完成
朝は訪れる。いつの間にか昇っていつの間にやら空に表情をもたらして、人々に生活の時間だと告げゆく。これはもちろん幹人にも森に棲んでいた魔女のリリ対しても例外などではなかった。
ふたりと一匹はそれぞれに違った心で朝を一緒に迎える。幹人は快適爽やかそんな気持ちで明るい朝を、リズはいつものお気に入りの頭の上に乗ることができるというささやかな嬉しさで落ち着いた朝を。
リリだけが死にかけの表情をしていた。
「どうしたの? 無理はしないでね」
小さな少年からの優しい問いかけと言葉に対して不愛想な顔のまま答える。
「凄く寝不足、睡眠をチャージしないと魔法すら撃てそうにないね」
つまりすごくよくない状況だった。
気怠い身体に無理やり鞭を打つような心境で心すら沈み切った状態で、重たい身体を引きずって歩く。
見かねた幹人はリリの今にも倒れそうな身体を支えて微笑んだ。
「無理しなくていいよ、今日は休もう」
しかしリリは首を左右に振る。
「いけないわ、敵は近くにいるかも知れないもの」
「敵?」
幹人の問いに疲れを見せない堂々とした声でしっかりと答えて見せる。
「そう、犬を私に向けてきたわ。正体が闇の中だから油断は禁物だね」
犬を飼っている人など村の中にいただろうか。盗賊の生き残りがいるのだろうか、震えが止まらない。
もしかしたらあの少女の仕業かも知れない、想像は膨らんで夜闇よりも暗い闇が染み出て心を汚染してゆく。塗りつぶされてはいけない、そう思い考えを抑えて気分を変えるべく、幹人は全くもって異なる思考の道を切り開いた。
「今日はさ、リリ姉も戦えないだろうからゆっくり過ごそう」
それを聞いてリリはふふっとかすかな笑みをこぼす。その表情が幹人にとっては可愛くて仕方がなかった。リリはいつもの余裕の表情を浮かべないままいつもの余裕を含んだ声で言う。
「ありがとう、今日はしっかりと起きて明日起きる時間を調整しなきゃならないなあ」
それから話題を変えるべく、あるものを取り出して幹人に差し出した。
「ほうら、私の仮面が完成したのさ、王都に入る時にはこれ被るしできるだけ黙るからキミに大切な役割を頼むよ」
その言葉を噛み締めて、嬉しさに打ちひしがれていた。リリの役に立つことができる。最近の生き残るために足掻き続けるような生活の中では思考すら麻痺してしまうのかも知れない。
「どうしたのかい幹人随分と嬉しそうだね、私も嬉しくなっちゃう」
その言葉の破壊力はあまりにも大きすぎた。
――リリ姉も嬉しい!?
下手な魔法よりもよほど強力で甘美な魔力を持った言葉、それを受けとめて無事でいられる人などどこにいるのだろう。とはいえリリの顔では大した褒美にもなりはしない、そう語る人物も多く現れそうだった。
「寝不足がひどいなあ今日はそこらでテキトーに過ごすとしよう」
リリは先ほどの会話で決まったことを繰り返した。
つまり、これから始まるのはリリと幹人の甘い時間、デートのようなものなのだった。




