ろしいもので、幹人の考えからは完全に抜け落ちていた。窓には確実にガラスがはめてあるもの、それはいつの時代が始まりだっただろうか。そこまで歴史に詳しくもない幹人に分かるはずもなかった。

 箒はふたりを乗せて宙に浮かび始めた。ゆっくりと静かに確実に、大きな窓に導いて中へと入り込んだ。

 あまりにも簡単な潜入、幹人は驚きの表情を隠すことが出来なかった。

 ドアを開いて中へ、本棚を見て収まる本の冊数に圧倒されるリリ、それに対してある種の懐かしさを感じていた。

「凄い数、どれだけ無駄な努力を重ねたことやら……その頑張りだけで一冊くらいの冒険手記でも書けるんじゃないかな」

 リリの言う通り、本の一冊くらい出せるような経緯や意志くらいはありそうだった。

 松明で照らしても暗い部屋の中でふたりの探し物はどこに眠っているだろうか、もしかすると徒労に終わってしまうかもしれない。背表紙にタイトルすら書かれていない本の数々に違和感を覚えていた。松明の光に困惑の顔を照らし出されて感情は辺りにばらまかれた。

「どうしたのかな幹人、そんな顔をして」

 リリの問いに対して言いにくいのか困惑を崩さないまま答える。

「背表紙にタイトル書いてないのかなって」

 そうした言葉にリリは目を見開いた。

「装飾豪華絢爛だねえ、向こうの時代は全員貴族ってとこかな。本当にいい時代に生まれたみたいだ」

 リリの想像となにかズレがあったようでそれをきれいに潰すために必要そうな補足を加え始めた。文庫本の話だった。

「なるほど、少し分厚い紙と本を作るための道具、そして千冊以上も同じ本を作ることが出来るだなんて全世界北か霧の国のどちらかみたいじゃないかい。やっぱ」

 すべての本が紙と糸と皮を使って手作業で作り上げられる時代の中、いかに表紙が紙になって安っぽくなったと言っても大量生産はあまりにも魅力的だったようだ。リリは語る、この世界では提出された原稿を元に業者が手作業で写すことで作られているのだと。そしてそういった本は数年かけて百冊、公の機関や貴族の手に渡ることが殆どで、リリの家にある本は父が交易のついでに魔法使いに頼み込んでどうにか得た魔導書ばかりなのだという。それだけリリの母が凄い実績を持っているということなのだろうか。

「母さんは研究の分野で雲を発生させる魔法を考えたのさ。集団で雲を発生させて雨を降らせる旅巡礼という魔女の文化まで作られるほどの衝撃」

 元々植物から抽出した液体で薬を作る分野を研究する母は、今のリリと同じ地属性の魔法が得意だったそうだが、植物を育てるために魔法を使っていてはあまりにも研究が進まない、しかし植物がなければ研究が進まない。

 そこで考えた。


 雨、降らせればいいじゃん。


 といった経緯で地属性の魔法の研究を進めるために水属性の魔法で偉大な功績を打ち建てた魔女だったのだそうだ。

「す、すごいよ!」

 幹人は無邪気にすごいと感じていた。

 リリは少々呆れ気味だった。

「はて、必要とはいえどうしてこうなったのかな、地属性の研究のために水で偉業を成し遂げるなんてね」

 そうした会話をお供に本の表紙をめくってタイトルを確認していた。それらは大抵国名と歴史というジャンルのふたつで構成された味気ないタイトルの作品たち。

 つまらなさを感じながらも分かりやすいタイトルに感謝を込めて本を探す。

「繭の村の歴史を探したいのだけど、小さな村のことなんて一冊の本に出来るかな、分からないなあ」

 そう、分からない。歴史の本に出来るほどのものがあるのかそれすらも。

 幹人はひとつ、訊ねた。

「リリ姉は見たことある? 小さな街と村を一括りにした歴史書とか」

 目を見開いて駆け出す魔女、幹人を残して走る彼女が幹人に残した言葉は彼の心にくるものだった。

「ナイス幹人、可愛い君はそんなことも知っていて、ホントウにズルいね」

――急になにを

 幹人の心を覗き込む手段など持ち合わせていないのか、それとも知った上でなのか、リリは更に言葉を重ねて甘く飾り付ける。

「ルール違反だから今しばらくは離さない」

 リリの手は幹人の心をもつかんでいた。リリの言葉は幹人の大切なものをつかんでいた。優しく巻かれた絹のような柔らかな手触りの心情と少しばかり女の子らしい柔らかさの足りない白い手。


 幹人をその場に留めるには充分すぎた。


――ルール違反はどっちだよ

 男の子の純粋を保つためのルールなど自由な大人のオンナからすればお構いなし、寧ろ踏み入れることこそが成長のための一歩だとすら思っていた。

 進まない作業、見回りがいるかも分からない静かな図書館、焦りと不安は幹人の鼓動を素早く激しく強烈に濃く強く変えてゆく。

 熱と興奮に目を回す幹人はどうしようなくて行き場もない感情を抱いたままどうにか動いて本を取り出し表紙をめくる。

「そういえば言葉は伝わるのに文字は読むことできないのなんでだろう」

 以前から抱え続けていた純粋な疑問、それに対して簡単に答えを用意できるリリにはどれだけ疑問を放り込んだところで敵わなかった。完全に魔法の力の有効範囲と言って来る辺りに言葉の力技を感じつつも、他にそれらしい理由も落ちてもいなければ見当たりもしない。つまり納得する他なかった。

「歴史の本、人々とともに歩んだ村の成長が書かれた本」

 そうつぶやきながら探しつつ、この女はまたしても余計な想いを言葉に乗せて飛ばしていた。

「幹人と過ごすこの時間や冒険も流れる歴史の中に刻み込むことが出来たらいいのに」

 そこまで言って首を横に振って他の言葉を選ぶ。

「違うね、キミといる時間を私とキミの中に刻んでいたい」

 いつでも心を惑わしてくる、顔を赤くして言葉を返すのであった。

「リリ姉余計な事言ってたら作業が進まないよ」

 主に俺の、そう付け加えて目当ての本を探し、遂に見つけたのだった。


 三連の国の歴史書、その目次の中に繭の村編が記されていた。


 ふたり喜びともに目を向けページをめくり始めた。

 これから知る事実を全力で欲していた。

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