仮面
太陽は既に沈み終えて辺りはなにも見通すことのできない暗闇の中、ひとりの魔女はかつて異質だった暗い森、夜の中では外と同じ色をした闇の中へと潜り込む。
暗くて何も見えなくて、魔女は一度大きなため息をついて誰にも存在を悟らせぬ声で呪文を呟いた。
――我が身我が瞳我が意思に銘じ命ずる 世界をも蝕みし深く昏い闇の底をも見通せ
途端、その瞳に映されし一色の闇に色が付いた。闇色の中に更に別の闇色。闇は闇のまま色とりどりの暗闇の色を示し始めた。
「さて、魔法だらけの作業が始まりそうだね……ちょっとしたことは魔法で楽できるけども、幹人には教えられないね」
そう、これから始まるものはまさに全ての工程を魔法で解決するという楽を求めた行ない。
「手抜き癖はよくないから」
楽を知ってしまうと流されてしまう、人の性を告げる噂はどこまでが本当なのか街の中では知ることもなかったが、かつて父を探す旅に出た時に王都へ立ち寄ることで実感を獲得していた。
「帰ってからも幹人が元の生活に戻れますように」
祈りながら、愛しい人には見せられない魔法の力を奏で始める。
――この世に形作りし神聖なる魂を秘めて生きる木よ 今ここに世界への冒涜を成せ
一本の木は地に張り付く権利を根こそぎ奪われリリの手の中に納まる。破裂するような勢いで形を変えてひとつの禍々しい大鎌の姿を成す。闇色に染まった世界の中、やはり夜の闇色に染まっていて、禍々しさはますます大きくなってゆくばかりであった。
手にした大鎌を大きく振って太い木を一本切り倒し必要な分だけを切って手にした。
「さて、私はここで、ここから消えるとしましょう」
妖しい笑み、闇の中に溶け込んだそれはあまりにも陰のある雰囲気が強くて何よりも美しい闇色をしていた。そんなリリの元に音を隠すことなく姿だけを闇に隠したなにかが迫る。
「人じゃあないね、どうしてくれようかしら」
特に戦いの構えを取るわけでもなく、ただ立っているだけ。迫るそれを出迎えるにはあまりにも余裕を漂わせすぎる魔女。表情にも艶があり戦いに参る姿勢とは思えない。
そんなリリの身体一寸先、そこまで迫ったところでそのなにかはふたつに裂かれた。振るわれた大鎌、その威力が示されるとともに大鎌は無数のかけらとなり散ってしまう。
「そう、大した相手でもなかったものね、うふふ」
そう呟きながら木々の隙間に目を向けて言った。
「本気を出すまでもない、あれはホントウの意味で最後の手段なのさ」
瞳に捉えられた何者かは闇に混ざって消え去った。リリの眼は地で真っ二つになって倒れている何かへと移された。
――犬、かしら
それは目で確かめた紛れもない事実、襲い掛かってきたのは獰猛な犬だった。




