貧しい
それからしばらくの間、様々な建物を訪ねまわったものの、栄えた街は貧しいふたりを受け入れる気など欠片ほどにも持ち合わせていないようで、どこもかしこも値段が高かった。一か所だけ何故か満室で断っていたが、この値段で満室という事実はにわかには信じがたかった。
不親切な値段設定の中、リリの出した結論、それは野宿。
「街の壁にもたれて眠るのさ」
それは明らかにこれまでの中でも最悪な寝床、栄えた都市の中最も劣悪な睡眠を強いられるというだけで幹人の心は痛んだ。
「どうしてこうなったんだろう」
その問いに素直に答えるだけの魔女がひとり。
「全ては盗賊と王都の雑な政治が原因だねえ」
仕方がなく野宿をすべく、人通りの少なそうな場所を探していた。人通りの多さは流石は都会、そこに静寂を見つけることは今の時間では容易くはなかった。
「夜を待って探した方がいいね、これからデートといきましょうか」
幹人からすればあまりにも甘すぎる響き、都を歩き続けてしばらく、そこは図書館だった。
「デートっていうよりいきなり本題かよ!」
思わず叫んでしまっていた。
「手っ取り早いだろう? いいじゃないかい」
全くよくはなかった。苦しみの果てに築き上げられたときめきが悉く壊されていた。王都立図書館、王都が管理するこの国の中で最も大きな図書館。リリの話によればこれでおどろくのは井の中の蛙のようだと感じ取ることもできたが井の中だからこそ書き留めることが出来るものもあるのだとも知った。それこそ近くの村にあるとされる時渡りの石のことなどはどちらかと言えば民話に近い形で残されたものであろう。街と村と王都、この三か所でのみ残る伝説、噂話の類。
「で、警備はどう?」
リリは肩をすくめた。扉は固く鎖されるようにふたりの兵士に守られていた。村の服に街の鍛冶で作り上げられた金属を張り付けたような鎧は例の門番たちよりも頼りなく見えた。
「あの騎士とは姿が違うね」
それを聞き取っていたのか、兵士のひとりが答える。
「旅行者か、いいとこに気が付いたな。確かに門番ほど手厚い装備じゃない」
どうやら国の中では金を蓄えている方とはいえ世界的に比べてみてはそう大金持ちな国というわけでもないらしい。
「まあでも助かったな、金がなかったおかげで門番みたいな思い装備をせずに済んだわけだし」
楽がしたい、その考えはどこの国でも異なる世界でも同じことのようだった。兵士の話に耳打ちしつつ幹人は心に引っかかっていることを訊ねる。
「ところで、図書館には入れてもらえないのでしょうか。あと自由に出入りできないと意味ないような」
「それか、旅行者だと分からなくても無理ないな」
これまで幾たびの旅人に訊ねられてきたのだろう、あまりにも手慣れた導入はプロの技を感じさせた。
「識字率が低すぎて公の機関に携わる者しか触れる機会がないからな。公に携わる身分を証明できる物を持った者しか入れないことにしているのだ」
つまるところ、この都市に住まう者たちは昔から学問を修めるだけの財力を持ち合わせていないということだった。貴族と呼べるほどの富は王の意向で与えられず、知識不足で反逆を抑えるのだという。税金による生活苦と忠実な飼い犬のような兵士たちによって保たれていた平和、盗賊の件によってその思考が旅行者に対してまで及んでしまったのだという。理由とともにそうした事情を聞かされてただただ心を痛めるばかり。
――どこの異世界でもそういった国はあるんだなあ
たかだか少年と魔女の小さな力では経済を動かすことができるはずもなく、ただただ目の前の図書館に背を向けて今自分たちにできることを探すだけだった。
まだまだ日は沈む気配もなくてしっかりと動くことができそう。希望をどうにか見出して、ふたりは歩く。幹人の頭の上で柔らかな生物が落ち着きなく蠢いていた。
「ちょ、くすぐったいってリズ」
「言ってもムダさ、この子に言葉は通じるけども通じないフリまでするから」
可愛い生き物はしばらく落ち着かない様子だったものの、騎士の姿が見えなくなった途端急に態度を変えて幹人の頭の上で手足を伸ばしてくつろいでいた。これまでの行動から確かに言葉は通じるはずだが通じないフリをするのは本当、つまりそれだけの知識があるのだということだった。幹人のことなどお構いなし、ただ幹人のことはお気に入り、そんなリズの行動はきっと誰にも止めることなどできないだろう。
頭の上で好き放題にさせておいて幹人とリリのふたりはこの都を歩いていた。
「なんだか人々の活きた流れが川のようだね」
そうした軽い言葉に頷いて、幹人は欲を露わにし始めた。
「流石に少し息抜きが欲しいからさ」
そうして紡がれた言葉、幹人のやりたいことはあまりにも純粋だった。
「王都の端の方の海行ってみようよ」
宿を探して泊まるところも見つからず、図書館にも簡単には入れない。それを知って疲れが大幅に押し寄せてきていた。
「水着とかないだろうから入るのは無理でも少し歩くくらい。ちょっと気分転換が欲しいな」
そう言われてしまってはリリの想いも波のように揺らいでしまう。
気が付けばふたりの足は海の方へと向かっていた。




