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異世界風聞録  作者: 焼魚圭
第二幕 時渡りの石
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苦労

 森を抜けて出迎える光景、それはまさに暗闇の外に広がる暗闇。美しいはずの自然の全てが黒く塗りつぶされていた。

「もう夜かあ」

 リリを見つめるも表情は包み隠されていて一切見通すことができなくて。声と言葉で気持ちを探す他なかった。

「そうだね、これはもう眠るしかないみたいだね、私にかわいい寝顔を見せるしかないみたいだね、魅せてくれないかい」

 リリに関してはなにが本気でなにが偽りか、どれほどまでの本気度なのか。落ち着いた声とおどけるような言葉を聴くも本気と冗談の塩梅をなにひとつ教えてはくれなかった。

――どうしてだろう、リリ姉のこと、なにも分からないよ

 つかみどころのない魔女の心、どれだけ触れようとしたところですり抜けて遠ざかってしまうのだった。

 向こうの魔女も幹人の顔は黒く塗りつぶされていて見えないはず、そのはずが心の形は見えているのだろうか。幹人の頬に手を当てて耳元で地声交じりに囁いた。

「大丈夫、私はキミを想ってる、それだけは嘘じゃあないから」

 分からない、そう思っていることを分かっている。間違いはなくて、しかし幹人からリリのことは分からなくて。

 足はどれだけ進められたのだろうか、想いは仕舞われて身体は村へと戻っていた。たどり着いたその場所で今日はただ眠るのだろうか。知らない分からない、そう思っていた幹人だったがあることに、自身に向けた知らせにようやく気が付いた。

「お腹空いたよ」

「そうだね、あんなことの後だもの、お腹は空くし疲れは溜まるね」

 身体は食材を求めていて、自覚した途端、心は欲を叫び始める。食べたい、晩ごはんを早く、一刻も早く。想いは暴れて口から出ようとしていた。故にリリの言葉にとても救われた。

「さて、村についたことだし夕飯にしましょ、作りましょ」

 村ではなにが栽培されているのだろう、なにも栽培されていなかった。

「復興始めたばかりだものね」

 仕方がない、不満そうな声で口に出して考える。

「ではどうしよう、どうすればごはんを得られるのかしら」

 歩いて歩んで進んで着いた集会所。そこで晩ごはんをいただくつもりらしい。

 入って村長と思しき人物に目を向けた。村長はただリリの肩辺りを睨みつけるような鋭い視線で刺していた。

「それは?」

「森に落ちてた死体だけど?」

 ただただ見つめる。そのやり取りを見ていた村人が指をさして死体の名を呼ぶ。

「お前、キャベラじゃないか。繭の眷属にされたんじゃなかったのか」

 キャベツ農家のキャベラ、そう呼ばれているらしい。

 リリはすでに分かり切ったことを訊ねていた。

「繭の眷属、どうしてそう思ったの? 地に落ちてただけなのに」

 噂話のいい加減さはここに現れていた。男は周囲を見渡して外へと向かう。

「来てくれ、メシなら持って行っていいから」

「幹人」

 リリの声に一度頷いて答え、ふたり分の木の箱、王都からの支給品の夕食を持ってついて行く。

 外に広がる闇の中、頼りない松明が辺りを照らしているだけ。闇に散らされたまばらな光は星のようだ。空と混ざり合って一色となってしまった村は輝きによって独自の空となっていた。そんな世界から切り離されたような空の中、村人は骸骨を引き取って語る。

「繭の眷属、森の奥を見たなら知ってるだろ? その糸を纏った森の支配者のことを」

「ええ、まさに支配者ね、成長したらどうなるのか、想像も付かないものだね」

 村人は頷いて続きを語り始める。

「そうだ、ただ俺たちは服を作る、それだけのために一年にひとりの生け贄を出して糸の採取を行なっていた」

 命がけの作業に幹人は身の震えが止まらなかった。たかだか衣類のひとつ、そのために命ひとつを放り捨てる。その行ないが恐ろしすぎて言葉も出ない。

 松明の輝きにあてられたしゃれこうべは一部が大きくへこんでいた。

「こいつは川に流すとしよう」

 繭の眷属となったはずの者がここにいる。そんな混乱を避けるためにこのことを水に流すつもりなのだろうか。

「とにかく、こいつはもうここには置いておけないんだ」

 それだけ残し、村人は立ち去った。

 残されたふたり、暗闇の空に浮かぶ星を結ぶような勝手さで想像を繋いで納得していた幹人。それに対してリリは浮かない顔で立ち尽くしていた。

 静寂は続いて時は音も立てずに流れゆく。リリの目には頭にはなにが映されているのだろう。気になって仕方がなくて落ち着かない。そんな幹人が静寂を打ち破ろうと意識を向けたその時、リリの口は開かれた。

「さて、あの男には色々と訊ねてみたいのだけど、その問いを代わりに幹人にしてみるとしようかな」

 前置きは幹人の気を引き締める。リリの艶やかな声が疑問を伝え始めた。

「さて、どうしてあの人は私たちが運んできた死体の正体を即座に見破ったのでしょうか」

 その問いに対する答えは即座に出てきた。

「迷った人があの人だけだから、かな?」

 リリの満足を表す笑みに幹人はついつい頬を緩めていた。

「そうだね、糸に巻かれたら最後、身体そのものを墓標とされてしまうのだからあそこに倒れてる時点でね」

 続けて出される質問はいかなるものだろうか。

「でもさ、それなら普通に焼いて砕いて肥料にすればいいって思わないかい」

「それだと、ほかの人にも分かるんじゃないかな」

「事情も知らせなきゃ誰だか分らない、それだけなのに?」

 納得を浮かべながら取ることのできる反応、それはただ頷くことのみだった。

「分かればよし。じゃあ例の頭、あれには少し見ただけでわかるへこみがあったのさ。それ、自然にできると思うかい?」

 事前にそこまで考えていなかった幹人には言葉のひとつも出てこなかった。

「村人が森に入る時、恐らく野生動物から身を守るために丸太でも削って武器を作って持っていくはず」

 そこから導き出された最後の答えはこのようなものだった。

「あれはきっとなにか事情があって殺したのだと思う」

 暗くてよく見えないような森の中、生け贄を出してまで糸を採る村の住民たち。その苦労は大きなものだっただろう。想像と推測で押し広げられて作り出したものをただ、何とも言えない気持ちで思うことしかできなかった。



  ☆



 夜の闇の中、更に深い闇を持つ森の中へと向かって何かを背負った男が息を切らしながら歩いていた。背負っていたもの、それは先ほど森から持ち出されたもの、骸骨と呼ばれるものだった。

 少し進んだところを右に曲がって繭への道から逸れたところにて立ち止まり、地面を掘り始めた。

「こんな男、一族の恥だ」

 かつて繭から糸を採ろうと進んでいた一隊から裏切り者が出た。繭の眷属、糸を採るために出す生け贄をそう呼んで隠すこと、隠匿の風習は打ち砕かれようとしていた。

「俺は死にたくない! もうこんなことやめるべきだ」

 そう言って駆け出したキャベツ農家のキャベラ。男は大人になるとともに一年に一度、繭の糸を採りに行くという仕事を任される。繭に人を差し出してそれを養分としている間は大人しくなるためそこで糸を安全にとることができる。

 村の服作りの文化を生かし続けるために必要な犠牲だった。

「村中に真実をばらまいてやる! これで誰も犠牲にならずに済」

 言葉はそこで途切れ、目の前には先ほどとは異なる壁のような闇が立ちふさがり、足は地面を踏んではいなかった。頭にはあまりにも強すぎる痛みが走りもう何も考えることができない。

 その足をつかみ、木を削った棒を持つ男は地に倒れてもがき苦しむ男に向けて思い切り叫びをあげた。

「村のためだ! 衰退は許されないぞ! あの勇者から教わった技術を失って町の州服すらできない街みたいな衰退は」

 男は早くも弱ってもがくことをやめていた、否、できないでいた。

「さて、こいつを差し出すとしよう。誰を食うか分からないとはいえ、先頭にもっていけば勝手に取り込むだろう」

 そう言って死に向かいゆく男を先頭に、男の群れは歩み始めた。進んで目指したその先はうっすらと明るくて希望のようにも見える絶望が分かりやすく佇んでいた。

「さて、今年のメシだぞ」

 差し出された死に瀕した男には目もくれず、伸ばした糸は後ろの方に控えている男を捕えた。

「クソが! なら仕方ねえ」

 男たちは突撃を開始した。地面を踏み鳴らし、柔らかな地面をつぶすような勢いで走って繭から糸を切り取って。

 それから落ち着いた時にはほとんど記憶がないような感覚に襲われていた。思い出しはできても自身の記憶かどうか、感触も叫びも匂いも、何もかもが曖昧で。

 背負っているもののひとつ、糸とは別に背に重みを加えている亡骸に気が付いて地面に放り出した。

「どうしてコイツじゃなかったんだ」

 男の群衆の中からひとり現れて重々しい雰囲気をまき散らす男の肩に手を置いた。

「死にかけはいらねえんだろうよ」

 多大な苦労お疲れさん、そう言って死体を放置して歩き出した。繭の眷属にされたことにして、異端者は苦労とともに覆い隠すことにした。

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