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異世界風聞録  作者: 焼魚圭
第一幕 リリとの出会い
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リズの風

 風がなびく、この戦場を優しく見守る涼しい風。

 男は思い出していた。様々な国の商人と取り引きをする組織の一員。そんな彼がある国の近くのある街を息抜きの観光で歩いていた時、魔女の姿を見かけた。

 恋の魔法、そう呼ぶにふさわしい不思議な魅力に惹き付けられて近付いて。

 やがて魔女は子を授かって、リリと名をつけ祝福の祈りを捧げた。

 仕事でリリとはあまり会うことも叶わなかったものの、本を持ち帰り文字を教えてリリの瞳に映る世界を広げて一緒に楽しいひと時を過ごす。それがこの男にとっての最大の楽しみだった。


 しかし、そんな幸せも長くは続かなかった。


 船が盗賊団に乗っ取られてしまい、組織そのものまでもが支配されるという有り様、男は抵抗できずに悪事を働き手を汚し続ける人生を歩まされた。

 時には行き場のない少女を拾って悪事のために拾われなかった場合の少女の絶望と悪しき教育も叩き込み、盗賊の一員に加えもした。

 そんな生活の中、男はあることを思い出していた。もう妻にも娘にも会うことはできない。会いたくて仕方がないのに会いたくない。罪に汚れてしまった父はもう父ではなくて、その身は身の血はこの上なく汚くて。


 会いたい、この罪さえなくなれば。


 その時、ふと頭の中をよぎるある話。かつて未来から時渡りの石を使って来た勇者が魔なる存在を倒し、時渡りの石をその街の近くの村に埋めたという伝説。

 湧いてきた微かな希望を探らない手などなかった。全てをなかったことにしてやり直すために。輝かしい生活にもう一度触れることを許してもらうために。

 王都の交易は穏便に、盗賊団のお頭は交易の最中に盗賊団員のひとりを連れて姿を消してしまったものの、この男にとってはそれも些細なことでしかなかった。

――すべてが終わればこんな集団など他人だからな

 持っている道具を確かめて、ナイフとマッチを持ってポケットに仕舞う。

――いつ発火するか分からないが……ないよりは良いだろう

 霧に覆われし眠らぬ国、そこで作られた『いつ発火するか分からない危険なマッチ』は危険でありながらも箱の側面を擦るだけで火が着くというべんりな道具。他にも拳銃など優れた道具が作られているが、それを手にするにはその手に握られている金はあまりにも少なすぎた。

 そうして村を襲い、人々を追い払う。天に住まう偉大な存在は男に味方しているのだろうか、一切の折衝を行うことなく村を支配することができた。

 そうして時渡りの石を探すことにどれだけの時を費やしたであろう。


 世界はイジワルな状況を用意した、否、必然的に起こったことでしかなかった。


 魔女、つまり男の妻が村を救うために動き始めたのだ。魔女が来たことを知ってすぐに男は駆け付けた。愛する妻、目の前にいる姿はホントウのもの。

 頭の中を焦りや不安、嬉しみや苦しみ、想い出に後ろめたさ、様々な感情が駆け巡る。

 目の前の愛する人は目を丸くして一瞬立ち止まり、駆け寄る。再開の感動に打たれて、感動を分かち合いたくて。抱きしめて、抱きしめられて、そして――



「で、刺したのね」

 男は正気に返った。闇の中、植物たちが蠢いて花粉をまき散らす。不思議な色に染められた花粉は火の輝きを受けながら風に流されていた。先ほどの娘の声と花粉を見て、全てを悟った。

「さっきのは……」

 リリは男を、父を蔓で縛り上げる。

「そう、花粉と一緒に出た毒で見た幻覚と吐き出された独白」

 蔓はますます固く強く縛られてゆく。息が詰まり、咳のひとつも出ることがない。

「時を戻してやり直し、そんなことしたってあなたの罪はもうなくならないの分かってるよね」

 リリは大きく息を吸って表情を歪めて激しい言葉を吐いた。

「ねえ、この人殺し! あなたのような人格じゃあ盗賊団に入ったのは必然の運命よね、この人でなし!!」

 男を絞める蔓は肌に食い込んで、赤い液体を啜る。

「罪に汚れ切った救いようのない血……こんな品格のない存在の上っ面だけの立派な教育で作り上げられてたなんて、サイアク」

 男は首を振る。助けを求めて声を上げようとするも締め上げられた首からは空気も十分に通らない。

 リリは父を見下して蔓を操る手を開き、一気に閉じて全てを終わりにしようとした。


 しかし、それは叶わなかった。


 突如吹く風が蔓そのものの中へと入り込み、内側から破壊してゆくのだ。

 その光景にリリは驚きを隠すことができなくて、目を見開いたまま固まっていた。長い耳を揺らしながらリスのような姿をした生き物が飛びついてきてようやくリリの硬直は解かされる。

「リズ!?」

 リズ、そう呼ばれた魔獣はリリの手のひらに乗り、口にくわえていたものを落とす。

「幹人、どうやら気が付いていたみたいだね」

 リズの鳴き声を解読して、リリは父に向けて一度、指を鳴らす。植物はその男を巻き込み壁に引き寄せ縛り付けた。

「しばらくの間そこで生活しているといいわ」

 リズを軽く窺って、頭を撫でて語りかけるように言った。

「行こ、幹人をお迎えに行かなきゃ」

 その時、魔女の後ろ姿を眺めることのできる盗賊団、その全てが意識を失っていて、奇襲を行うことなど叶いやしなかった。

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