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カットとシャンプーが終わり、この日の施術も、ブローと仕上げを残すだけである。
真琴は密かに緊張していた。実はこの日、真琴は神山さんとお近づきになるための第一歩を踏み出そうと決めていたのである。
その計画は入念なものだった。真琴は半年前から休日に料理教室に通いはじめ、苦手だった料理をアパートでも時々するようになって、洋食の作り方を覚えた。殺風景に散らかっていたアパートのリビングを片付け、インテリア雑貨や家具を少しずつ揃え、リビングをおしゃれに模様替えした。料理の腕も部屋の風景も充分準備が整ったところで、この日の神山さんの施術を迎えたのだ。
「あのう神山さん、ちょっとお願いがあるんですけど」
ブローが済み、神山さんの頭と肩のマッサージをしながら、真琴は話を切り出した。緊張で声が裏返らないように気をつけた。
「ええ。何?」
神山さんはマッサージに気持ちよさげに目を閉じながら答えた。
「実はちょっとぶしつけなお願いなんですが……。私、父ともう何年も会ってないんですけど、その父を今度私の家に呼んで手料理をごちそうすることになって。でも料理の腕にいまひとつ自信が無いんです。それで、神山さんに家に来てもらって、料理を食べてもらって、味のアドバイスなんかしていただけないかな、っていうお願いなんですけど。神山さん、父と齢が近くて好みも合いそうだし、グルメだって前にお伺いしたので」
ずいぶん遠まわしなお誘いの仕方だった。しかしこれは女性としての自分に全く自信が無く、ストレートにデートに誘うと撃沈してしまいそうに思った彼女が、懸命に考えた結果出てきたアプローチ方法だった。
神山さんは目を開いた。鏡を通して、真琴と目が合った。次の瞬間、その穏やかな表情を崩さずに、
「私なんかでよければ」
とひと言言った。
「いいんですか? ありがとうございます、助かります」
真琴はあくまで冷静を装ってそうお礼を言ったが、心の中ではもう、「チョレイ! ――チョレイ!」と、卓球の張本智和ばりに、三回くらいガッツポーズしていた。