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異世界風聞録  作者: 焼魚圭
第四幕 異種族の人さらい
100/240

 バーの裏で眠る。元の世界ではまず視ることのない深く塗りつぶされた闇の中を歩く羽目にならなかったことに感謝を込め、マットとブランケットに身を包んで今日の出来事を想う。

 異界に迷い込んだもうひとり、あの少女は反対側へと進んで行ったが生きているのだろうか。

――生きていたら向こうにも街か何かがあるってことだ

 あるのかどうか分からないそれ、幻想の中にて隠れ眠り続けるそこに美少女の気配を作り上げて希望に瞳を輝かせて。闇の中で眼だけがキラキラ煌めき見えそうなその心情、見抜かれることはない、見抜く人がこの場にいない、そこに誰もいない。

――ああああ! 美少女ーー!!

 求めるものを迎えに動くことすら許さない暗闇に身を潜めて、虚しさに囲まれながらただただ時間だけが過ぎてしまう。

 一刻も早く美少女を。頭の中では単純な願望が渦巻き続けて、激しい想いは暴れるものの、やがてそれは弱まり収まって。つまるところ眠っていた。



 時など何をしても何もしなくても駆けても止まっても慈悲も感情も無く過ぎ去って。誰にでも平等、ひとりひとりの都合になど構っていられない夜は明けて紘大が目を開く頃には既に輝く火球によって空は照らされ輝いていた。

 伸びをして身体を曲げて、軽い痛みに打たれて口は開かれた。


「薄いマットじゃこれが限界か」


 美少女の次は快適な寝床、頭の内に書き留めて、表に出た。そこには既に起きて朝食の準備をする店長の姿があった。呆けた貌を浮かべ続けていたがために店長に笑いを与えてしまっていた。


「ふはは、おはようコウダイくん。そんな顔して。ぼーっとしてる分だけ時間は逃げるのだぞ?」


 そんなの知ってら―― 言葉を飲み込み欠伸を噛み締めていた。言葉を隠した後に来る隠せない想い、それは思い出し。震えて膨れて濃く強くなって。

――そうだ、美少女を探しに行こう

 抑えることなど到底叶わなかった、想いに我慢は敵わなかった。

 店長の話のひとつも聞くことなくただただパンを口につめて味わうこともなくドアの向こうへ、外へと歩き出した。

 見える景色はまさに異世界。異国のような異界の光景に開いた口が塞がらない。


「スゲー。やっぱ異世界なんだ、しかも能力持ちで!」


 見回し歩いて更に言葉を続ける。


「いいな、絶景を作るにはもう少しだな。待ってろよ、美少女ハーレム」


 目指すものは煩悩に塗り潰された世界そのものだった。目的がない虚無の住人よりは良くはあってもロクでもないことには変わりはない。そんな彼が雰囲気を味わいつつ夢に想いを馳せて進んだ先に、のどかな空気を打ち壊す出来事が待ち受けていた。

 ドアが開き、出て来た淡いクリーム色のクセのある髪をした少女は耳をも引き裂く痛々しい声を上げて叫んでいた。


「誰が太りたくて太ろうとするの! わざわざあんな動きにくい姿になんか」


 それは目に見えた反抗期と本心。しかしこの国ではその価値観とのお値打ちと成長における通過点のこの心理を理解しようとする心などあったものだろうか。紘大には見当もつかなかった。しかしながら周囲は紘大の顔と貌を見抜いて当てた。


「ああ、旅行者さんだな。あの子は変わり者でさ」


 美しくなりたくないなんてな、そんな言葉の後を引いて現れた笑い声。それは不快に思えるが愉快にも想えた。

――つまり、俺の世界の美少女と基準が違う

 日本古来の美人、中世ヨーロッパの美人、今の美人美少女かわいらしさ。異なる想いの田を無理やり共にする必要など何ひとつない。歴史的に変人だと笑われ迫害の壁でセカイの外側へと追い出されてしまうだけなのだから。そして、あの少女も同じ変人でしかないのだという。

――なら、俺が変人の恋人になってみせるぜ

 そう、せっかくの紘大にとっての可愛さが崩れてしまうのはもったいないと思っては冷めない想いが燃え続けては止むことを知らない。想いが足を動かす、まさにそう言葉にするのが相応しい衝動に運ばれて気が付けば少女の目の前に立っていた。クリーム色の髪はクセを隠すことなくうねっていて、後ろは麻紐で括られて尻尾のよう。目と目が合って即座に打たれた言葉に少女は耳を疑った。


「よっ、キャワイイ嬢ちゃん」


 精一杯浮かべているであろう笑みは気持ちとは裏腹にあまりにもぎこちなかった。言葉にするなら下手の極み。少女から返された表情は鋭い睨みだった。


「本当に可愛いって思ってる? どうせ余りモノでもいいだけなんでしょ?」

「いやいや、ンなことねえって」


 こんなに貧しそうなのが好きなんだ、変わってるね。己の醜さが心の内から表情まで覆って陰を創る。紘大は少女の肩に手を置いて温もりでその美貌を覆い隠すその陰を取り払う。


「教えてやるよ、俺は旅行者だ。国が違えば考え方も違うんだぜ」


 どこの国の者なのか、疑う少女に対して異界、などと口走ることはできなかった。正直者が馬鹿を見る。その話の続きは馬鹿が聞く。

 なら知らせない悟らせない。それが最適のど真ん中だった。


「俺の住んでた国はまあ、なんつうかなんだろな、とにかく戻りづらいんだけどさ、そこじゃありふれてるぜ。お前みたいな細くてかわいい顔した天使さまを愛する文化」


 それは少女にとってはあまりにも大きな衝撃だった。この国ではみすぼらしくて見ていられないとまで言われる自身が愛される国があるのだと言われて。目を耳を疑う。すぐさま飲み込み信じることなど不可能でしかなかった。


「しっかし、ここは身体と身分しか見てねえのな、身体も身分からの派生だし」


 もっともな意見、そこから続けられた言葉は更なる衝撃で溢れていた。


「顔を見ろよ貌を。ココロが一番出る部分だぜ?」


 その男は少女に名を訊ねた。ミーナ、自信をもぎ取られて喪われた少女の消え入りそうな声で告げられた名前にその男は屈託のない笑顔を輝かせていた。


「俺はコウダイっていうんだ。よろしくな、ミーナ」


 男の口で、トゲを感じつつもどこかに優しさを秘めたその声はミーナの中で反響し続ける。

 何回、何十回、何百回何千回と繰り返されて、熱い揺らめきにくるまれていた。

――なんだろう、この気持ち

 平凡で不思議な少年にたちまち夢中になって、暖かな夢気分にいつまでも浸り続けていたい。その感情だけは分かっていた。



 そうしてミーナと紘大による旅が始まるのだった。

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