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そのとある会話は、晩秋の昼過ぎのここちよい陽射しが店内に射しこむ中、少々熱っぽく交わされていた。
「……だから私は若いころ、本当に音楽のことしか頭になくて。子供なんていらない、そんなものは芸術の邪魔になると思っていたんです。それで、子供は作らないと、結婚当初に妻に宣言したんです。妻はそれに反対もせずに、そんな私の偏見に満ちた意見を『そうですか』とだけ言って――いや、言わざるを得なかったんだろうな――受け入れてくれたんです」
そう語る客の髪を切る、ちゃきちゃきという鋏の音を立てながら、美容師は、
「そうなんすか。……でも、奥さんのことは愛していらしたんでしょう?」
「それは……まあそうかな。こんな私によくついてきてくれて……すみません、こんな話をしてしまって」
「いえいえ全然、奥さんと気持ちが通じ合っていたのが伝わってくる、素敵な話っすよ」
「いや、私がしたかったのはこんな話じゃないんだ。妻のことは、もう終わったことだから。もっとあなたの――君のことを聞きたいんだ」
「え、私、ですか?」
「うん、なんでも――君のことを聞かせて欲しい」
「えーそんな……」
席の前の鏡を通じて目線を合わせて行われるその二人の会話を、もう一人の美容師が隣の席の掃除をしながら盗み聞きしている……。