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異世界風聞録  作者: 焼魚圭
第二幕 時渡りの石
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新しい服

 朝の輝きは幹人たちを笑顔で出迎えてくれていた。リリは体を伸ばしてあくびをかみ殺す。リズはひたすら顔を振っていた。

「リズ、揉んじゃうぞ」

 幹人の言葉にリズは嬉しそうにすり寄ってきた。懇願の意を聞き入れてただひたすら揉んでゆく。茶色の毛に覆われた柔らかな体は温かくて心地よい。

「よっぽど懐かれたみたいね」

 それだけしか語らないリリ、頬に力を入れて少しばかりの毒を感じさせる表情は嫉妬なのだろうか。

「今日は朝ごはんを食べたら思い切って服の製作依頼をするの」

 これからの予定を話しながらリリと幹人は集会所へと向かっていた。幹人の手に収まる妙に耳の長いリスのような魔獣は揉まれ続けて心地よさそうな表情をしていた。途中に通りかかった石の塊に目を向けて訊ねた。

「記念……碑? なにこれ」

 幹人に倣って記念碑を見つめるリリ、その眼には文字の意味までもが映されているようにすらすらと読まれていた。

「なるほど、勇者さまが初めてこの時代に足を踏み入れた場所だから置いてるみたいだね」

 得も言えぬ表情で顔を曇らせて付け加える。

「だったら悪魔の王だけじゃなくて繭も倒しておいてくれればこんなことにはならなかっただろうに」

 行き場のない気持ちを持ったまま集会所へと向かう足を再び動かし始める。そこに置いてある物のひとつに目が行って重い気持ちは瞬く間に吹き飛んでいった。

「これは……珍しいね」

 幹人には懐かしいそれ、正体はパン。普段見ている物と比べて非常に薄くはあれどもあまりにも懐かしい姿に思わずその名を呟いていた。

「そうかい、幹人も知ってるんだね。ただこれはどうやらトウモロコシを使ったものみたいだね」

 つまりトルティーヤのようなものなのだろう、そう考えると少しばかり分厚いそれを手に取って、一段突出した壇上に立つ男にここに来た目的を話した。

「さて、動物の毛皮と糸は手に入ったのだけれど、これで新しい服を作ってくださるのかしら」

 男は、首を横に振った。

「作るのは、お前たち自身だ! ひとり寄越すからそいつに教えてもらえ」

「ケチ」

 頬を膨らませて不満を漏らすリリがあまりにも可愛らしく映り純粋な心はかき乱されて頭の中では熱いものが暴れていた。

「いいや、場所まで貸してくださるのなら作りはできますもの」

 幹人に大きく咲いた笑顔を注いでいた。わざとらしい行動は少しばかり恐ろしい。

「行こう、幹人」

 落ち着きなく耳を揺らし続けるリズは集会所の屋根の上に置いて、ついてきた男に糸の作り方や縫い方を教わってその場に放置することにした。

「さてふたりきりの作業が始まったわけだけど、不満はある?」

「頭が寂しい」

 普段頭に乗っているはずの子がいない喪失感、起きている時はほぼ常にリズを頭に乗せていた幹人は頭どころか腕にも収まっていない寂しさを感じていた。だが、今目の前には寂しさに弱り切った表情を緩めるリリの優しい表情があった。

「大丈夫、作業が終わったらまたすぐに会えるから」

 言葉とともに手は動き、糸は束ねられて使われる形へと変わりゆく。リリの表情は真剣以外の言葉では表すこともできないもので、幹人もまねるように作業に集中していた。

 イノシシの毛皮とクマの毛皮、それらは街の鍛冶屋で作られたナイフによって切られて針で縫われてゆく。幹人にとっては雑に見えるものだがリリはこのくらいの方がいいと答えていた。奇麗すぎては逆に奇妙なのだという。

 縫って縫って縫い続けて、昼ごはんを挟んで再び縫って、気が付けばもう日が地の底まで沈もうとしていた。一着の服を作ることがここまで大変だったのだと知って幹人の心は元の便利な世界への感謝の気持ちでいっぱいだった。

 日が沈み切る前に、沈み切るよりも早く、日が空から落ちるよりも速く、手を動かし続けてどうにか作り上げた。

「さて、出来の具合いがいかがなものか、着替えてみましょう」

 テーブルの上にたたんで置いてあった布を頭上で横になっている柱にかけて仕切りを作る。

 仕切られた向こうで、あまりにも薄くて揺れるほどに柔らかな壁の向こうで女性が、それも好きな魔女が着替えている、それを想うだけで恥ずかしさに満たされて身体が動かない。見られていないとはいえ一度服を脱ぐことすら恥ずかしくて、意思も動かなかった。

「どうしたのかい、可愛いキミの新しい姿、見てみたいな」

 リリの声にはっとする。見えていないとはいえ動いていないことはなんとなく分かっていたようで。指摘を受けてようやく着替え始め、そこからはあっという間に完了した。

「さて、着替え終わったかな」

 幹人が答えるとともに布の壁は取り払われた。イノシシの毛皮に覆われた少年はイノシシの顔をしていた。

「うん、フードがかわいい」

「少しリアルすぎて怖いよ」

 幹人の裁量で多少恐ろしさは減らされたとはいえ、それでもデフォルメが足りないようで少しばかり恐ろしい。

「そうかい? 私のクマさん見てみなよ」

 クマの体ほぼそのままのようにも見える服、クマのフードを被ることで口から顔をのぞかせている姿に幹人は思わず吹き出した。

「クマに食べられてる」

「クマさんだぞ食べちゃうぞガオー」

 リリもまた笑っていた。その笑顔が優しくありつつも愉快な心情を咲かせていてあまりにも微笑ましい。

「じゃあ、リズのとこにでも行っておいで。私は準備することがあるから」

 支給された昼ごはんの残りを晩ごはんにするため、集会所には今は用はありもしなくて中には入らずリズをお迎えにだけ行くために歩き出した。

 薄暗いそこは異界であることを強調する景色。大した発展もない技術で作り上げられる生活はあまりにも不便だったがリリはそこにしかいない。それを思えばどこの世界よりもこの異界の中で生きていたいとも思えてきて。

「俺はどうしたいんだろう。帰りたいのかここにいたいのか分からないや」

 考えをこぼしながら歩くこと数分、例の頼りない明かりで照らされた集会所に着いて、可愛らしい魔獣の名を呼ぶ。

「リズ、迎えに来たよ」

 声はしっかり届いたようで藁を敷いた屋根から小さな体が素早く降りてきた。そのスピードは目で追うこともできないようなものだった。

「ほら、新しい服着てきたよ」

 リズは長い耳を揺らしながらただ幹人の頭の上に乗りかかって心地よさそうに休むだけだった。

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