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異世界風聞録  作者: 焼魚圭
第二幕 時渡りの石
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服を

 朝日はこの世界を照らす。淡いレースのカーテンのようなかすれをかけたような空は大きくて広くて美しい。

 リリは両手を広げて深く息を吸う。明るい光が降り注ぎ地面に輝きをもたらして緑が舞い自然と混ざり合い、リリ色が映えてきれいに心に入り込む。

「いい景色」

 ついついこぼれた言葉はリリをさらに引き立てる。

「私のいる景色、もしかしてそれがいいのかい」

 間違いはなかった。反応を窺ってため息をついて、日差しに溶けてしまいそうな言葉をこぼした。

「早く元の世界に帰らせなきゃ私といることが幸せだなんて言いかねないなあ」

 それはいけない、そういいながら早く王都を目指すことにした。

「幹人を早く元の世界に帰らせるために王都へ入り込む」

 要点を整理して幹人に以前言ったことを再び伝える。

「そのためには税金をあまり取られない地域の、つまり近くの街と村以外の服装を用意するのさ」

 この辺で服を作るのはこの村が有名なのだという。復興が完了した今、家までイノシシの皮を取りに帰り、それを使って新しい服を作ってもらうという予定なのだそうだ。

「お分かりかな、つまりこれから以前狩ったイノシシの皮ともう一頭イノシシを狩って皮を回収するのさ」

 その言葉に従って動くことに決まった。

 外では早くもリリの流したウワサ、少女のことが広まって人々が気にかけていた。王都から脅威はいないかと見回り来る騎士にも話すことで王都の入り口となって住民たちにまで伝わっているそうだ。

 噂を聞きながら歩いて飛び交う言葉を潜り抜けて村を出て、誰もいないことを確認してリリは箒に跨る。

「あまり土とか飛ばしたくないからね、新品の家に傷をつけたくないのさ」

 幹人を後ろに乗せて抱き着かせて箒は空へと向かい始めた。


 飛んで飛んで飛んで。


 例の森、魔女の家、それらを越えて向かう先。それはあの山。

 標的はイノシシ、目的は毛皮。

 山を彩る緑の衣、それは日差しを遮って山の中を涼しく保つ。木漏れ日と影のまだらに癒しを感じながら歩き続ける。でこぼこ地面は踏みしめる度に独特な感覚を与えてくれていた。ふたり並んで進もうとするも、幹人はすぐに息を切らしてリリの背を眺める形になりゆく。距離は離れるか、否、リリに気を使われながら進むこととなっていた。

 リリは背に立ち追いかける幹人に対して顔も見せずに優しく微笑んでいた。

「リリ姉待ってよ」

 しかしリリは距離を保ったまま進み、声をかけていた。

「幹人をお守りするためさ、絶対に傷つけない」

 美しい自然の中からどのように脅威が湧いてくるのだろうか、過去に来たことがあるにも関わらず幹人には想像も付かない。あの日のことに現実感を見いだすことができないでいた。

 歩いて進んで元の道など知らないままで、余裕な魔女と不安に押し潰されてしまいそうな少年という構図ができてしまっていた。

「迷わずに抜け出せるのかな」

 それはリリにとってはあまりにも愚かな疑問だった。

「大丈夫、飛べば見渡せるから、どこにいても街の行方は丸裸なんだよ」

 示された安心感と共に進み続ける、歩み続ける。森のざわめきは静かなのににぎやかで美しくて心にまで響く。木々の香りは涼しさまで運んでくる。

 耳を澄ます。木々の鳴き声にリリの堂々とした足音、少し不安気味でぎこちないにもかかわらず雑なもうひとつの足音。頭の上で耳を揺らしながらリズは眠っていた。

 見えているものとは別に視えてくる同じ景色、そこに異物が紛れ込んでくるまでにそう時間はかからなかった。別の音がひとつ加わって奏でられる不定の状況、眠っていたリズが目を覚まして耳を激しく振っていた。

「リリ姉」

「ええ、リズが耳を激しく振っている。これは」

 敵はすぐそばにあり。そういうことだった。幹人はナイフを、リリは心を構える。互いに持つものは違えども持つ意志は同じ。

「狩ったら即川にドボンして洗うのだったね」

「臭いが付くのがイヤだからね」

 足音は早く、的の姿が見えてすぐに速いと悟った。

「これは」

 その姿はイノシシとは異なっていた。黒い毛に覆われた身体、四足歩行、鋭い牙が並んだ口。

「熊だ、大変」

「あれをひとりで素手で倒す知力と体力と度胸があれば一生歌劇脚本を書いて過ごすことができるというひとつのうわさ話があったかな」

「なにそれ」

 この世界に蔓延るたとえ話のひとつなのだろうか、考えても分からないが考えても仕方がない今はただ目の前で驚異的な力を見せつけている獣を狩るのみ。

 リリはいちど指を鳴らした。

 地面から植物が伸びて黒い獣を捕えて放さない。絡みついて縛り付けて。幹人は動くことのできない熊の眉間に鋭い風を放った。

 熊は縛り付けられたまま力を失い地面に倒れそうになるもののこれ以上動くことは植物が許してくれなくて。

 力尽きた熊を見てふたりは笑顔でタッチ、それからすぐに獲物を川まで運んでちぬきと解体作業に移って見事に食用肉と毛皮を手に入れた。

「よし、今日のところはここまでにしておくとしよう」

「ここまでにしておこうもなにも目標達成してるんだよなあ」

 箒に跨って、森の家へと帰って行った。

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